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102.賛美

 自傷してでも一矢報いる。その先のことはその先で考える。アイナの思考をこういったものだろうと結論付けていたトリータはしかし、そこで違和感を覚えた。塞がった腹の傷。初めから塞ぐことを計算されて空けられたその穴は、アイナが巧妙に、トリータが思うよりもずっと堅実に「その先」を見据えていたが故のものではないか。


 だとすれば。


「っ、」


 次に彼女が取る行動も既に決まっているのではないか。という疑念が浮かんだと同時──自らの傷の具合を確かめるのもそこそこに沈み込んだ、否、その場に沈んだように見えるほど深く鋭い踏み込みでアイナが距離を詰めてきた。やはりそこに迷いはなく、反対にこの瞬間「とあること」にも気が付いたトリータには一瞬の惑いがあった。


(武器を片方しか持っていない……? もう一方はいったい)


 いったいいつ、どこへ手放したのか。こればかりはアイナの手元に着目していなかったトリータには本当にわからなかった。背を向けた瞬間か、そのまま接近してきた時か、まさか切腹めいた自傷攻撃の最中には流石に他のことをする余裕もなかったろうが……。


 あるいはそれこそたった今、トリータがアイナの治癒術に目と意識を奪われたそのタイミングでどこぞへ隠し、それが済んだから行動を開始したのかもしれない。……手品師もかくやというミスディレクションの腕前はともかく、問題なのは何故そんな真似をしたのかだ。


 彼女は明らかに短剣二刀流こそが主なスタイル。剣の間合いからしても入り身の戦い方で圧倒的な手数をぶつけていくのがアイナの正攻法フォーマットである。だというのに自ら「片手落ち」になるのは意味がわからない。それは手数こそを武器とする者にとって文字通りの戦力の半減にも等しい悪手に他ならないはず、だというのに。


 少女はこんなにも濃厚な殺意に瞳をギラつかせて突っ込んでくる。


 不気味である。【吉兆】で攻撃のタイミングは読めるし、仮に隠したもう一本でどんな搦め手を打ってこようとも、それすら実行のタイミングはトリータに筒抜けになる。ここで再び待ちの姿勢に入りアイナを迎撃することはなんら難しくない……が、とにもかくにも不気味である。


 先ほどは待ちを選んだことで少なからず肝を冷やされたのも事実。もしもアイナが自傷攻撃以上の奇策を打ち出しているのだとすれば、ここはそれを避けるのが慎重な選択というものだろう。わざわざお披露目に付き合ってやる義理などトリータにはないのだ。


(来ますね、攻撃のタイミング。なんてことはない。ここでわたくしが後退するだけでその素晴らしい踏み込みだってなんの意味もなくなるのだか──、っ!?)

 

 トリータは驚愕した。接近するアイナ、その手に握られた短剣の閃きを【吉兆】で先んじて見た彼が、それに合わせて安全圏への移動を始めた──そこで鳴り響く警報が二重・・になったが故に。


 この感覚に彼は覚えがあった。【吉兆】がこういった反応を示すのはトリータ自身が危険を危険とわからずに近づいてしまった時。そうして我が身に害が降りかかる可能性を増やしてしまった時のそれだ。つまり今、自分は正面からの危険に対し下がり始めたことで「別の危険」に自ら突っ込もうとしている。【吉兆】はそれを警告しているのだ……しかし、では「別の危険」とはなんなのか。


 刹那の間にトリータは後退を取り止めるべきかとも考えたが、アイナの振るう刃は確実にこちらの首を落とす軌道で迫ってきている。この飛び退こうとしている半端な体勢のまま動きを止めてしまえばこれを防ぐ術はない。確実な命の危機である前門・・に比べて後門・・は「そこまでのものじゃない」。それも【吉兆】が教えてくれていること。


 ならば選ぶべきは、取捨で受け入れるべきは当然に背後にある正体不明の危険の方だ。


 そう判断して後退の取り止めを取り止め、トリータはそのままバックステップを続行。結果として首狩りの剣から逃れることに成功し──そして彼の胸元から刃が生えた。


「なんっ……」


 後ろから剣が突き刺さった。この現象の意味をトリータは取り違えることなく瞬時に察することができた。


(『放り投げていた』のか……! 隠し場所はわたくしの後方斜め上、頭上の死角! 剣の落ちてくる場所へと誘導されたのだ!)


 通常ならどんなに優れた切れ味を持つ名刀だろうとあり得ないことだ。落下中の刃物へ自ら突っ込んだとて、そしてその切っ先が運悪く真っ直ぐ肌に当たったところで、剣そのものの重量とそれを効率よく切れ味へ変換する剣士の技量がなければ大して切れるものではない。どんなに不運でも精々が肉の表面を抉る程度が関の山──だが、アイナの剣だけは別だ。


 彼女の唯術によって悪魔的な切れ味が付与されている剣は、通常の理屈などはるか後方へ置き去りに、理不尽なまでに「なんでも切る」。否、『なんでなくても斬る』。だから放り投げた剣だろうと刃の向き先さえ合っていれば、そしてそこへ敵を追い立てることさえできれば、さくりと。冗談のような軽さで剣は敵を貫く。


 それこそが【切断】という彼女に与えられた力であるからして。


(一人で挟み撃ちの形にした、というわけですか……そしてわたくしが自分から「刺さりにいく」ことで危機ではなかったものが危機となり、そこでようやく【吉兆】が反応した。っく、なかなかどうして。見抜いているわけでもないでしょうに、先鋭化させた【吉兆】の欠点を的確に突いてくるではありませんか!)


 常設の、という表現が適切かはトリータ本人にも定かではないがとにかく、幅広く味方陣営の災いに反応するいつも通りの【吉兆】であった方が今回のようなケースには強かったろう。


 敵も味方も一人に定めてより深く鋭く攻撃を読む現在のモードは放り投げられた剣のように所有者の意図から離れている脅威を脅威として捉えるのに若干だが時間がかかる。それは他の部分に処理能力を用いているからこその必然であり、トリータが操る【吉兆】のどうにもならない部分、つまりは制約であるからには仕方のないことだった。


 この少女を相手に先鋭化させない、という選択肢はない。自分は間違ってなどいなかったはずだ──なのにこうして、一撃を貰ってしまった。これは如何とも納得のいく理屈が付けにくいことだ。


「くっ」


 突き刺さった剣は突き刺さっただけに飽き足らず、自重によって落ちていく。トリータの身体を水でも掻き分けるかのように容易く切り裂いていく。これもまた通常ならあり得ないことだが、しかし筋繊維や骨といった本来「斬る」ことの障害となり得る部位も【切断】にはなんら支障とならない。それこそ水に刃を立てるのと変わらない抵抗力で……いや抵抗で全てを斬り、ただ重力に従って剣は落ちていくのみ。


 刃の進みを止めることは不可能。恐るべき切れ味をまさにその身で味わっているトリータはそう理解した。そこで咄嗟に彼が取った行動は。


「──ふんっ!」


 腹筋と背筋へ多大な力を注ぐことで一瞬にして筋肉をパンプアップ。そこに生じる圧によって刃ではなく刀身を止めた。要は肉体を使った真剣白刃取りである。


 トリータは腹部の中ほどで落下が中断された剣に、ふうと安堵の息を零す。そうして後ろ手に柄を握ってなるべく丁寧に己が体から剣を引き抜いた──それから、明らかに追撃の隙を窺っているアイナへの注意を怠らないままに手元の剣を観察する。


「……やはり。これにはほとんど魔力が注がれていませんね」


 だからトリータは中空へ放られた剣の存在を知覚できなかったのだ。流石にこの剣へ多量の所有者アイナの魔力が塗布されていたなら、その轟々たる存在感は【吉兆】の警報などなくとも瞭然である。アイナがそれを手放す瞬間も見逃したりはしないし、たとえ死角に投げられても視認しているのと変わらない精度で位置を把握できていた。


 それができなかった、ということは即ち剣に魔力はほぼ、ともすればまったく注がれていなかった。そうとしか思えないわけだが、そうとしか思えないからこそトリータには大いなる疑問が湧く。


 疑問。少女はどうやってこの剣へ【切断】とやらを付与したのか、という謎。


 魔力の発露とは術者の身を覆うようにしてなされる。そのため「人体」の形からかけ離れたシルエットになりがちな武具や防具にまで魔力を伸ばすのはそう簡単なことではない。また、己が身から離れている間も魔力が維持されるように注ぎ込むのはその発展にして武器を扱う者たちにとって奥義とも言える高等技術である。


 数秒も維持できたなら大したもので、武器使いであっても大抵はまず叶わない。これをトリータは目の前の少女にならできても不思議ではないと考えている。どれだけの難度の魔術であろうとも敵を斬るためならなんだってやってのけるだろう、と。


 しかし実際には剣に魔力は込められていなかったわけで──これはおかしな話である。そもそも魔力の維持なしには唯術の維持だって実現できないはずなのだ。


 この身で味わった慮外の切れ味こそがアイナの能力であることは疑いようもないだろう。そしてこういったタイプの術は効果対象となる物体へ常に術者の魔力が展開していなければ効力が発揮されないというのが一般的な例だ。ましてや手元から離した武器を術の起点にするとなれば、尚のことに「そこへどれだけの魔力を残しておけるか」が鍵となる。──だというのにアイナの剣は一切の魔力なしにトリータを斬った。


 まるで術者の手を借りずに、剣そのものが意思を持ってそうしたかのように。


「つくづく、面白いですね」


 柄を握り潰し、落ちた刃を足裏で踏み砕く。そして首元へ手をやり、そこから始まって臍の辺りまで続く傷をなぞり──なぞった後には傷が完全に消えている。自己治癒。アイナと同じことを、けれどアイナのそれとは到底「同じ」とは言えないレベルでトリータはやってのける。


 ようやく負わせた手傷が消滅したことで、アイナの無表情の内側で感情が動いたのをトリータは敏感に感じ取った。


「あなた方人間とは違って魔人わたくしの肉体は半分が魔力で構成されているようなもの。強い魔物であれば大半が再生能力を持ち合わせるように、わたくしにとって治癒術はそう難しいものではないのです。故に、あなた方のように他者を癒せる段階には辿り着けていないわけですが……その必要もあまり感じておりませんのでね」


 一人一人が高レベルの治癒術の使い手である以上、相互に癒す技術が求められないのは当然だった。またイオを含めて魔人は自分たちが生命体として人間より優れているという自負もあってか個人主義のきらいが強く、他人の癒しなど当てにしていては碌なことにならないという心理的な壁もあった。


 とはいえ、ダルムの死を悼む心が彼らにもあるように、人ならざる者たちだからとて必ずしも人が持つような仲間意識に欠けているかと言うとそうでもなくて。


「ぐぅ……っ!」

「!? ティチャナ」


 未だ蹲ったままのライネを挟んで離れた場所で戦っている、ティチャナと再生能力持ちの少女。相性からしてティチャナの圧勝以外にはないと思い込んでいたそちらの戦局が、少女が五体満足のまま剣を握っているのに対してなんとティチャナは傷を負っているではないか。肩から脇腹にかけて斜め掛けに深い裂創が走っている。どうやって? 剣一本を武器とするあの少女にはティチャナの【同調】を越えてダメージを与える真似など不可能なはず──いや。


(こちらの少女といい、あちらの彼女といい。やはり生き残りのテイカーは侮れない、ということですか)


 ならば。


「ティチャナ!」


 名を呼ぶ。手傷を負わされ不機嫌なのかそれともいつも通りなのか、こちらをじろりとねめつけるように見る彼の視線へ頷きをひとつ。


「やりましょう」


 その言葉に彼は少しばかり意外そうにして、それから首肯した。そうして再生持ちの少女と向き直る。それを確認してからティチャナもアイナへと向き直り──案の定不意打ちを仕掛けてきていた彼女の手元を抑えて剣の駆動を止め、そのまま肘を振り下ろして痛打を一発。頬を打たれて少女は元の位置まで下がる。


 どろりと、その口からは多量の血が溢れていた。


「もうあなたの剣が届くことはありませんよ。何故なら──御覧の通り、わたくしはこれより本気を出すからです」

「…………、」


 アイナの目が、細まる。確かにトリータの肉体から漏出する魔力の量が、その質も含め、がらりと変わった。本気・・。つまり今までは本気を出してはいなかったと、そういうことなのか。重苦しく、息苦しいまでの力の圧……これが出る前に殺したかったな、と思いながらアイナは淡々と剣を構える。


 明らかに強さを増した敵を相手に、双剣の片方を失くし、体力も減らした状態で、それでも怯えや力みひとつ見せずに殺意を募らせる。


 魔人の目から見ても人間離れした彼女の在り方にトリータは笑みを作った。



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