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105.反旗

 イリネロが決め・・にかかった。そう見て取ったユイゼンは彼女へ言った通り自らがそれに合わせるべく、自身も必殺の術を練り上げて同時にぶつけんとした。


 そして、イオもまた当然にユイゼンがそうするだろうと予想できたために、取るべき行動はひとつだった。


 S級テイカーとそれに準ずる、あるいは上回る部分を持つテイカー。この二人が揃って確殺の意思を持って術を放とうというのだ。回避できるとも防御できるとも思わない方がいいだろう。そう思わせないだけの圧が、両者からはヒシヒシと感じられる。なのでイオが選んだのは──迎撃。


 こちらもまた必殺の術で敵の必殺を迎え撃つ。これは一見、二人分の出力へ立ち向かうことを思えば受けに回る以上の悪手にも思えるが。しかし【離合】は特別な唯術だ。その性能をイオは信頼しているし、それを十全に発揮できればたとえS級クラス二名の全力に対しても充分以上に対抗できると踏んでいた。


(要は俺がこの瞬間! 【離合】を手懐けられるかどうかにかかってるってぇわけだ)


 唯術の拡充を図る一瞬の間にイオは己にそれが可能かを問う。【模倣】のストック数の制約の関係で現在【吉兆】をオミットしている彼女にはこれが正しい判断なのかがわからない。もしも「強者との戦闘」ではさほど役立たない【同調】(これはトリータとイオの【吉兆】の方向性に隔たりがあるのと同様に【同調】にも本家とコピーの間に隔たりがあるためだ)の方を切っていればこの激突の結果も、実際に結果が出る前にある程度は知れたことだろうが──。


(だが【同調】は今日からがより重要になる。常にストックしておきたいってんだから切るべきはやっぱ【吉兆】だ。俺はこいつがない状態ってのに慣れなきゃいけねえ)


 予感に頼らない戦闘の仕方を身に着ける。それもそこらの雑魚魔術師ではなく、このレベルの敵を相手に勝利を収められるくらいの水準で、だ。【吉兆】のないままにS級と戦える現状はやはり絶好のチュートリアル。そしてイオは元より、この体になってからはオートで未来の趨勢など教えてもらわずとも正しい選択のできる直感を得ている、という自負も持ち合わせていた。


(迎撃が正解、これは間違いない。んでもってマジの正解・・にできるかどうかは俺次第……!)


 拡充、完了。斥×斥という弾く力同士の掛け算によって発生したモノは、確かにイオの手の中で生きている。術の起動自体は成功──あとはこれを操れるか。上手く発散させられるか、である。


 何度使ってもしっくりとこない【離合】。なのに基本を飛び越えて応用たる拡充の重斥にこの場面で手を出すのはイオ本人からしても無謀と言える試みだが。しかし彼女は用意周到な性格をしていながら分の悪い賭けというのも嫌いではなく。そして何より自分の持ち味は追い詰められてこそ、ギリギリの瀬戸際でこそ輝くとも知っているために。


 この時のイオのテンションは最高潮であり、それは魔術を扱うにあたってベストのコンディションだと言えた。


「『大雪嵐』!」


 ユイゼンの拡充も完了し、氷の造形物を生み出し操るという【氷天】本来の性能から明らかに逸脱した雪崩めいた猛吹雪を展開させる。これも、マズい。触れた途端に立ちどころに取り返しのつかない凍傷を負わされる。イオの目にはユイゼンの術の脅威も見えていた。


 先んじて完成した炎の輪はおそらく、最高火力をぎゅっと圧縮させた上で高速回転させている。全ての火力と熱量を一切外に漏らさない程完璧に密封され、内部で激しく循環し続けているそれは、触れる物全てをたちまちに燃やす──否、代物だ。


 どちらの術も強烈、凶悪。まともに食らえば骨も残らず細石と消えるか煙と化すか。いずれにしろその両方が絶対の殺意と共に向かってきているのだからイオとしては笑うしかない。


 心からの笑みを浮かべるしかない。


「重斥」


 身体の前面を覆い尽くすように展開した重斥を、解放。敵術との衝突に合わせて拡散された弾く力は「触れる」という工程を経ずに対象へ、術者が望む遍く存在にその効果を作用させる。地鳴りめいた音を立てる豪雪も、音も無く侵攻する獄炎も、乗算された斥は正面から受け止めてみせる──そう、受け止めるだけ。


(ッッ、弾き返せねえ、ってか!?)


 押し込まれる。弾く力を間に挟んでなおも。あたかも圧倒的な力で圧し潰されるかの如くに【離合】の上から追い込まれる。追い詰め、られる。


 そこからがイオの本領。


「ハッ!! いいねぇ、お前たち! 俄然に欲しくなってきたぜ!!」


 そこで彼女は「掴んだ」。何度やってみてもまるで掴めなかったそれを。【離合】の本質というものを──その枠組みへと手をかけた。瞬間、溢れ出した力と知識はコピーした唯術をより自分の物とした証。つい一瞬前までにはまったくわからなかったことが今の彼女にはよくわかる。わかるまでもなくもう知っている。


(そうかいライオット! 【離合】ってのは使うもんなのか!)


 驚愕したのはユイゼンであり、イリネロであった。


 あと少しで押し切れる。面倒な弾く力も二人がかりの必殺なら破れるし、破ったその時が決着であると。そう確信と感触を得た矢先にそれが覆された。弾く力が、決壊しかけていたその力が息を吹き返した。失いかけていた勢いを取り戻した──いや、それは「取り戻した」といいうよりも「生まれ変わった」ような。術が完成し起動し終了するまでの間にまったく別の術へとすげ代わったような、奇妙なことだがそうとしか言いようのない滅法の変化だった。


(なんてことだい、これは……!)

(たった一人に! 私たちが押し戻される!?)


 堪える側に回った両者の顔に痛痒にも似たものが浮かぶ。だが、堪えられない。【離合】の本質を知らぬままに使う術と知って使う術とでは雲泥の差がある。基本術である引と斥の段階ですらそうなのだから拡充術である重斥ともなればもはや雲泥どころではなく、例えるならば石ころと巨星ほどの隔絶した差が生じるのは当然のこと。


 そして真価を発揮した【離合】には、つまるところ「万全の状態のライオット」と同等の力を発揮したイオには、『大雪嵐』と『炎環』。ユイゼンとイリネロの奥義とも呼べる術をまとめてもなお届かないだけの圧巻の力があった──。


 だが、しかし。


「ガッ……!??」


 突如としてイオの身を異変が襲う。上がったはずの出力の低下。著しい変化の直後にまた著しい変化が表れた、その元凶が何かイオは思い至る。まずもって「それ」以外には考えられない、とあるひとつの推測。


(おいおい。そのまさかだってのか?)


 先ほど頭に浮かび、けれどすぐに捨てた馬鹿な可能性が再び鎌首をもたげる。だがもう確定的だ。コツを掴んだはずの唯術が、するりと自ら逃げ出した。だけでなく噛み付きまでしてきた。【離合】そのものが牙を剥いてきたのだと、それこそが異変の正体だとイオは確信する。


 言うまでもなくこんなことは今までに一度もなかった。この眩暈にも似た感覚は、間違いなく術者としての許容限界。キャパシティを超過してしまった際の症状だ──唯術が意図的にそれを引き起こした? わざと術者へと、本来の持ち主ではない憎き相手へと負荷をかけて、一気にキャパオーバーさせた?


 本当に馬鹿げた考えだ。しかして一笑に伏せない。むしろイオがそれ以外にあり得ないとすら直感しているのは、前述の通りそれだけ【離合】という唯術を特別視しているから。そして何より、その持ち主だったライオット。この世界の本当の「主役」だったのではないかと思えるほどの男──彼自身もまた特別。その上で一癖も二癖もある人物であった。


 故に彼からコピーした【離合】に何かしら残留思念のようなものが憑りついていたとしても、それがこの土壇場で反旗を翻してきたのだとしても不思議ではないと。イオにはそう思えるのだ。


 ただで死ぬような奴でもなければただで奪われるような奴でもない。そう危惧していたからこそ慎重を期し、奪うタイミングを【吉兆】で入念に確かめ、これ以上ないという絶好の機会にそれを為した。成せたはずだった──というのに結果がこのザマか。イオは呆れる。ライオットの執念に、彼の特別さを警戒しておきながらまだまだ甘く見積もっていた自分に、ほとほとに呆れ果てる。


(こりゃ無理だな)


 どうしたって出力は戻らない。いくら追い詰められてこそ強いイオだとて、その強さを発揮したところに手元の武器が独りでに崩れようとしているのだ。ここから修正などできるはずもない。敵がなんてことはない雑魚であればいくらでもやりようはあっただろうが、だが今互いに武器をぶつけ合っているのはテイカー全体においても上澄み中の上澄みの二人。


 さしものイオも認めないわけにはいかなかった。


 チュートリアルなどと見做して受けたこの勝負は、自身の負けであると。


「イリネロ!」

「はい!」


 勢いを増した弾く力。それに押し返されかけていたというのに、急に大人しくなりだした。そのイオの新たな変化にユイゼンとイリネロが気付かないはずもない。


 この短い間に、力と力の拮抗の合間にイオへ何が起こったのか。その詳細については知りようがなく、また大した興味もなく。とにかく二人はこれを最後の好機と捉えて全力を出し切るのみだった。目の前の少女は様々な意味合いにおいて不気味である。ここで決めきれなければまたぞろどのような変化が起きるかも知れたものではない。


 確実に、終わらせる。呼びかけによって改めて強くその意志を共有したユイゼンとイリネロは、極寒と業火の奥義は、あたかもふたつでひとつの術の如くに青と赤を入り混じらせて魔力を振り絞り──そして壁を突破。


 重斥によって多大に威力を散らされながらも散らされ切ることなく打ち勝ち、イオ本体へと奥義を直撃させることに成功した。


「ヅぁ、っぐ……!!」


 逆に自分こそが弾かれたように宙を舞い、床に落ち、ごろごろと転がって──それを受け止め抱えたのはティチャナだ。傍らにはトリータもいる。イオの劣勢を見て驚いた彼らは、しかし即座に行動。イオが欲したミーディアも、それを守らんとするアイナもライネも置いて遮二無二に主人たる彼女の下へ参じたのだ。


「ユイゼン様」

「いや、待ちな」


 状況の変化。彼女たちからすれば敵の頭数が増えた形になるが、イリネロはこれをピンチではなく一網打尽のチャンスと捉えていた。今し方出し得る全力を出し切ったばかりなので連続で奥義とも言える炎環を使用する、というのは無理があるが。しかし炎環にこそ及ばずとも高火力の術を、ユイゼンと共に再び息を合わせて放ちさえすれば。少女へのトドメを刺すのと同時に、少女の身を案じることに忙しい様子の──つまりは戦闘体勢にないように思えるあの男二人もまとめて片付けられるのではないか。


 と、算段を付けて呼びかけてきたイリネロをユイゼンは制止する。彼女の見解はイリネロのそれとは少々違っていた。


「ご、ご無事ですかっ! イオ様!」

「何があった? お前のこんな姿は初めて見る」

「ああ……大丈夫・・・だ、心配すんな。ただ下手をこいちまっただけ……いや、こかされちまったと言うべきか? くっく、我ながらざまぁないぜ」


 まずイオと呼ばれている少女──敵の首魁級と思われる彼女が、思いの外に「ダメージを受けていない」。


 イオの術を突破するために炎環も大雪嵐もある程度は威力が減衰していたとはいえ、そして突破した先でもイオの魔力防御という壁に阻まれたとはいえ、しかし二人がかりの奥義の炸裂を経てあの程度。支えられながらも自分の足で立ち上がり、すぐに言葉を交わせる程度の被害しか受けていないというのは、軽視できない事実だった。


 ティチャナ戦を経験しての推測。そこからイオの頑丈さについても想定できているつもりのユイゼンだったが、見積もりが低過ぎた。イオはティチャナ以上に硬い。そこが追撃を止めた理由のひとつ。


 ふたつ目の理由は、イオの安否を確かめる男たちがしっかりとこちらにも注意を払っていること。その意識の割り振りをユイゼンは明敏に感じ取っていた──奴らには隙があるようで、ない。むしろ焦って仕掛けることを誘ってすらいるようにも思える。……ならばここは決着を急がず、振り切られたらしいミーディアたちとの合流を待って挟み撃ちにすべきだろう。


 イリネロよりも広い視野で物を見て、より勝算の高いと思われる判断を下したユイゼン。歳の功に恥じぬその冷静な思考は──正しくもあり、間違ってもいた。



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