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11.認識

 まず身に付けなければならないのは魔力をただ消費するのではなく、変換する感覚だった。身体強化は魔力を体に張り巡らせればその時点で成立し、そこに別の工程が挟まることはない。操る魔力の速度や総量によって強化率に差は生じるが、全ては基本の魔力操作の内のこと。今にして思えばこれは非常に簡単な作業だった──というのも、唯術を発動させるために魔力を使う。言葉にすれば単純なこれを実践するのがまー難しいったらないのだ。


 魔力を扱う技能全般が魔術。唯術だってその枠組みの中にあるというのに、僕が今までやってきた魔力操作とは求められているものが根本からして違う。そういう感じがした。これでもシスのお手本が肉体に根付いてくれているおかげで相当に楽ができているはずなのだが、僕自身はあまりそれを自覚できていない。それだけ通常の魔力操作とは難度が段違いである。他の魔術師たちの苦労が偲ばれる。


《ですが悪くありませんよ。あなたは今ひとつ手応えを感じられていないようですが、それは魔力操作の修行があまりにもとんとん拍子に行き過ぎたせいでしょう。じっくりやっていきましょう。まだ時間はあるんですから》


 比較することが間違いなのだとシスは言う。さらっと流せた魔力操作に比べれば確かに成長の度合いは低くて遅いが、それでも一般的な例よりはずっと順調であるとのこと。まあ、修行の第三段階が第一段階よりもずっと難しいというのは考えてみれば当たり前の話でもあるので、別に僕だって特段にへこんでいるわけではないのだけど。しかし。


「っ……ふぅ」


 ようやくシスと同程度か、それよりも僅かに上回っているか。というところにこられた。僕を中心に湖面も地面を凍り付いているのを確かめて息を吐く。成長は、できている。だがここまでやれるようになるまで五日もかかってしまった。期日まで残り五日。この調子で果たしてそれまでに唯術を「使える」レベルになれるのだろうかと不安にもなってくる。


《私は当初、魔力操作とその実践だけで三十日を使い切るつもりだったんです。唯術の訓練にまで入れているのは思わぬ僥倖、棚ぼたのようなものなんですから、必ずしもテイカー試験に間に合わなくても構いませんよ》


 そうだったのか。僕はシスの想定以上の成長スピードを見せていたらしい……が、試験を迎えるにあたって唯術が必須技能ではないという点には疑問が残った。


「テイカーって全員が魔術師で、そのほとんどが唯術持ちなんだよね?」

《組織の存在意義を思えば非魔術師のテイカーはまず存在しないと考えて間違いないでしょう。ゴアにもそう記されていますし》

「だったら僕も唯術くらい使えなきゃ話にならないんじゃ……」


 シスと特別性の肉体のおかげで反則めいた速度で魔力操作を習得できているとはいえ、付け焼刃なのは否めない。時間をかければいいというものでもないだろうが、僕はあまりにも魔力と向き合った時間が少なすぎる。他の受験者やテイカーの先輩方に後れを取っているのは事実のはずだ。なのでせめて、唯術だってしっかり武器にできるくらいにはなりたい。そうシスに訴えれば。


《──ああ、なるほど。これは思い違いをしてもしょうがないですね》

「え、思い違い?」

《順序が逆なんですよ、ライネ。前提としてテイカー以外に魔術師はほとんどいません。では、テイカー及びにテイカー志望者はどの段階で魔術師になるのだと思います?》

「どの段階、って……」



 そりゃあ僕のようにテイカーになりたくて各々訓練して魔力を操れるようになって、という流れなのでは。


《ですがもうひとつの前提として、魔物だけでなく人間も魔力を操れることを大多数の一般人は知らされていません。魔石の加工技術と同じくこれもテイカー協会が秘匿しているからです。魔術師という存在の認知度は決して高くない、どころか世間的には極端に低い》


 えっ、そうだったの? ということはテイカーに対しての一般的な認識とは「何故か魔物とも戦えるくらいに強い超人集団」ってところなのか。それも合っていると言えば合っているんだけど、それよりも。


 このことが本当なら、まさかテイカー試験っていうのは。


《そう、魔術師を生み出すためのものでもあるんです。だからこそ離脱者が多く、死亡者も当たり前に出るくらいに過酷なんですよ。そのくらいしなきゃ魔力に目覚めさせるなんてできませんからね》


 そういう、ことだったのか。テイカーになるために魔術師になるのではなく、テイカー試験の最中に魔術師になる。本来の順序はそうなのだ。確実に合格させるためにシスは先んじて僕を魔術師に仕立て上げた。だとすると他の受験者は……。


《スタートラインが違う。後れを取っているのはむしろ他の受験者であって、あなたは大きくリードしている。ということですよ。そして言わずもがなテイカー試験クリアのための項目に『唯術の習熟』は含まれていません。そこまで要求してしまっては合格者が万年ゼロとなってしまいかねません》


 じゃあ、魔力操作の練習中とは違ってシスが妙にのんびりしているように感じたのは、今やっているのが必要に迫られてのことではなくちょっとしたボーナスタイムみたいなものだからか。少しでも唯術について理解が深まればラッキー、という程度。何せ合格を競うライバルたちは──僕のような例外がいないとは限らないが──ほぼ間違いなく唯術どころか魔力の扱い方すら知らない状態で試験に挑むのだから、彼女の言っていることは正しいのだろう。


 けれども。


「だけどテイカーになってからはそんなリードもあってなきが如し、なんじゃないか」

《そうですね。現場員のテイカーなんかはそれこそ唯術を日進月歩に育てているでしょうから》

「だったらやっぱり焦るべきだよ」


 神のような何かが僕にどんな期待をしているのかはわからない、が、それはきっと試験に受かれば万々歳というほど軽いものじゃあないはずだ。シスはひとまずテイカーになることだけを目標に努力しろと言うが、その先まで見据えられるものならそうしたい。とにかく僕は第二の人生において「ああしておけばよかった」だとか「もっと頑張っておけばよかった」だとか、土壇場にそういう後悔ばかりが浮かぶような生き方だけはしたくないのだ。


《……効率を求めるのはあなたも同じ、ですか》


 しみじみとした口調でそう呟いたシスは、すぐにいつも通りの調子に戻って。


《ですが私も、あなたが思うほどのんびりとはしていませんよ。じっくり腰を据えることを推奨しているのは言ったように、訓練の経過が順調だからこそです。試してみましょうか? そろそろ頃合いにもなっていますしね》

「試す?」

《魔力を垂れ流すだけでなく。結果ありきで行使してみましょう》



◇◇◇



 重要なのはやはり自覚。結果を鮮明にイメージし、それが「できる」と本心から信じられること。魔術とはつまるところ意志の力だとシスは語った。僕は初めて魔力操作にチャレンジした時のように極限まで集中力を高めながらそれを耳にする。


《意志だけで引き起こす超常現象ですから、とにもかくにも自身の認識が肝になってきます。魔力を操れると自覚できていても、唯術へ発展させるにはまた別の自覚が必要になる。私の手伝いもあってその段階は過ぎていますが、それだけでは自由自在に唯術を操れるイメージまでは湧かない。これっぽっちもです》


 なので、そのイメージを植え付けるために繰り返し繰り返し魔力の流出を行わせたのだろう。第一段階でやった魔力を身に留めたまま長く維持する訓練よりもずっと疲れる時間だったが、成果はあった。副次的に魔力の出力が上がったようだし、超常現象を起こせる「モノ」が僕の中にはあるのだと。目的通りにその意識も芽生えてきた。これだけやっていればさすがにね。


 そこまではいい。だがどうにも難儀なのが次のステップだ。意識できたそれを、意識的に操る。狙った通りの現象を引き起こす。それが唯術を使うということであり、未だに僕がイメージを固めきれていない難所であった。


《ごちゃごちゃ考えずにいいから信じなさい。自分に自信が持てないのなら、この私を。あなたと一蓮托生のシステムが言うことを、あなたもシステマティックに信じることです》

「……!」


 なんでこんなにも彼女は──いや、そうじゃない。それも雑念だ。今この頭に、心に宿すべきは信の一文字。シスを、そしてシスが信じてくれる僕を信じる。彼女ができると言うのならできるはずだ。それは僕だけの思考や直感よりもよっぽど信頼が持てる保証だった。


 カチリと何かがハマった感覚。歯車が噛み合ったような、割れた物がひとつになったような。それはそこにあって当然だという強い自覚が、突如として僕の盲目に光明を見出してくれた。


 結果・・。僕の目の前に生成される氷の礫。拳大のそれが出来上がった途端に射出されて飛んでいった。真っ直ぐ、進路上の木の一本に当たるまで真っ直ぐに。衝突し、割れ散って、礫は消える。樹皮を微かに抉る程度のキズだけを後に残して。


「……でき、た?」

《できましたね。明らかに意識的に唯術を運用しなければ起こせない現象でした。おめでとうございます。あなたは唯術理解の真の一歩目を刻みました》


 生木にほんの少しの痕をつけるだけじゃあ、魔物を相手にどうこうできるとは思えない。山犬くらいなら充分な牽制になるかもしれないが荒霊には余程当たり所が良くない限り魔力の無駄遣いにしかならないだろう。荒霊より上の魔物に対してはなおさらだ。戦いに役立てられる技とは言えない……けれど技術は技術。曲がりなりにも確立できたからには伸ばしていける。その手応えもあった。氷礫ひとつ取っても威力や速度をもっと上げられるし、他にもできることがたくさんある。


 僕の唯術はそういう唯術だと理解できた。


「氷の唯術……なんだか地味だと最初は思ったけど」

《悪くなさそうですよね。初めの内から使い方によって幅広く活かせそうで》


 練度が高くなればやれることを増やせるというのが唯術の特徴。だが、多種多様なだけにその例に当てはまらないものもある。つまりどれだけ使い慣れても幅が広がらない唯術や、逆にろくに鍛えない内から色んなことができる唯術も。こられを比べた場合より優れているのは当然に後者である……とは、必ずしも言い切れない。やれることが多いというのはそれだけ取っ散らかる危険性も孕んでいる。下手にできてしまう分、強化の方向性が定まらず何をするにも半端な魔術師になりやすいのだ。


 幅が限られている唯術ならばそういうことにはならない。狭い道を迷いなく突き進める。リソースを全てそこだけに費やせるからには唯術の伸びもあれもこれもと手を出している者よりも早いのは自然なことであり、得てしてそういったタイプの魔術師の方が戦闘においては強力であったりする。


《らしいです、ゴアに記されている限り。あなたも気を付けなきゃですよ? その氷の唯術は見るからに器用貧乏に陥りやすい類いのものですから》


 確かに。唯術理解の一歩目、始まりに立ったに過ぎない今ですら①氷礫をぶつける・②足元を凍らせて滑らせる・③敵を直に凍らせる……といういくつかの戦法が取れる。③に関しては思い付いただけでやれる確証はないが、感覚としては決して不可能ではないと僕の唯術が言っている。


 シスの懸念はおそらく正しい。しっかりと向き合って修行しなければきっと、僕は絵に描いたような器用貧乏になるだろう。そういう予感が自分でもひしひしとする。


《だから鍛え甲斐があるんですよ。あと五日。それまでに一個やっておきましょうか》


 やっておく? いったい何を。訊ねた僕にシスはあっさりと宣う。


《荒霊をもう一体見つける。そして今度は余裕でぶっ倒すんです。唯術を使ってね》



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