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109.耽々

「あのさ、ロスフェウさん」

「ユイゼンでいいと言ったろう」

「あ、そう、じゃあユイゼンさん」


 何か拘りでもあるのか名前呼びを徹底させるユイゼンへ、こちらも何かしらの拘りがあるのかエミウアは少しばかり嫌そうにしながら──これは特A級がS級に対する(略)──ライネを手で示しながら続けた。


「S級二人を屠った賊徒を倒してくれたこの子の実力を疑おうってんじゃないんですけどね。でも、だからってS級への昇格が相応しいかって訊かれちゃそう簡単に首を縦には振れないですよ」


 本物の強者は弱っていたって強い。とは言ったものの、コンディションによる強度の振れ幅は確かにあるし、戦闘──特に殺し合いともなればそれは水物・・だ。時によって場合によって、状況次第では同じマッチアップでも結果まで同じになるとは限らない。必ず強い方が勝つとも限らないし、必ず弱い方が負けるとも限らない。一勝したからといって永久的にどちらが上でどちらが下などと格付けをすることも、できない。


 S級を殺せるアンダーを殺した。だからライネはS級になるべきだ、とはならないのだ。

 強さとは、そしてテイカーの等級とは、そう単純なものではないからして。


「皆が畏まっちゃって言いたいことも碌に言えないようですから、不肖の自分がハッキリと言いますよ。S級ってのは減ったから増やせばいい。敵の人数に合わせて頭数を揃えればいいってもんじゃあ、ないでしょう?」


 イオ、ティチャナ、トリータ。S級以上と見られる敵が三人いるから、こちらも一人しかいないS級に二人を追加して互角としよう……などと馬鹿げたことを考えている。そう受け取られてもおかしくない提案をユイゼンはしているのだ。


 まず魔物に打ち勝てる実力を。そしてそれを全員で発揮できる連携力を。このふたつを柱としてテイカーの価値は決まる。特A級までは確かにそうだ。が、S級はそうではない。規格外と称される通りに彼らは何よりも実力が──強さが求められ、求めに足りると認められてその「等級外の等級」にいる。


 尺度で言えば最低ランクのC級と同じ定規で測られている特A級との、最も近しくも最大の差異とはずばりそこである。「元来のテイカーの尺度では測れない」。測り知れないだけの強さを持っているからこその、S級。


 全テイカーが、そして特段に特A級こそが畏れと焦がれを向ける頂上の位。……それを、現在C級の二名に与えようというのだ。それも片方はつい数ヵ月前にテイカー資格を得たばかりのビギナーで、もう片方は現場員せんとういんですらなく事務員うらかただという。


 勿論その肩書きに見合わないだけの確かな実力があり、活躍をしたからには、昇級や来たるイオ一党との争いにおいて登用・重用することに否やはないが……だからとてそのためにS級を名乗らせるのはいくらなんでもやり過ぎだろう。としか特A級の立場からは言えなかった。


 いや、本来は言うべきはずのそれすら自分以外の七名は──間違いなく同じ気持ちであるだろうに──口に出せそうにもなかったので、エミウアが一同の口となって思いの丈を言い放ってやったのだ。


 さあ、反応や如何に。エミウアは大人しくユイゼンの返答を待った。


 S級の決定に物言いをつけるなど大それた行為だ。不興を買うことになるかもしれない。だがエミウアにはユイゼンからの覚えが悪くなる覚悟ができていた。というより、こんなことで目くじらを立てて怒るようなら所詮はその程度の人物。目通りが良くなりたいなどとはエミウアだって思わない。そんなしょうもない人間に気に入られるなんてこちらから願い下げだ。


 変わらず瞼が落ち気味の眠たそうな瞳で、しかしそこにどことなく挑戦的な色を湛えてエミウアはユイゼンをじっと見つめる。その眼差しをしかと受け止め、それからユイゼンは「ああ」と何かに気付いたようにした。


「そうか、あんた確かリグレの教え子だね」

「……そっすけど。それが今、何か?」

「いや、関係はないがね。ただあのおちゃらけ坊やも大人になったもんだと思ってさ。強くなっただけじゃなくしっかりと師匠の務めも果たしていたらしい」


 それを聞いてエミウアの瞳に戸惑いの色が混ざる。何故ここで急にリグレの名が出たのかもわからないが、そこからどうして彼の師匠としての姿へと話題が飛んだのか。いったい全体何をもってして彼が「良い師匠」だったと──その点はエミウアも否定しないが──判断したのか、まったく理解が及ばない。


 疑問への回答は、とても単純だった。


「あんたがリグレを想ってくれているからね。弟子に好かれているのならそれはいい師匠だってことだ。それにあんたも特A級、ちゃんと育っている。好かれるばかりじゃなく育成もできてんだから言うことなしさ。……本当、あのリグレがねぇ」

「あの……失礼ですが、うちの師匠とはどういう関係で?」

「ん? リグレから聞いてないのかい……いや、わざわざ言うことでもないか。あたしはあの子の師匠だよ。つまりあんたはあたしにとっちゃ孫弟子ってことになる」

「……!」


 知らんかった、そんなの。とエミウアは内心で呆然と呟く。


 まずリグレが誰かの教えを乞うている姿というものが想像しづらく、彼にも師がいたなどとは発想の外にあった。それでいてその相手が共にS級の一員であるユイゼン・ロスフェウなどとは思いも寄らない事実だ──いやまあ、現存最高齢にして最古のテイカーである彼女こそが「そのポジション」に最も似つかわしいことは確かなのだが。しかしエミウアからすればこの二人にそこまで濃い接点があったというのにはやはり驚かされる。


 その衝撃も冷めやらぬままに、ユイゼンに告げられる。


「改めてリグレのことは残念だった。奴にしちゃ早い仕事をしたようだが、それが仇になっちまうとは。S級としての務めを果たしたとも言えるがね」


 リグレがいなければライオットがフリーの時間が増えて、そうなると本部の被害は今の比ではないレベルになっていた。それこそ生き残り一人いない、建物の残骸すら残らない完全壊滅を喫していたとしてもおかしくない。そんな地獄絵図を描かせなかった一要因としてリグレ・リンドルムはきっちりと役目を全うしたと言える。


 そうとはわかっていても、理屈の上では立派な死だと思えても。けれど感情はそんなものでは納得してくれない。


「今でも自分は信じられませんよ。リグレさんが死んだなんて……他の誰が逝くようなことがあってもあの人だけは飄々と生き残るもんだと思ってました」

「そうだね。あたしもそう思っていた。だが、人は死ぬ。誰だっていつかどこかで呆気なく死んじまう。あたしは長く生きてはいるがどうせ最期はそういうものだと諦めてもいるよ。そしてそれでいいとも、受け入れている。大切なのは死ぬまでに何を為したか。何を残したか、だ。……リグレはあんたを残した。それは奴の輝かしい遺産で、奴の生を価値あるものにする。これからも励んでおくれ、エミウア。師匠を追い抜いちまうくらいになりな。それが一番の師匠孝行だよ」


 こくり、とユイゼンの言葉にエミウアが頷く。それはいつでも太々しい彼女にしては珍しい、幼気な外見通りの子どものような仕草だった。


「これからはあたしに付きな、エミウア。リグレがやり残したことをあたしがやってやる」

「はい、よろしければ」


 うむ、とユイゼンは新たな直弟子へ首肯する。


「話を戻すが……あんたの懸念は当然のものさね、エミウア。S級は強さだけを求められる特殊な等級。だからこそ他の等級よりも遥かに昇級が難しい。そうあるべきなんだ。あたしだって何も坊やとイリネロを無条件にS級へ押し上げようってわけじゃあないんだよ」

「それじゃあ?」

「ああ、あたしが見たところどっちにもクリアすべき課題ってもんがある。S級になるのはそれを片付けられさえすれば、だね」


 抱えている課題。を、なんとかできてしまえば二人は本当にテイカーの頂点を名乗るに相応しいだけの戦士になる。そう述べたユイゼンはライネを見据える。その視線は射貫くような鋭さを持っていた。


「どうだい坊や。乗るかい? あんた自身が恐れ多いというのなら当然、三段飛ばしの昇級なんてさせやしないが」

「S級になれたなら……僕の願いも聞き入れてもらえるんですよね」

「勿論、約束は守るとも。イオとの一対一サシの勝負。それが叶うようにあたしも全力で場を整えてやろうじゃないか──あんたがそれに足るだけの強さを証明すれば、だがね」

「その証明が『S級になること』だっていうのなら……なります。なってみせますよ、協会最強の一人に」

「はん。よく吠えたじゃないか」


 S級らしい圧を出しながら問いかけたユイゼンに対し、真正面から臆することなく是を返したライネ。その姿に円卓につく特A級たちだけでなく、彼の傍に立つミーディアたちも一様に息を呑んだ──。


 その中でただ一人コメリだけは、元々ユイゼンの直弟子である自分と孫弟子から直弟子に上がったエミウアと、どちらが姉弟子でどちらが妹弟子なのか……などとものすごくどうでもいいことに頭を悩ませていた。



◇◇◇



「うーむ……むむむむ」


 胡坐をかいて一人唸る少女。悶々と悩まし気な様を見せるその背中に声がかかった。


「どうだ、イオ。奴から奪った術の具合は」

「ああ、ティチャナ。戻ってたか」


 呼ばれて初めて気が付いたとばかりに肩越しに配下の一人を見やるイオ。いつもの彼女ならこの如何にもな態度も形だけのもので、実際はティチャナがこうして姿を現すよりもずっと前からその接近を察知できている……はずだが、今の彼女はどうやら演技でもなんでもなく本当に話しかけられるまで他者の存在を気取れていなかったようだ。


 ──相当に根を詰めているな。そうティチャナはその様子から察する。やはりあの日、イオが彼女にしては珍しく欲したものすらも諦めて離脱を選んだ、否、「継戦を選ばなかった」だけあって、彼女の懸念通りに【離合】の扱いは難しいらしい。


 これは色よい返事が返って来そうにない。そう先んじてイオの返答の中身に当たりを付けたティチャナだったが、その予想は半分だけ覆される。


「【離合】の具合か? そりゃあ決まってんだろ、見ての通りに──頗る順調だぜ」

「ほお」

「だがちっとも順調でないとも言える」

「……どっちなんだ?」

「どっちもさ」


 ニヒルに笑って立ち上がったイオは、その体格からすると少々不釣り合いなほどに育った胸を強調するように伸びをして、大きく息を吐き……そして


「!」

「ま、ざっとこんなもんよ」


 イオの背後にいたのは自分であるはずなのに、いつの間にか自分の背後にイオがいる。そしてティチャナはイオが声を発するまで「後ろに回り込まれた」事実にまるで気付かなかった──これは、と彼は静かに驚嘆を露わにする。


「まるであの男のような芸当だ」

「そうだ。ライオット並みの移動……くらいはまあ、できるようになった。ただあいつのようにシームレスってんじゃなくそれなりに集中しなきゃならんが」


 おそらくは示威も含めての行為だったのだろうが、ライオットは自身の力をイオやその配下に見せつけることを厭わなかった。いずれ互いに裏切ると強く予感を抱いておきながら、秘中とすべきはずの術理を解き明かすようなヒントを自ら大盤振る舞いにするのは正着とは程遠い行為である。普通ならば。


 しかしライオットは普通という言葉から最も遠い位置にいる常識外れの強者であり、またその自覚にも満ちていた。術の性能を知られたからってどうにもできない。イオを含めた全員を「その時」が来れば自分一人で始末してやる──と、間違いなく彼は堂々と、しかし正々と言うには些か悪辣に挑発していた。


 故にティチャナも知っている。【離合】を用いたライオットの高速移動の度を超えた速さと静けさ。肉体的には魔人の中で最優であったダルムですらも「目でも追えねえ」とお手上げだったアレと……今のイオの高速移動は、限りなく重なる。


「そこまでの精度になったか。順調そのもの、ではないのか?」


 少なくともティチャナの目にはなんの瑕疵もなくイオが【離合】を使いこなしているように見える。いや、正確には「見えなかった」からそう思うわけだが、配下の疑問に対しイオはくつくつと喉奥で笑った。


「わかんねえか。なら向こうで説明しよう。お前が戻ってきたってことは『準備』を終えたってことだろ?」


 そうだ、と頷く彼に少女は「けっこう」と努めて偉そうな態度で応えた。


「んじゃぼちぼち始めるとするか──人間たちの魔人化をな」



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