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103.入域

「これ以上テイカーの数を減らすな、という御命令でしたので『全力で』手を抜いていたのですが……流石と言うべきか残念と言うべきか、『この場』に立つテイカーにそれはわたくしめらにとっても命取りになりかねないと判断いたしました。なので──」


 どうぞお恨み下さい、と。慇懃に告げたトリータが打って出る。この勝負が始まって以来初めてとなる彼の方からの仕掛けに、けれどアイナは後手に回ることをしなかった。


 切り込む。相手の攻撃の出掛かりへ自ら突っ込むようにして懐へ飛び込み、攻めが勢いに乗る前に自分の流れにする。


 ──本能で導き出したアイナの答えは限りなく正答と呼ぶに相応しいものだった。敵の「本気宣言」と共に引き出された魔力と、そこにある明白なまでの彼我の差。遥か格上の存在。ただ魔力を比べただけでしかとそう認識させられたからには、ますますもって勝負を急ぐのは格下の側としてどこまでも正しい選択だった。


 しかしアイナ一流の勘は戦闘者が持つべきそれとして一級ではあったが──単純に実力が、足りなさ過ぎた。カウンターにカウンターを合わせられて宙を舞ったことで彼女は痛みと一緒に骨身で味わう。あまりにも、遠い。実力差があり過ぎる。これでは正しい選択をしたとてなんの意味もない。


 何せトリータはその正しさを力だけで上から叩き潰してしまえるのだから。


「ッ、く……」


 意識が飛びそうなほどの痛みでもアイナは剣を手放さず、すぐに立ち上がってみせた。けれどその足元はふらふらで、再び叩かれた頬は赤黒く染まり真横に大きく切れてもいる。打たれた際に内臓も痛めたのか、傷や口内からの出血だけとは思えぬ量の血が裂かれた頬から流れ出ていく。


 血溜まりが、跳ねる。己が血を踏み締めてもう一度、今度は先の先を取るべくアイナが攻める。動きに一切の無駄のない、最速の突き。心臓の位置を目掛けて放たれたそれはトリータが彼女の背後へと回ったことで空を切り、そして反撃の蹴りが炸裂。当てずっぽうで折り曲げた腕はきちんとトリータの蹴り脚を迎えたがまったく受け止められず。防御ごとアイナは大きく吹っ飛ばされてしまう。


 どしゃっ、と湿った音を立ててアイナが床に落ちる。「はっ、はっ」とポンプのように急激に伸び縮みする肺から激しく息を吐き出しながら、それでも彼女は立ち上がる。床に伸びたままでいられたなら、そのまま眠りに付けたらどんなに楽なことだろう。体は必死なまでに休息の必要性を訴えている、だが、ここでの休息は即ち死だ。それがわかっているからには彼女は眠らない──それ以前に。


 まだ満足に斬れていないのだ。

 この満たされない状態で眠ってなどいられない。

 たとえどれだけボロボロにされようと……どんなに勝ち目がなかろうとも。


「やはり勘がいい。今のに防御が間に合うとは、よもやあなたも【吉兆】持ちですか? ふふ……しかし悲しいかな、力量スペックの差異は見るからに歴然。もはやあなたはわたくしに追いつけやしない」

「…………」


 純然たる事実であった。ローペースで、殆ど魔力を使わずに戦っていたこれまでと違って現在のトリータは惜しみなく自身の魔力を発現させている──そして魔力を過不足なく戦闘に用いている。そんな彼に対し、アイナは手も足も出ていない。


 当然だ、さっきまでのトリータとようやく互角だった彼女なのだから両者が有する性能の差は明白過ぎるまでに明白。ここまで戦闘力がかけ離れていてはどうしようもない。アイナの努力やトリータの慢心、そういった要素で埋まるような、覆せるような小さな差ではないのだ。


 トリータはこれでもまだ全力ではない。本気で戦ってこそいても今のアイナのように死に物狂いの全力など出してはいない……そこはまだ出し惜しむ余裕がある。というより、そこまで必死になる理由がない。そう評するべきだろう。


 そんな真似をすればそれこそ呆気なく。実にあっさりとアイナを殺してしまうだけになる。イオがある程度は残したがっている将来有望なテイカーの芽を摘んでしまうだけのつまらない作業になってしまう。それはトリータの本意ではなく、またアイナの息の根がまだ止まっていない最大の要因であった。


 ──と、アイナ自身もそのことをしかと認識できているだろうに。勝算など消え去ったのだと理解しているだろうに、それでも彼女の立ち姿に、その殺意には一切の歪みがない。


(あくまで勝ちを捨てず、ですか。死への恐れも見えない……本当にお見事としか言いようのない精神性ですね。人間のままにしておくのが惜しく思えるくらいですよ。けれども──)


 トリータはティチャナの方の戦局をちらりと窺う。


 どんなにアイナが優れた戦士たらんと闘志を燃やしたところで、現実は非情である。あちらでも本気を出したティチャナがミーディアを圧倒している。元より魔人を一対一で抑えられる人員など協会にはS級くらいしかいないのだ。ミーディアやアイナは戦闘員としては格別のものを持っているが、だとしてもS級の域には及んでいない。からには、真の力を解放したトリータやティチャナにまるで敵わないのも単なる道理でしかなく。


(このまま手早く下し、ティチャナを手伝うとしますか。再生能力持ちを大人しくさせるには骨が折れるでしょうしね)


 できれば死なない程度に、けれどこれ以上の邪魔立ては決してできないようにアイナを壊し、ティチャナと共に今度はミーディアを──肉体ではなくその精神を──壊す。そう算段を付けたトリータはそのためにアイナへ再び攻撃を加えんと一歩を踏み出そうとして。


 冷涼な風。不意に感じられたそれが一瞬にして悪寒へと変わり、途端に警報が鳴る。【吉兆】がその場より離脱せよと鋭く叫ぶ。


「ッく!?」


 トリータにとって己が唯術の警告に従うのは言うなれば本能からくる行動にも等しい。アイナへのトドメなど即キャンセル。一も二もなくとにかく【吉兆】からの勧めに応じて迅速にトリータは飛び退いた。


 魔力をふんだんに用いた彼の後退は災いより逃れるためという必要に駆られてのこともあって非常に速く、素早いものだったが。しかし一足・・遅かった。「それ」の範囲から逃れるにはあと一瞬、一歩分だけ足りていなかった。


 右半身の凍結。薄肌を凍らされただけ、という強靭な肉体を持つトリータからすれば軽傷と言って差し支えない程度の被害。ただし、いくらアイナ一人に集中していたとはいえ油断も慢心もなく、また魔力防御も充分に行っていた状態で、しかも【吉兆】の事前の知らせがあってなお「避け切れなかった」。回避が間に合わなかったこと、それ自体はまったくもって度し難く重大な瑕疵・・であった。


 トリータのプライド。そして平静を揺らがすに足りる異常事態。


 これを引き起こしたのは勿論、状況からしてたった一人しか考えられない。


ライネ・・・……! やはりまだ動けましたかっ!」



◇◇◇



 イオとのやり取りの間。そしてイオ一行とユイゼン一行が交戦を開始してからの間、ライネが体を休ませながら何をしていたかと言えば──調整である。もはや体力も魔力も、ついでに気力も尽きた空っぽの身体で、けれどまだ戦わねばならない。よって彼は急いだ。現状の肉体でも戦うための手段の確立を。


 ライオットを倒すための秘策、二心同体。身の内にシスというもう一人がいるライネだからこそ可能となる処理能力の倍化は確かに戦闘において大いに彼を助け、得難い武器となってくれはしたが、しかしこの技術の価値をまだ引き出せていない。真価を発揮することができていない、という感触が常に彼には、そして彼女にもあった。


 目指すべきは二心同体ではなく本当の意味での「一心同体」。それ・・が成ったとき──シスとライネが真に二人で一人の状態で戦えるようになった時、おそらく得られる処理能力は二心同体の比ではない。より革新的に、より効率的に魔力と術の運用が叶い、それでいて身体能力も十全以上に機能する。そんな夢物語のような最強になれる、はず。


 根拠はない。だが互いにそう感じていた。ライネとシスが共に「まだ足りていない」とその先を渇望した……それだけで証拠としては十二分。


 狙い澄ましたタイミングでのイオ一行の出現に対し今すぐの探求を求められた彼らは、二人で協力して落としどころを探り、そしてようやく見つけたのだ。不完全でもなんでもいいからとにかく今すぐに行える一体化。イオの【同調】で授かったあの感覚すらも手助けとして行ったそれはひとまずの成功を見た。


 やはり完全とはいかず、しかし不完全と言うにはより一心に近づいた、先の対ライオット戦をも超える──超効率化ゾーンの域へとライネとシスは入ったのだ。


「吹雪」


 入域、と同時に放った氷の吐息。否、氷の吹雪は今まさにアイナとミーディアへ重い一撃を加え入れようとしていた二人の魔人。トリータとティチャナをまとめて凍り付かせた。


 面々の受けた衝撃は凄まじいものだった。何せ両者は共に「敵の攻撃を受けない」ことに特化した能力を持っているのだ。


 片や【吉兆】で攻撃が始まる前には回避を終えている予知めいた術者、片や本家の【同調】というどんな物質に対しても同化することで攻撃を成立させない術者。そんな二人が半身とはいえ、薄皮一枚分に過ぎないとはいえ「攻撃を受けた」。回避も同化も間に合わせられなかったということは即ち、それだけライネの術の起動から攻撃の完了までが無駄なく淀みなく、尋常でなく早かったことを意味している。


 ──繰り返すが今のライネは潤沢な魔力とは無縁である。休息もで行ったために──そして元々ライネ自身の魔力回復の速度も優れているために──ごく短時間のそれとしては破格の量の魔力を得られており、何なら再起動を果たした現在時点でも二人分を超えた処理能力の副産物によって消費以上の供給となるように集中快復中であるが、それを踏まえても普段通りに魔力を使えるようになるにはもうしばらくの時間を要する。直ちにいつも通りに戦える、というわけではない。


 完璧に近しい不意打ちを成功させていながら表皮しか凍らせられていないのがその証拠だ。魔力不足による火力不足。仮にこの瞬間、平時並みとは言わずともライオット戦の開幕当初程度の魔力が彼にあったなら、トリータもティチャナもこの程度では済まなかった。衝撃を受ける、などでは到底に済まされなかった。


「っ、ティチャナ!」

「わかっている……!」


 ライネの追撃、は残存魔力からしてすぐには来ない。彼がこのタイミングで攻撃に踏み切ったのは──不意打ちの初撃という最大のカードを切ったのは、十中八九アイナとミーディアの救出のため。機を見計らったのではなく、今まさに絶体絶命の折にあった二人を救うために動かざるを得なかったというのが本音であろう。


 回復した魔力量はまだ最低ラインにも到達していない、それはトリータとティチャナにもわかっている。故にこの次にライネが選択するのは再び氷術を放つことではなく──ああ、やはり。


「ごめん、二人とも。加勢が遅くなった」

「謝らなきゃはこっちだよ、助けが遅れた。その上で忍びないんだけどさ、やれる?」

「やるよ。三人で合わせよう。アイナもいいね」

「……ん」


 トリータの予想通りに三名は合流を優先し一塊になった。その間に【同調】をフルに活用したティチャナが一足先に氷漬けの状態から脱し、そしてトリータの傍へと駆け寄り拡充術である【同調】の付与・・を実行。それによってトリータも同化の恩恵に預かり、凍り付いた半身の自由を取り戻すに至った。


「無事か」

「ええ、見ての通りに。助かりましたよ」

「奴らも、な」


 鼻を鳴らして吐かれた言葉にトリータは敵を見やり、小さく頷いた。万が一にも追撃の可能性を考慮すればトリータは反撃よりもティチャナの協力を仰ぐのがベター。またその動きを予見していたからこそライネの側も陣形の構築を優先させた。


 つまるところ両陣営が共に場を整えることを選んだのだ。


「振り出しですか。いえ、ライネの復活を思えばむしろスタートよりも後ろに下がったと言うべきでしょうか」

「そうとも言えんだろう。復活などと言っても所詮はハリボテだ。氷術の精度こそ油断ならないがそう長くは──、何?」


 セリフの途中でティチャナは視線を動かし、眉根に深く皺を寄せた。それに前後してトリータもまた愕然とした表情を見せた。その反応はあたかも、もはや交戦中である目の前の敵などどうでもいい些事であると言わんばかりの大きなものであった。


「馬鹿なッ──イオ様!?」


 その身に目に見えてわかるほどの震えすら走らせている彼らの視線の先では──。



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