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113.執念

「まず言っておきたいのは、拳の突きと剣の刺突を同列に考えちゃだめってこと。ライネの動きは徒手格闘の延長戦って感じだったよ。これはダメ。刺突は確かに受ける側からすると防御が難しいけど、反面出所と当たり所さえ見えたら避けるのは簡単だからね。素手ほどのコンパクトさがない剣は刺突を外した後の隙が段違いに大きい。手も足も伸び切って剣を自分から最も遠くに離している状態がどれだけ危険かは言わなくたってわかるでしょ? その隙を埋めるまでにかかる時間が素手とはまったく異なることも。もちろん、刺突から別の攻撃へ派生させたりすぐに体勢を立て直せるような方策があるなら話は別だけど……」


「今の僕は無策に隙を晒しただけ、ってことだね」

「そーいうこと。他にも突き出し方とかそもそも柄の握りが甘いとか、言いたいことはまだあるんだけど……まあそこらは何度も剣を振って体で覚えていかなきゃいけないから、今は置いておこう。次はどっちから行く?」

「……それじゃ、また僕から」

「いいよ」


 快く応じてくれたミーディアに感謝の意味で笑みを向けて、それから構えを変える。追撃に備えて防御を意識した刀の持ち方をしていたのを、切り込むためのものへと変える。呼吸をひとつ整えて──地を蹴った。


「はっ!」


 気合の掛け声と共にミーディアへ接近、逆袈裟に斬り上げる。それを彼女は上体を傾げながら横へ退くことで軽く回避したが、僕も一撃目が当たらないのは予想済み。そして先の避け方からしてミーディアが無駄のない最低限の動きで躱すだろうというのもまた、僕の予想した通りだ。


 空振りにめげず次いで刃の向きを変え、上がった刀を即座に振り下ろすことで袈裟斬りへと移行する。元からそうすると段取りを組んで行った軌道の変化は素人感想ながらになかなかスムーズにいった……けれど、ミーディアは刃が追ってくることを想定していた。いや、「わかっていた」のだろう。いつの間にか刀と自分の間に差し込んでいた剣の腹で袈裟斬りを防ぎ、持ち手だけでなく刃を止めたのとは反対の腹に添えた左腕も使って、掬い上げるように大きく刀を弾いた。


「く……」


 体勢が崩れる。刀はまたしても僕の体から遠い位置へ行ってしまった。それも自分から離したのではなく、強制的に離されたのだからどうしようもない。来るのがわかっていても僕はミーディアの反撃に対しなす術がなく、当てつけのように突き出された模造剣の先端を甘んじて額に受けるしかなかった。


 今度ばかりは堪え切れず尻もちをついた僕に対し、ミーディアは剣を肩に担ぐようにして再び講釈の時間となった。


「打ち込む時には相手がどんな風に受けるかも考えないとね。自分の攻撃以上に相手の防御が充実していたら今みたいに得物を弾かれてピンチになっちゃうから。これも徒手格闘とは違うところ。素手なら弾かれてもすぐに引き戻して守りにも入れるけど、剣や刀はそこまで取り回しが良くない。それは素手よりもリーチで勝っているっていう長所でもあるけど、相手も剣を持ってるならイーブンだし。気を付けないとね、ライネ」


 額から滲む血を擦って──いくら剣先も潰されているとはいえ鉄の棒の先端が強かにぶつけられたのだから傷ぐらいできる──目に入ってこないようにしながら、僕は納得と共に立ち上がる。刺突で欲張った反省を活かそうと工夫を試みるあまり、自分が攻めることだけに集中し過ぎていた……ということだな。


《敵だって当たるまでただ避け続けるだけ、なんてことはありませんからね。あなたが余程の剣の達人であるなら一方的に攻められるでしょうが、そんなレベル差のある戦いを想定したって益体もなし。攻防とは呼んで字の如くに攻撃と防御が交錯することを意味するのですから、自分にばかり意識を向けるのは失態以外の何物でもありませんよ》


 ……返す言葉もないや。自分だけでなく相手もよく見る。仮にもアンダーと何度か殺し合いを演じてきた身であり、そんな勝負のイロハくらいは理解できているつもりだったのに。できていなければおかしいはずなのに、今の僕はそれを忘れてしまっていたようだった。


 刀を持っただけでこうも歪みが出てしまうのか。この悄然組手はあくまで訓練であり、戦闘の規模も落としているとはいえ、しかし内容は限りなく実戦的なもの。当然にミーディアだって僕に剣の振り方を教えるだけの心積もりでここに立ってはいない──何せこれはテストも兼ねているのだから尚更に、僕は手心のない彼女に対して「良いところ」を見せねばならない。


「いける?」

「もちろん。また僕からでいいかな」

「オッケー、どんどん来て」


 打たれた腹や額にはじくじくとした鈍痛が残るが、戦闘に支障が出るほどのものじゃない。しかしこの調子で僕ばかりが攻撃を受けてしまうのではいずれ、遠からずに限界も来る。その前になんとか、形だけでもミーディアと何合か打ち合えるようにならなくては……。


《──交代しますか? 私にも剣術の心得はありませんが対処に関してはあなたよりも上でしょう》


 ライオット戦よりも浅め(・・)の二心同体にある今の僕らは、主導権交代のメリットだったゾーン状態にも──これまた今までのそれに比べれば浅めではあるが──既に突入している。つまり交代したからと言ってこの身体のキレが極端に良くなる、ということは起こり得ない。


 ただし岡目八目、つまりは「裏」にいることで冷静に、客観的にミーディアの動き方を。そしてそれに応じるシスの動き方も観察することができる、というのはれっきとした利点になる。


 肉体的な疲労こそ交代によって減じたりはしないが(これは体に負ったダメージも然りだ)、戦闘による精神的な疲労に関しては体を動かさない裏側でなら増えないし、休憩にもなる。これらのことから交代する意義は大いにあると言えるだろう。というか交代しない理由がない。シスの提案はいつも通りに正しくて、それに乗らないのは悪手だ。


 そう、わかってはいるんだけど。


 ──ごめん、シス。交代はしない。


《何故です?》


 とっくにシスの力を借りている身で言えることじゃないっていうのは百も承知だけど……勝ちたいんだ。僕が、ミーディアに。体の主導権までシスに任せてしまったら、それはちょっと違う気がして。


《そうですか。私には何がどう違うのか判然としませんが……まあ、あなたがそこに拘るのでしたら結構。交代はなしで最後までやりましょうか》


 いいの?


《否やなんてありませんよ。実戦形式と言えど訓練ですから、命の危険もないんです。だったら全部あなたのやりたいようにやってみましょう──そういう執念は魔術師の原動力ですよ。私は否定しません》


 ……そっか。ありがとう、シス。


 たとえ交代しなくたって、もしも負担の分割ができなくたって。こうしてシスがいてくれる。シスが言葉をくれるだけで充分に意味がある。僕の何よりの原動力になってくれる……彼女は僕にとってそういう存在だ。


 だから贖罪のための人生を、力いっぱいに生きていける。

 そのために──。


「百本取られてもいい。その間に一本は、取る」


 しっかりと刀を握り直し、僕は再び駆け出した。



◇◇◇



 いったい何度繰り返されただろうか。ライネが挑みかかり、ミーディアがそれをいなして反撃を食らわせる。そして下がったライネへ改善点が告げられ、その指摘を参考にまた挑む。何度も、何度となく繰り返されて──……しかし永遠に続くかとも思われたこの時間にも変化は確実に起きていて。次第にライネが長く攻めるようになり、ミーディアの受けにも熱が帯びるようになり。少しずつ得物同士によるやり取りが増えだして、やがては言葉がなくなった。


 いつしかライネは打ち込まれても止まらなくなり、ミーディアは彼の勢いに自身も剣へ鋭さを乗せることで応じる。自然、ライネがその身に受けるダメージは増えていく。だが不思議なことに、攻撃を受ける度に。ミーディアに上手を取られる度にライネの動きもまた、彼の振るう刀もまた鋭さを増していく。あたかも痛みそのもので学びを得ているかのように──ミーディアの技を写し取っていくように。


「しっ!」

「ぐ……!」


 最低限度の魔力しか用いていないとはいえ、その状態での本気の一撃。それを振るうことをミーディアは良しとし、また彼女の判断にライネも応えた。読みが合ったか、それとも偶然か。なんにせよ刀身でのガードを間に合わせることができたのだ。これは、ここまで牽制やフェイントの類いを除くミーディア本命の攻撃を全て防げていなかったことを思えば快挙と言っていいほどの確かな成長の証であった。


 けれど、どうにか受けを間に合わせただけのライネに対しミーディアのそれはよく勢いと体重を乗せた最良の剣。あり合わせの守りで受け切るには至らず、止めた刀の上から押し込まれてライネは後ろへ倒れ、後方一回転。そして素早く立ち上がって構えを取る。


 もしも今、例の素早い踏み込みでミーディアが速攻を仕掛けてきていたら、地面を転がるなどというこの上ない隙を見せていた自分は非常に危うかった。そうライネは冷や汗を流す。が、ミーディアは攻めなかった。彼女自身も全力の打ち込み直後で追撃をかけられる状況になかったからか、あるいは何かを警戒したからか。どちらにせよ体勢は立て直せた、のだからライネのやることはひとつ。


「はっ!」


 果敢に攻める。ミーディアはそれに小さく笑い、巧みに受けて、そして反撃を行なう。やはり繰り返し。だが内容は少しずつ、本当に少しずつではあるが、確実にライネの飛躍を表していく。


 更に幾度も切り結び、ついにライネの全身のどこにも青あざのない場所がなくなった頃、もっと大きな変化が起こった。


「はあ、はあ……、ふー……」


 開いた距離を頼りに息を整え、ふとライネは自身の手元へと目を落とす。勝負の最中故にその視線はすぐにミーディアへと戻されたが、彼女にはわかった。ライネの眼差しに、薄青の瞳に、何かしらの思い付きが──「閃き」が宿ったことが。


 戦闘中の突然の閃き。脳天を穿つような天啓的気付きや発見。それらはそこまでの趨勢を一変させるほどの価値を持つものであることが多々ある。戦士としての勘、確かな予感を授かったミーディアは受けの姿勢、その練度を一段深くさせる。


 彼女が自ずと後手に回っているのは初撃を除けば常にライネへ先手を譲ってきたから。もはやどちらが仕掛けるかの問答も省いてミーディアは待ち続ける。次にどんな攻めを、どんな成長を見せてくれるのか。その次は、そのまた次は。それを楽しみに此度も見に入った彼女は──。


「──しっ」


「!」

(早い)


 驚かされる。刀を構え終えるか否かというタイミングで飛び込んできたライネの速度は、踏み出しの一歩はここまでに見せたどの動きよりも鋭利・・な動きだった。ミーディアにはこの身体の使い方によく覚えがあった。


(これは、私の一歩だ)


 魔力強化があるからこそ成せるゼロから百への急加速。一歩目から最高速を実現する、剣士ミーディアがチーム戦において切り込み役を務められる最大にして最高の長所。その踏み込み方をライネは──まだ完璧とは言えないまでも──恐ろしい精度で真似ている。


(そこまで写し取ったか。いいじゃん、ライネ)


 見て学んで実践する。言葉にすれば容易いそれも行うは非常に難し。ライネほどの速度で、となれば余計にだ。けれどもミーディアは、驚きもあれど冷静に評価を下せる程度には落ち着いている。ライネの動きをその目で確かに捉えている。それは先んじての予感が備えさせてくれたが故の余裕であり、また「模写」が完成に至っていないが故のライネの至らなさでもあった。


 おかげで彼女はごく自然に、ごく当然に対処法を導き出す。


(とにかく速さと、意表を突くこと。片手持ちなのはこのふたつを求めるためだろうけど、その分だけ刃に乗る破壊力と推進力は落ちる。だったら──)


 受け止める、のも簡単だが。ここは振り下ろされる刀を横合いから弾いて逸らしてやって、返す刃で無防備となったライネへ一撃を与える。これがいいだろう。瞬間的に答えを算出したミーディアの肉体は思考をなぞるように精密に動き出す。


 つう、と激しさを感じさせるライネの剣戟とは反対に滑らかに静やかにミーディアの剣が空間を泳ぎ、迫る刃へ自らをぶつけんとし──空を切った。


「!?」


 何故、と思う暇はなく。今ばかりは冷静に思考を巡らすだけの余裕も与えられず、思惑叶わず空振りによって逆に無防備を晒したところのミーディアへと。


「はぁっ!」


 ──確かにライネの刃が届いた。


 赤く温かい彼女の血が、宙に舞い上がった。



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