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112.武具

 ミーディアに合わせて僕も引き気味に構える。すると僕の意志、あるいはミーディアと同じく最低出力で身に纏った魔力に反応してか、柄が起動。刃のないそれにどこからともなく刀身が現われ、一本の刀として完成する。


 それを見てミーディアが言った。


「使ってくつもりなんだ? その刀」

「うん。使いこなせるかはまだわからないけど」


 リグレ・リンドルムというS級テイカーが遺した不思議な道具。彼の唯術がなければただの柄でしかないはずのそれが、何故かあの日、ライオットとの戦いで僕を助けてくれた。あの時は無我夢中だったので何を思ってこれに頼ったのか、自分のことながらに今となってはよくわからないのだが。けれどこの刀が「応えてくれる」という妙な確信があったことだけはしっかりと覚えている。


「ライネにしか反応しないみたいだし、それがいいかもね。きっとその子が次の主人にライネを選んだんだ」

「そう、なのかな?」

「きっとそう。だから使ってあげて。剣術に慣れないようなら最悪、この悄然組手みたいに、魔力を充分に使えないとき用の武器として持っておくだけでもいいと思うよ」


《ああ、これは良い考えですね。刀の起動自体には魔力の消費もありませんし、いざという時の備えにしておくのは理に適っている。ライオット戦で既にそれは証明されてもいますからね》


 せっかくなので刀も積極的に戦闘へ役立てていきたい僕とは考えが違って、シスはこのタイミングでのスタイルの変化を歓迎していない。これまで徒手空拳でやってきたところにいきなり武器を持つとなれば確かに、それによる影響は大きく出るだろう。その影響がマイナス方面に振れることをシスは嫌っている……というか不安視しているのだ。


 そんな彼女にとってミーディアの提案する「保険としての使い方」は渡りに船のナイスアイディアと言えるだろう。できれば恒常の手段として戦闘に取り入れていきたいと希望している僕からすればありがたくないものなわけだが……いやもちろん、僕だってシスやミーディアの考え方が正しいとは思うのだ。


 でもそれはテイカーとして、戦う者として生きる上での正しさであり常識に基づくもの。ごく当たり前の普遍性に徹したものであって──果たしてその正しさに身を委ねることが打倒イオへ通じてくれるのかというと、僕には甚だ疑問なのだ。


 あいつならきっとそういう道は選ばない。むしろ嬉々として未知へと身を躍らせるだろう。手堅い選択と博打の選択があれば、どちらがより「間違いのない」方向かを見極めた上であえて「間違い」の可能性が高い方を選ぶ。そうして何故かそちらを正解以上の大正解にできてしまえる。そういう奴だと、僕はイオを見做している。我ながら根拠に薄い、決めつけに近い印象の持ち方だとは思うが……けれど僕は自分でも不可解なほどにこの決めつけの正否を疑っていなかった。


 イオはあらゆる意味で無法者だ。そういう輩に対抗しようというのなら、僕もまた手堅い道ばかり選んではいられない。リスクのない選択を優先するあまり、大きなリターンから目を背けるようなことは、してはいけないのだ。


 そう──刀をメイン級の武器にしようとすれば僕のスタイルは大きな変更を余儀なくされる。ただし必ずしもそれが悪い方向に繋がるとは限らない。良い影響になるかもしれない……いや、何がなんでも良い影響とする。そういう覚悟をもって臨めばいい。


 シス。ミーディアとの組手で証明するよ。僕はリグレ・リンドルムの遺産を手札の一枚とする。そしてそれが弱化ではなく強化だと、君にも信じさせる。それでいいだろう?


《……ええ、承りましたよ。そこまで仰るのでしたら私としてもこれ以上の野暮は言えません。結果こそが全て、ということにしましょう。しかし勝負内容が内容です。いくらあなたが以前とは見違えるほどの力を手に入れているといっても、このルールであのミーディアに対抗できるのですか? 身体強化のみを頼りにして戦うということは即ち、ライオット戦でやったような負担の二分割も意味を為さないということ。相当に厳しいと思いますが》


 同意見だ。術を用いない、ほぼ体術のみで戦わねばならない組手だ。そうなると術の発動・維持に必要なリソースをシスに肩代わりしてもらって余裕を捻出するあのやり方が使えない……履けるはずの下駄が履けない、限りなく素に近い実力で挑まなければならない相手として、ミーディアはかなり厳しい。何せ彼女には培った剣術があるし、体の使い方だって僕より断然に上手いのだから。


 冷静に考えるのなら僕に勝ち目はほとんどない。……それでもライオット戦の後、満身創痍であってもどうにかイオたちに立ち向かうべく編み出した例のアレ。二心同体の先、「真の二心同体」とでも言うべきあの状態ならチャンスはある。アレにさえなれれば──まだ良かったんだけどな。非常に残念なことに、あれから何度試してみても成功していないのが実情だ。


 いったい何が原因で再現できないのか? あの時は絶不調だったからこそ、それがかえって良かったのか。もしくは窮地を前にしての精神的な変調が切っ掛けだったのかもしれない。だとすると、平時である今はどんなに特訓に精を出したところでああはなれないということになる。何度も試した結果、僕はシスと共にそういう結論を下さざるを得なかった。


《ともかく、最低限の魔力の維持くらいは担いましょう。あなたはひとまずミーディアの剣を凌ぐことに集中してください》


 了解、と返しながら魔力の操作権をシスへ預ける。最低出力とはいえこれだけでも負担を肩代わりしてもらえるのは楽と言えば楽だ。おかげで全リソースをミーディアの一挙一動への対応へ割り振れるのだから通常の二分割でも決して悪くはない。どころか他の魔術師からすれば盛大なズル扱いをされて当然のインチキ具合だろう。


 問題なのは、それだけのインチキに助けられてもちっとも敵う気がしないという点なんだけど。


「準備はいい?」


 まるでシスとのやり取りが行われていたことを──時間的にはほんの数瞬ではあるが──わかっていたかのように抜群のタイミングで確認をしてきたミーディアに、僕は首肯だけで返す。準備完了、いつでも来い。言葉なしに伝えたその意思は、しっかりとミーディアに受け取ってもらえたようで。


「じゃ、いくね」


 とんっ、と軽やかな音で訓練室の床が蹴られて。そして僕のすぐ前にまでミーディアが迫っていた。速い。彼女との初体面で目撃した、そして僕の目と心を奪った、山犬の首を斬り飛ばしたあの動きだ。やはりミーディアは若くしてベテランのテイカー、最低限の魔力消費で最高率の動きを行なうことに慣れている。慣熟している、と言ってもいい。


 このままでは山犬よろしく首を斬られる。振るわれる刃の軌道から恐怖の未来を幻視した僕は遮二無二後ろへと下がる。首筋の表面を剣先が撫でるように通り過ぎていき、ひやりとしたがなんとか回避は間に合った。そのまま大きく数歩分下がり続けて、一旦は詰められた距離を確保する。


「ふう……」


 切れてはいない、とわかっていても思わず首に触れてしまう。あ、危なかった。ミーディアが速攻を仕掛けてくることを予想して下がり気味に構えていなかったら今ので終わっていたかもしれない。……というか、そこでの「終わり」は組手というより僕の人生の終わりになると思うんだけど、ミーディアってば容赦がないな? 立会人を自称したユイゼンも今のを咎める気配がないし……。


 それくらい真剣・・にやらねば意味がない、ということだろうか。それともマーゴットには頭と胴が離れてもすぐに治療さえできれば蘇生が可能なほどの治癒術の腕前があるのか──などと考えながらたった一撃を躱しただけでも息が荒くなってしまっている僕に、ミーディアがくすりと笑って、自身の剣を示すように持ち上げた。


「そんなに怖がらなくてもいいんだよ。これ、模造品だから」

「え、模造品?」

「そう、よく出来てるからパッと見じゃわかんないよね。私がいつも使っている剣にそっくりでしょ?」


 でもどんなに良く出来ていても、と言いながらミーディアは刃を自分の掌に当てて切り払う動作をした。ギクリとさせられる僕だったが、しかしこちらへ向けられた掌には僅かな切り傷ひとつだってなかった。ミーディアの【回生】が発動したわけじゃあない、彼女は本当に血の一滴も流していないのだ。


「ほらね、肌も切れてない。テイカーの組手用のアイテムなんだ、これ」

「そ、そうだったんだ。……でも、僕のこれは本物だよ」


 リグレの柄から生える刀身は紛うことなき本身だ。僕はこれを偽物に変えることもできなければ刃引きだってできない。それでも使用が許されているのだからもちろんミーディアの剣だって本物だとばかり思っていた……というか模造品である可能性なんてまったく思いも寄らなかったわけだが。


 なんにせよ、これではミーディアばかりが危険ではないか。やはり剣とは斬れてこそ。ミーディアが持っているのはただの鉄の棒であり、だとしても彼女は弱くないが、しかし対等な勝負とは言えないだろう。


「いいんだよ本物で。だって私はいくら傷付いたってすぐ治るし、死なないんだから。でもライネはそうじゃない。私がイミテーションを持ってようやく対等なんだよ。組手としてはね」

「……なるほど」


 つまり彼女は、自分は僕を斬るつもりはないけれど、僕にはガンガンに斬るつもりでいけと。そう言っているんだな。……あまり気の進むやり方じゃないな、これは。


 でも彼女の言には一理がある。確かに回復力という明確な差があるからには、互いに真剣を用いての斬り合いとなったら圧倒的に僕が不利だ。通常の魔術戦ならともかくこの悄然組手においては尚更に、絶対的にだ。だったらミーディアに偽物の剣を握ってもらうのは──その方が身になる訓練となるであろう点も含めて──うってつけのハンデなのかもしれない。


《そも、今の攻撃だって避けなければ首の骨がへし折れていたかもしれませんしね。即死こそ免れても戦闘不能扱いにはなるでしょうから、実質的に大したハンデじゃあないと思いますよ。まずもってあなたの刃もミーディアに届くのか怪しいところですしね》


 うん、そうだな。その通りだ。ハンデが嬉しくない、なんて生意気なことを言っていい立場じゃないんだから、受け入れよう。そしてその上で──せめて勝とう。


 ミーディアに勝つ。ただの訓練でしかなくともそれは、僕にとってとても重大なものだった。


「今度は僕から行ってもいいかな」

「あは、わざわざ訊かなくたっていいのに」


 そう言って軽く腰を落としたミーディアのそれは見るからに待ちの姿勢。その優しさに甘えつつ僕はじりじりと距離を詰め直していき──刀が届く間合いに入った瞬間、彼女の胴体へ目掛けて突きを繰り出した。刺突は素早く防ぎづらい攻撃だ。剣の素人の僕でもミーディアに一撃を加えられる可能性は大いにある。そう信じて突き出した刃の先端が、しかし空を切る。


 ミーディアはまるで僕が何をするのか予見していたかのような動きで半身になって、するりと突きをやり過ごし、そのまま半歩ほど接近。肘を畳むことで短く構えた剣を僕の腹へと打ち据えた。


「ッぐ、」


 遠心力や剣自体の重みに欠けた手打ちの一打。これでミーディアの剣に通常通りの切れ味があったなら深い傷にもなっていたかもしれないが、模造品では人は斬れない。おかげでダメージとしてはそこまでのものではない、のだけど。


《狙った部位へ逆にやり返されたのですから精神的ダメージはありまよすねぇ。それに今の攻防だけでも優劣は明確ですよ》


 後ろへ倒れ込みそうになるのをなんとか防いで構えを取り直す僕へ、シスのうんざりするほど冷静で的確な指摘が突き刺さる。と同時に、ミーディアからも。


「うーん、今のは良くないね。突きならもう少し外からでも届くのに必要以上に踏み込んでいるし、狙うところにばかり意識が向き過ぎてた。それに何より、突きを選んだことがまずバッドチョイスかな」

「え……そ、そんなにダメだった?」

「うん、ダメだね。ダメダメだった」

「そっか……」


 自分ではそれなりに冴えた選択のつもり、だったものをこうもばっさりと切り捨てられては──ユイゼンたちにしっかりと見られてもいるので──ショックやら恥ずかしいやらで心情としては非常に複雑だったが、落ち込んでいる場合ではない。ここはその道のプロの言葉をちゃんと聞いておかないと。


 そう思ってなんとか気を取り直したところ、ミーディアは僕の何が良くなかったかを続けて語ってくれた。



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