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111.組手

「決戦、なんつってもボロボロの協会に五百体超の魔人をどうにかできるとは思えん。雑に魔人化させたハワードにも相当手こずってたらしいしな……端から勝ちの見えている勝負。【離合】がじゃじゃ馬のままでもハンデとしては足りないくらいかもしれねえよな」


 辿り着いた結論はやはり信の置ける【予兆】を基にして動くというもの。最終決定でこそないが、少なくともそちらへと針が触れたイオ。それを受けて、ずいと前へ進み出て発言したのはトリータである。


「差し出がましくも口を挟みたく思います、イオ様」

「ん? なんだよトリータ、思うところがあるなら遠慮なく言ってくれ」

「はい。ではわたくしの推奨と致しまして──決行の日にちを伸ばすべきである、と提言したく」

「ほお。そりゃまたどうして」


「テイカーとの交戦を経て、連中はやはりそこらの魔物やアンダーとは一味も二味も違うと感じました。発足から長きに渡り人類の生息圏を確保し続けてきたその歴史、また、だからこそ集まる優れた人材。それらがテイカーというものを戦士として一流のものとしている。いくらこちらに五百の魔人兵という圧倒的な戦力があったとしても趨勢という意味では決して油断なりません」


「ふむ。それで?」


「故にイオ様には万全でいてもらいたいのです。あなた様が【離合】を使いこなせればそれはまさしく鬼に金棒、虎に翼。およその何者であってもあなた様を害することなどできないでしょう。そうなればたとえ魔人兵が掃討されるようなことがあったとしても我らが勝利は揺るぎなく。何よりも真の決戦においてイオ様も心から楽しむことができるはず。如何ですか?」


 トリータは顎に手を当てて再び考え込む主人を見つめながら、祈るような気持ちでいた。


 彼が語った「何故決戦の時を先へ延ばすべきか」の理由に嘘はない。全て偽りなく本心である。が、イオへ聞かせるにあたって丁寧に言葉を選んだこともまた事実。もしもトリータが思うがままの理由を述べるとしたらそれはたった一言へ集約される。それは、「万が一にもイオに敗北してほしくない」という不安の発露だ。


 言ってしまえば魔人兵とテイカー協会の衝突など前哨戦でしかない。いや、メインディッシュに添えられる付け合わせと言うべきか。そこで勝てれば統一機構と治安維持局も潰し、ひいては人間社会の崩壊へと繋がる重要な局面でこそあるが、そんなものは物のついで。イオが言う「決戦」とはあくまでも彼女と、。ライネとの決着こそを一番に見据えてのものである。


 魔人兵の勝ち負けなどどうでもいいのだ。イオのそれに比べれば全てのことがどうであれ構わない、構う価値がない。イオは必ずライネとの一騎打ちを所望するだろう。その際にトリータとティチャナがやるべきはライネに助太刀せんとする他のテイカーを抑えること。そして自らもイオへ加勢せぬよう己を諫めることだ。


 そうして一対一の状況を、イオが望む決着を望み通りにつけさせる──そこに一抹の懸念も残さないためには。心からイオの勝利を信じるためには、やはり彼女が「万全であること」は絶対の前提条件である。


「ふ、トリータ。お前がまさかイオへそのような指図・・をするとはな。私やダルムが同じことをするたびにあれだけ仰々しく叱りつけてきたというのに、どういう風の吹き回しだ?」


 イオが答えを出す前に横合いから茶々が入った。トリータは睨むようにティチャナを見て、けれども先ほどイオから注意されたこともあってなるべく声を荒げぬように注意しながら返した。


「指図ではありません、あくまでも私見をお伝えしたまでのこと。言葉の使い方を間違えぬよう。決定権は常にイオ様にある、そこに変わりはありません」

「当然だ。私たちはイオの手先であり足であり道具なのだ。従うことこそが全て。……たとえお前の要望が通らずとも否やはないな?」

「それこそ当然でしょう。私情などでわたくしがイオ様を御不快にさせるようなことは決して起こり得ません」


 あの日、屋上でライネへのトドメを刺すことを打診した際にも、トリータはイオのためにそうすべきと思ったが故にその提案をしたのだ。今回もそれは同じ。であればあの日のように、いくらトリータの思考の何から何までが「イオのため」一色で染められていようとも、当人にそれをにべもなく却下される可能性とて等しくあるということ。


 そうなっても不満を漏らすなよ、と先んじて忠告したのがティチャナであり、トリータはそれに対し余計な世話であると矜持を示した。要約すれば今のはそういうやり取りだった。


 目の前で交わされた配下同士の──多少なりとも緊張感を孕んだ──会話を聞いていたのかいないのか。そもそもやり取りがあったこと自体気付いているかも判然としない態度で、イオがパンと手を打ち鳴らした。


「よし、決めたぜ」

「どのように、イオ様」

「めたくそに悩んだが……今回はトリータの案を採用しようと思う。俺は俺の調整を最優先とする。並行してこいつらの魔人化も行うがどんなにとんとん拍子で進んでも決行の日時は当初の予定から遅れることになる。それでいいか?」

「無論だ。お前がそうすると決めたのなら、そうするまでだ」

「愚昧の身の言葉をお耳入れ頂き、恐悦の至り」

「はは、二人ともそう畏まらんでくれよ。俺がただ我儘を言ってるだけだってのに」


 そうだ、イオはトリータの私見という名の「説得」に心を動かされたわけではない。結局のところは理性よりも欲目を取ったという、それだけのこと。トリータが何故彼らしくもない進言をしたのか、それくらいは彼女にもわかっている。ティチャナの心情もまた理解できている……方向性こそ違えど二人が自分をどれだけ案じているか理解していないわけではない。


 が、イオはそこへ目を向けたりはしない。たまたま目に入ることこそあってもわざわざそんなものを見つめたりはしないのだ──それは彼らを蔑ろにしているからではなく、ましてやその気持ちを捨て置いているわけでもなく。


 イオは。


「なんにせよ運試しは嫌いじゃない。【吉兆】を裏切った先で道を切り拓けるかどうか、試してみよう。ダメだったらそんときはそんときだ」


 決戦を越えた『あと』のことを考えればこれくらいのリスクは負って然るべきものだ、と。それこそが彼女の下した本当の結論。しかし決戦後の展望に関して配下へ明かすつもりは、今はまだない。ひとまずはゲームのクリアを目指す、それが重要だ。クリア後のエンドコンテンツについてこの時点で話したとしても余計な気を散らせるだけになるだろう。


 二人には目の前のことに集中してもらう。そしてそれは当然、イオ本人もそう努めなければならなかった。


(だよな? ライネ。俺と同じで正反対のお前なら。【離合】の完成を優先したことを後悔しないくらいに。いやというほどにたっぷり遊んでくれると信じてるぜ──)


 想いを馳せる。群衆を前に祈るように静かに佇む少女の姿は、外見上の白さと相まってあたかも人々の幸福を願う敬虔な修道女にも見える。しかしてその内心は徹頭徹尾に自我のみが埋め尽くし、欲と感情が激しく蠢いている。魔人の見た目以上に彼女を異形たらしめているのは他ならぬこの、傍迷惑ながらにある種真摯でもある想いにこそ起因する。そう言い切ってしまってもいい程度にはイオという少女は、今世を味わい尽くすことに必死であった。


 もう二度と死の間際に悔いを残さないために。



◇◇◇



 第一訓練室だ。ここはテイカー協会の本部に建てられた施設のひとつで、現在復旧作業が進められている本館の目と鼻の先にある、その名の通りにテイカー用の訓練場だ。構造的には学校なんかにある体育館にそっくりだ。一般的なそれよりは──やはりテイカーが使用するとなると訓練であっても大事・・だということだろう──ずっと広く、そして見るからに頑丈に造られている。そういう意味では学校ではなく軍事施設にでも例えた方が適切なのかもしれない。


《そんな場所に呼び出されたからには、やることはひとつですね》


 ああ。僕をここに呼んだミーディアの目的は、告げられこそしなかったがおおよそ見当もつく。けれど何もすぐあとにユイゼンの「テスト」が控えているという時じゃなくても……とは思うが、おそらくはだからこそなのだろうとも思う。


 テストはこれも含めてのものなのだ。ユイゼンが会議室で口にした、僕にあるという課題。それがなんなのかは教えてもらえていないが、きっとそれをクリアするために必要なこと。その手始めこそがミーディアとの──手合わせ。そうに違いない。


《来ましたよ》


 言われて訓練室の入口へ目を向ければ、数名が入室してくるところだった。ミーディアを先頭に、その後ろからユイゼンとエミウア。そしてマーゴットまでいる。この顔ぶれは僕の推測の裏付けになるな……唯一、つい一昨日に知り合ったばかりの特A級テイカーであるエミウア・ヴォリドー。彼女がどうしているのかはよくわからないが、他の面子は明らかに、今からここで「戦闘」が行われることを示唆していた。


「待たせちゃった? ごめんね、呼びつけといて」

「気にしなくていいよ。僕が早めに来ただけだから……気を落ち着ける時間が欲しくてさ」

「あは。言われるまでもなく、って感じだねライネ。でも一応の説明はさせてもらうよ」


 ミーディアの言葉に僕は頷く。まさかなんのルールもない本当の戦闘──つまりは殺し合いを演じるというわけでもないだろうから、戦うにしてもどういった戦い方をするのかの説明は僕としても是非に聞いておきたい。


 傾聴の姿勢を取った僕に、けれども口を開いたのはミーディアではなく、離れた場所でエミウアやマーゴットと共に控えているユイゼンだった。


「あんたらにやってもらうのは悄然組手だ」

「悄然組手……って、なんですか?」

「読んで字の如くに意気悄然。要は身体強化がなんとか成立するだけの、最低出力の魔力を用いて試合をするんだよ。勿論、それ以外の術は一切が禁止。肉体性能と体術のキレだけで優劣をつける。これは古くからテイカーの間で行われてきた小規模戦闘、あるいは疲労時への備えとしての訓練さ」


 な、なるほど。これもテイカーの慣習のひとつということか。それにしてもなかなか限定的な戦いになりそうだが、この組手の勝ち負けはどうやって判定されるのだろうか。という疑問が僕の顔に出ていたのかどうか、委細承知とばかりにユイゼンは説明を続けた。


「身体強化以外の魔術さえ使わなければ他は何をしてもいい。急所を狙おうが得物を使おうが反則はない……ただし言うまでもないことだが、あくまで訓練だからね。相手を殺しちまったり過度な傷付け方はしないよう気を付けな。本来はこんな注意なんぞ要らんはずだがテイカーってのは──いやさ魔術師ってのはすぐに熱くなっちまって見境をなくすもんだからね。決着はどちらかの降参か動けなくなった時、それでつけるように。それ以外にもあたしが『やめ』と言ったらすぐ止まりな」


 ミーディアと一緒になって僕は頷く。もちろん必要以上にミーディアを傷付けたいなんて思わないし、それはミーディアも同じだろう。


 だけどユイゼンが言った通り組手とはいえ真剣勝負だ。物の弾みやうっかりはいつ起きたって不思議じゃない。そういう事態のために立会人や、万が一の怪我に備えて治癒者であるマーゴットが傍にいてくれるのはありがたいことだ。


「ちなみにエミウアはもしもの時に体を張ってあんたらの間に入って止める役割だ。この子にも怪我させたくなかったらどんだけ勝負にお熱でも頭のどこかには冷静さを残しときな」

「どーも。そんなわけなんでよろしくー」


 ユイゼンの横でエミウアがやる気なさげな所作で僕にぷらぷらと手を振った。それに対してなんと返していいかよくわからず、とりあえず「よろしくお願いします」と頭を下げておいた。エミウア、背丈や顔付きからして僕が知る中では最年少のテイカー……にしか見えないがその実、ミーディアよりも一回り以上は年齢が上というのだから驚きだ。ユイゼンと並んでいるとこの二人でどれだけ歳を誤魔化しているのやらわからない。


 いやまあ、単に魔力が二人を若々しく見せているだけで──あまりにも幼いエミウアはまた少し事情が異なるかもしれないが──本人らにそんな意図はないはずだけども。


「説明は以上だ。いつでも始めていいよ」


 ……組手の開始は宣言されるのではなく、僕たち次第のようだ。そういうところも実戦的なんだな、と思いながら改めてミーディアと向き合う。彼女は既に最低限の、けれど研ぎ澄まされた魔力で身を覆っている。そして、剣を構えた。


 いつも通りの彼女。僕にとっても最もしっくりくる姿。そんなミーディアと戦う相手として対峙している。


 緊張に、僕の喉が鳴った。



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