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108.彼我

 イオが真に拘っているのは協会ではなく、自身と同じ転生者プレイヤーであるライネである。協会に向ける感情はフロントラインのそれほど苛烈なものではない。だがライネが所属する組織として──倒すべき敵陣営としてまったくの無感心というわけでもないからまたややこしい。これら諸々のせいで話を聞くだけではイオのやっていることは微妙にチグハグに思えるのだ。


 ライネは一瞬の内にマクレアンの指摘の原因に思い至ったが、思い至った故に頭を悩ませた。情報の真偽とそれを下にして動く是非の証明。マクレアンがこのふたつの提示を要求するのは当然だが、生憎とライネには彼を始めとする特A級の面々を納得させるだけの説明ができそうになかった。


 そもそも説明のしようがないことだ。もしもここでイオの行動の奇妙さに理屈付けをするとなると「転生者」関連の事情を明かさないわけにはいかず、そしてそれを明かしてしまえばマクレアンたちは更に困惑し、尚のことに聞き入れる体勢から遠のいてしまうことだろう。


 あちらもこちらも立たずの状況。袋小路に入り込んでしまっていると気が付いたライネがどうにか言葉を絞り出そうと──しているのを遮って、ユイゼンが「ふん!」と盛大に鼻を鳴らして言った。


「虚偽の情報を掴ませてそこに付け入る、なんてわかりやすい手を打ってくれる奴ならなーんにも怖かないんだがね。そうじゃないから不気味で、本部はイオとその配下たった数名にいいようにやられちまったんだよ」

「そりゃつまり……ロスフェウさんの所感としては、そういう手を打つような奴らじゃなかったってことですか」


 ユイゼンでいいよ、とマクレアンだけでなくこの場の一同に向けて言いながら彼女は鷹揚に頷いた。


「そうとも、敵として真っ当なことをしてくるようならこっちも真っ当な手を打ち返しゃいい。それができそうにないもんでこうして大慌てで対策を練ろうってんじゃないか──いいかいあんたら、よく聞きな。あたしは事前にこの子の話を聞いて、その上でこの場に連れてきている。その意味を考えりゃ真偽を問うことこそ時間の無駄だってわかるだろう?」


 ユイゼンが「真」と判断したのだからそれを前提に事を進める、ということだ。強行的ではあるが、前述の通りに彼女はこの場の誰よりも立場が上。それでいてこの緊急会議はグリンズの許しを経て開かれたものでもあるからして、当然に彼にも一連の情報は渡されているはずであり、その上で出た許可なのだからユイゼンの独断専行というわけでもない。


 現状の協会のワントップであるグリンズも、ライネの言葉を充分に信じている。となればもはやあれやこれやと疑うことはまさしく無意味だし、無意義である。一同はそう理解を示し、代表するようにソリウスが言った。


「承知しました。無用な詮索は控えましょう……それでは次に、敵戦力についてもお聞かせ願えますか。ええそうです、イオ一党の具体的な強さについてです」

「そうさね。ここに──」


 とユイゼンは自身とライネの背後に並ぶメンバー──コメリ、ミーディア、モニカ、アイナ。という、イリネロを除くあの日に屋上にて魔人と交戦した者たちを示して言った。


「魔人と戦ったテイカーを集めている。無論、あたしもその一人だ。生憎と頭数を減らすことは叶わなかったが、それだけ連中の能力が厄介なんだと思っておくれ。どんな小さなことでもいいから敵の力に関しては徹底して知識を共有しておこうと思ってね」


 ユイゼンですら敵を一人も仕留められなかった。それは特A級たちに多大な緊張をもたらす情報だ。魔人を名乗る者たちの強さは、S級をして厄介と言わしめるだけのものである。勿論そうでなければ今このような事態には陥っていないために強調されるまでもなくわかりきっていたことではあるが、しかし実際にユイゼン本人の口から明言されると空気も張り詰めるというもので。


 ピンと張った糸のようなその雰囲気の中で、まず発言のために前に出たのがミーディア。それにアイナも続いた。彼女たちは交戦経験ありの面子の中でも貴重な一対一で魔人と戦った二人である。


「──私が相手したのはティチャナという名称の青い肌の男です」


 敵の名から始まって、体格も含めた細かな身体的特徴、言動から推察される性格、そして把握できている範囲で能力に関しても語り、アイナも同様に──ミーディアに比べるとたどたどしいというか、単語単語での報告で少々わかりにくかったが──トリータなる魔人について判明していることの全てを話し終えた。だがそれで終わりではなく、ここに補足する形でモニカとコメリからも敵の首魁と見られるイオに関しての知見が伝えられた。


 魔人というこれまでに見たことも聞いたこともない存在。その人間離れした強度、精神性、【同調】や【吉兆】、そして他者の唯術を真似るといういずれも恐るべき力。それらを知り得たことで特A級たちは、先よりも更に重々しい空気を放っていた。


 ソリウスが言う。


「あのぅ……また基本の部分の確認からで非常に申し訳ないんですが」

「いいさ、何が訊きたいんだい」

「確かなのでしょうか? ティチャナ、トリータという敵幹部二人が共にS級にも与するほどの実力がある、というのは」

「間違いないね。能力の噛み合いに寄るところもあるが、少なくとも奴らに対する特効持ちでもない限りはS級を相手にするのと変わらんだろうさ」

「そうですか……では、その。お話の中では敵首魁のイオはS級すら超えているとのことでしたが……それも確かで?」

「そっちも間違いないね。なんせあたしを含めた四人のテイカーを前にして、奴はあからさまに戦いを楽しんでいやがったんだ。どう考えたって『S級と同等』なんて評価で収まるようなタマじゃあない。そうだろ?」


 共に戦った三名のテイカーが著しくユイゼンの足を引っ張ていた、というのならともかくとしてあの戦いにそのような事実はない。むしろ敵の拘束という援護に徹していたモニカやコメリ、そしてユイゼンに並び前衛の二枚看板を果たしていたイリネロも、充分以上に戦力になっていた。足を引っ張るどころか明確にユイゼンの助けとなっていた──それなのにイオ単身を相手に苦戦させられ、最後には逃走を許してしまった。


 何より恐ろしいのは、ここまでやってのけたイオが明らかに本調子ではなかったこと。加えて力の出し惜しみこそしていなくとも全力ではなかったこと……その印象が強くユイゼンに残り、ヘドロのようにへばりついて頭から離れずにいた。


「サシでやるならあたしに勝ち目はない。そう思っておいた方がいいだろうね」


 そうなれば死ぬのはこちらだ、と。S級が自身の敗北を断じたのは場に少なからずの衝撃を与えた。


 特A級──一流のテイカーであると見做されるA級よりも上と認められた、しかしてS級という規格外ほどの力はないとされた狭間の等級。彼らの強さはどこまでも相対的なもの。S級の絶対的な強さとは、やはり格が劣る。そう本人たちが自覚している。


 特A級における最強の立ち位置におり、最もS級への昇格に近い男とされていたゼネベンだって、その評はあくまでも将来性ありきのもの。状況によってはS級を相手にも勝ち得るだけの強さがあった、ということではない。


 ましてやこの場にいるのはそのゼネベンに最強の称号を名乗ることを許していた、つまりは彼に及ばない者たちだ。言わずもがな「次点の最強」である不在のオールデン然り、能力の規模と応用の幅でこそ一歩譲るが単純な戦闘力ならこの二人にも劣らないとされるエミウアだって十二分に並外れた強者であるものの、それでも総合的に見てゼネベンが最優であったことに変わりはなく……そんな彼ですらも遠く及ばないのがS級というなのだ。


 たとえ特A級が数人がかりで挑んだとしてもS級一人にも敵わない。それが現実であるために、敵に二人もS級クラスがいること。その上にはS級すら負けを認めるような怪物がいるとなれば、会議室が重苦しい気配に満たされるのも当然のことだった。


「……参ったな、こら。唯一の救いの数の差だって連中は埋めちまおうとしてるんだろ? 【同調】とかいうヤバい唯術で人を魔人に変えてよ。あー、ライネくんよ。これは疑っているわけじゃなく純粋な疑問として訊くんだが、マジなんか? 本当にそんなわけのわからんことをイオは可能にしちまうのか」

「はい。残念ながら……」

「そーかい……」


 ハワードの件も聞き及んでいるからには──異形化した彼が、本来なら絶対に太刀打ちできないはずのゼネベンを殺してみせたというにからには、人間の魔人化という一聞与太話にしか思えないトピックも現実として受け止めるしかない。縋るような質問にも聞きたくない答えしか返ってこなかったことでマクレアンは大きく息を吐いた。


「んじゃ、こうしている間にも魔人が……イオの配下がどんどん増えてるってことか。ゾッとしねえな、まったく」

「いえ、それは『まだ』かもしれません」

「あん? どういうこったい」

「どうもユイゼンさんと戦った際のイオは本調子でなかった……コピーしたての【離合】の扱いに苦労していたみたいですから、ひとまずはそこの解決に時間を使っているんじゃないかと」


 イオの不調は、第一にユイゼンがその戦闘中に感じ取ったものであるために誰もが真実として理解していることだが。翻ってそれが【模倣】で奪った唯術の扱いに問題があったからだ……とは、彼らからしてみれば発想の飛躍にも聞こえる文言であった。


「何故そこまで予想できるんです? 君は直接にはイオと戦っていないんでしょう?」

「そうですね。でも見てはいました。それにイオの人となりをそれなりに理解できているつもりですし、僕は【離合】の本来の持ち主と戦ってもいますから」


 証拠として出せる物はないが、おそらくイオはなんらかの理由があって──その理由までは流石にライネも推察のしようがないが──入手した新しい得物を手懐けられていない。まさかあのイオがそんな不都合を放ったままにして本人が言うところの「決戦」に臨むとはとても思えないので……いや、イオでなくとも戦いへ赴くに当たって自らのコンディションを万全にしようとするのは至極当たり前のこと。その優先度は決して「魔人の増産」にも後れを取らないだろう。


 ライネはそう考えており、その理屈自体は話を聞く特A級たちにとっても納得のいくものではあった。なんにせよ敵方に計画の遅延が発生するのであればそれは喜ばしい。ライネの語る体験談が全て真実だとしても予想まで丸々鵜呑みにするつもりは彼らにもなかったが、しかし「イオは既に万全」であり「魔人も途轍もない数になっている」という最悪の可能性などそもそも想定したって仕方がない。


 何故ならその場合は、協会の完全敗北。それが逃れ得ないものになることが確定するからだ。


「よく勝てたよね」


 場の空気を一刀するような、誰にとっても思いがけない言葉を放ったのはエミウアだった。


 相も変わらず気だるげな調子で、机に肘までついた行儀のいい姿勢とは言えない恰好で彼女は、いきなり流れとは違う方向から話しかけられて戸惑いを隠せていないライネへと続けて言った。


「だからさ、【離合】本来の持ち主。フロントライン頭目のライオットはあのエイデン・ギルフォードですら勝てなかった相手でしょ。そして状況からしてリグレさんもライオットに殺されている。S級を立て続けに片付けちゃうようなマジモンの怪物……いくら連戦の疲労もあっただろうとはいえ、よく勝てたよね」


 疲労していた、と言ってもそれでライオットが弱者に成り下がるわけではない。魔力が減ったなら減ったなりの、出力が下がったなら下がったなりの戦い方をするだけ。そして本物の強者はそういう戦い方でも充分に他の術師を圧倒するものだ。


 伝え聞くライオットという男の強度は間違いなく本物。で、あるからには。


「ライオットを下した君も、それだけの強者。って認識でいいのかな」

「いいとも」


 と、そこで質問が質問のためにそうだとも違うとも答えにくいライネに代わって返事をしたのは、またしてもユイゼンだった。


 さっきからなんであんたが答えるんだ、という胡乱げな目付きを隠しもしないエミウアの──これは特A級がS級に対する態度としては非常に珍しい、異端と称してもいいようなものだ──視線に対して、ユイゼンは堂々たる口調で言い切る。


「ライネは強い。そうあたしが保証しよう。それと、イリネロ・ドーパについてもね。あたしはこの両名をS級の権限で以て──近日にS級へと昇格させるつもりでいる」


 それは特A級テイカーたちにとって、ある意味で今日聞かされた何よりもの爆弾発言。場はこれまでとは違った意味での静寂に支配された。



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