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100.即発

 イオの目は、その眼力は確かだった。彼女はしかと見抜いている。ミーディアの腹の傷が塞がったのは自己治癒ではなく、間違いなく唯術が原因だと。


 肉体の修復機能を高める治癒術には特有の魔力の動きというものがある。ミーディアにはそれが見られず、あたかも「治ることが摂理」であると言わんばかりに高速かつ高精度に穴が埋まった。それも、肉体のみならず衣服までも含めてだ。こんなことはどれだけ優れた治癒術の使い手であろうと不可能である。こんな、他一切の道理を全て捻じ曲げるような現象は、魔術奥深しと言えども唯術にしか起こし得ない。


 だからこそ興味を引かれ、疼く。


 イオの【模倣】が新たな獲物を見つけたのだ。


「クリア済みのステージに居残ってバトるのも馬鹿らしい。何もせずさっさと引き上げよう……ってつもりだったんだが、予定変更だ。こいつだけは貰ってこう」


 顎でしゃくる雑な指示。しかし当意即妙にトリータとティチャナは動き出した。ミーディアを挟み込むように広がりつつ、二人は会話をする。


「急所を狙わないあなたの杜撰さが功を奏しましたね、ティチャナ」

「どうかな。存外に頭を潰していたとしても死ななかったかもしれないぞトリータ。この女の回復の仕方はそう期待させるだけのものがある」

「であるならば尚のことに喜ばしい。死すら克服する力があるのならそれは、イオ様にこそ相応しい力ですから」


 侮られている──敵として見られていない。油断なく敵二人の一挙一動を見逃すまいと観察している自分とは異なり、ティチャナ、トリータと互いを呼び合うこの異形の者どもはこちらのことを大して気にも留めていない。敵ではなく、あくまで獲物として。主人の命令に従って狩る、ただそれだけの認識でしかない。二人の態度からそのことがひしひしと伝わってくる。


 ミーディアはこれを好機と捉えた。


「では手足を捥いでから意識を奪うとしよう」

「手伝いましょう」


 身体に埋まっていた剣を引き抜き、自らの武器としながらティチャナが間を詰める。それを助けるようにトリータも反対側から近づく。数の有利を活かす算段──だがこれを連携とは呼ばない。動き出しの遅れ。無手と武装のリーチ差。歩幅の違い。これだと二人ではなく一人ずつ攻めてきているのと何も変わらない。少仲間との共闘を重視するテイカーとして、少なくともミーディアの目にはそう映った。


「しっ──」


 対応を急ぐべきはティチャナ。半歩寄せて自ら剣の間合いへ入ったミーディアは振り下ろされる刃の軌道へそっと身を添わせる。斬ったのではなく斬らされた。剣を振ったのではなく望む通りに振らされたのだとティチャナが気付いたのは、己が手から剣が消えた後だった。いつの間にかミーディアの手に戻っているそれはまるで魔法でも見せられたかのよう。


 ミーディアは止まらず、無刀取りと呼ばれる技術で──彼女は事も無げにやってのけたが流派問わず剣術の奥義にも位置付けられるものだ──奪い返した剣を身ごと翻してティチャナから距離を取りつつ、トリータへと斬りかかった。先の読めない動きに虚をつくタイミングでの攻撃。ミーディアの選択は恙なく状況からして最善のものに相違なかったが、しかしそれすらもトリータは危なげなくやり過ごしてみせた。


「……!」


 まるで「予め知っていた」かのようなその所作にミーディアが目を剥く傍らで、トリータも少女剣士の力量を上方修正していた。ティチャナが剣においてはズブの素人であることを差し引いても、彼の握力で掴まれている武器をああも容易く奪取できるとは尋常ではない。そしてティチャナではなく自分の方を狙ってきたのもまた見事。


 身のこなしの鋭さ、イオに見初められる唯術も加えて「油断ならない相手」である。ミーディアをそう見做し、ティチャナにも言葉をかけようとして、


「【切断】」


 悪寒が降って湧いた。



◇◇◇



 相談なしの単身での先行、そうして武器を奪われてピンチになっているミーディアへユイゼンは舌を打つ。


「迂闊に仕掛けるなと言ったろうに。馬鹿だね」


 氷竜では的が大きく撃ち落とされるだけになる。そう判断してのことだろう、氷狼の群れを呼び出している彼女は辛辣な言葉とは裏腹にどうやってミーディアを助けたものかと頭を回しているところだ。が、策がまとまらない内に状況は変化する。


「ホント勇ましいよなぁ。そういう部分も気に入ったぜ。つーことであんたらとは俺が遊んでやるよ」

「!」


 接近の音も気配も感じさせることなくイオが出現したそこへ、ユイゼンは迷わず氷狼をけしかけた。気取れなかったことは不覚、だがそれに気後れすることなく即座に攻勢へ打って出た老練の術師。その見事な即断ぶりにイオは「はっ」と楽しげにしつつ術を解放。既に用意していた複数の引を設置することで狼たちの統制を乱し、同士討ちさせ、残りを自らの拳で打ち砕く。


 この間実に数秒。これだけのことをしながらユイゼン以外の四名の動きにもしっかりと目をやっているのだから、彼女の実力も本物だ。


 そう知ったモニカは「アイナ!」とすっかりと親友のようになった、けれど知り合ってからごく短い付き合いである少女の名を呼ぶ。


 モニカには独断で飛び出したミーディアの気持ちが痛いほどにわかっていた。必ず先陣を切って攻めかかる彼女のそれは「自分ならば敵のどんな攻撃を食らっても死ぬことはない」という前提があるからこそ。つまりは囮も兼ねた威力偵察の意味を持っている。そして今回は敵のすぐ傍に仲間ライネがいたのだ。


 地に膝ついたままぐったりとしている彼の様子はどう見たって危うい。人質にされる可能性、あるいはそれを通り越してすぐに殺されてしまう可能性。そういった最悪を考えるならユイゼンの指揮の下に足並みを揃えている場合ではない──本当ならそれこそがこの場における最善・・だとわかっていても、ミーディアにはまだ助けられる仲間を見殺しにする選択などなかったのだ。


 だから制止の声が上がる間すらもなく駆けていった。とにもかくにも我が身を贄としてでもライネから敵方の意識を逸らすために。その決断を、師匠である彼女の在り方をモニカは心から誇りに思う。故にこの決断もまた、そんな彼女の弟子として恥ずべきことのないものだとモニカは信じる。


「【境界】──コメリさん!」


 いつものようにイオと味方の間に、ではなくて。上空へ向けて階段状に展開した魔力盾。その意図を交わす言葉なく察したアイナが短剣を両手に駆け上がっていくのを確かめ、今度はコメリの名を呼ぶ。


 玄関前広場から屋上に達するまでのごく短い合間にユイゼンとコメリの能力の「おおよそ」については聞き及んでいる。解しきれているとはとても言い難いが、しかし何ができそうかの見当くらいはついていた。だからこれは嘆願だ。どうかあなたの手を貸してくださいという、詳細を語る時間を惜しんでの嘆願……その支援要請が何を求めるものか。コメリもまたすぐにモニカの意図を察した。


「【念力】……んん」


 ちょうど階段状の魔力盾の頂点まで達し、大きく跳躍したところのアイナを己が唯術で捕捉。ぐっと力を込めて──射出。ユイゼンやライネと一緒に真上へ飛び上がったアレと同じ要領で、真横へとぶん投げたのだ。


「おぉ?」


 自らの脚力+【念力】によるエネルギーの付与。それによって人間砲弾よろしくに距離を飛び越えてアイナが向かわんとしているのは、当然に突出したせいで孤立してしまっているミーディアの下だ。【切断】という格上狩りに適した術、素早い身のこなしを頼りとする剣士。これらの特徴を持ち、またモニカと同じくミーディアに師事しているアイナはまさに助力にうってつけの存在。


 それを確実に送り届けるために編み出した咄嗟の連携は、イオ側の連携力の無さに当てこするようなまさしくテイカーの面目躍如たる淀みなさであり。


 面白い発想だ、とイオは彼女らの行動を高く認めつつも笑みを浮かべて。


頭上そこなら狙われにくいって魂胆だろうが、生憎と俺は──んぉっと!?」

「そうさね。生憎とあんたはあの子をどうこうできやしない」

「はっ、バアさんがそうはさせねえってことかい!」


 驚くべきことに、氷で作った剣を手に直接斬りかかってきたユイゼンの歳を思わせぬ勇ましさ。それにイオは更に笑みを深くする。


 氷の竜、狼と来たら次もまた生物を模した氷術で対抗してくるだろうと予想していただけに近接戦闘への移行はあまりに意外だった。あるいはその意外性を引き出すためだけに剣を取ったのだろうか? いやそれにしては払いや突きにいちいち拙さがない。むしろその剣は練熟した者のそれだ。


(そーいうスタイルってわけね。いいね、バアさんも面白い。双剣使いは行かせてやるよ。だが……)


 年老いて前線に立つ機会を減らしてからはめっきりとやらなくなったユイゼン本来の戦闘法スタイル。氷の生物たちをけしかけながら自らも氷を武器として攻め入るという他のテイカーと比較しても非常に攻撃的な戦い方をしていた彼女が、久しぶりにその再演をしているのだ。と、そこまで見抜きつつイオは。


「いくらなんでも冷や水ってもんだぜ!」

「!」


 突いてきた氷剣の切っ先に掌打を合わせる。そしてそこに用意していた斥を破裂させ、得物を弾くと同時にユイゼンの体勢を大きく仰け反らせた。致命的な隙。イオは嗤い、もう一方の掌にも発生させていた斥をぶつけんとする。防御も回避も間に合わない。仲間一人を送り出すための代償は高くついて──はいなかった。


「っ、」


 突き出した腕は魔力盾によって半端な位置で止められ、しかも全身が何かに縛られているかのように動けない。斥の発動だけは叶ったものの壊せたのは盾のみ、ユイゼンにまでは威力が届かず、サッと彼女は姿勢を正して数歩分の距離を取った。


 確実に一人片付けられるチャンス。そう思ったのは間違いだったとイオは素直に己の非を認めた。


(こいつら唯術の切り替えがはえーな。バアさんを補助するまではもうちっとかかると踏んでたが甘かったな……んでもって)


「ご一緒してもよろしいでしょうか、ロスフェウ様」

「……ユイゼンでいいよ。あんたはイリネロだったかい? 好きにやりな、あたしが合わせる」


 こいつだ。

 悠々と歩み寄りユイゼンへ嫋やかな笑みを向ける、やたらと発育のいい赤髪の女──登場から今までなんの焦りも緊張も抱いていない、極々自然体の態度でいるのはこいつだけだ。


(どういうことだ? こんな女がいるなんて話は聞いてねえ。だがどう見たってこいつは下手をすると……いや、下手をしなくたって)


 ──S級(ユイゼン)よりもヤバい。


 そんな奴が前に出てきたのだからさしものイオもうかうかとはしていられない。()()()で拘束を打ち破り構えを取る。これに反応を見せたのは既に臨戦でいるユイゼンやイリネロ以上に、その後方でモニカと共に控えるコメリだった。


「あらら……こんな小さな子まで【念力】をパワーでどうにかできちゃいますか。流石にショックですね」

「一瞬でも動きを止められるなら充分だ、要所で頼むよ。モニカ、あんたもだ」

「は、はい!」

「そんじゃ……白い嬢ちゃん。言った通りに遊んでもらおうかね」


 四対一。内、前線を張る二人は飛びきりの強者。仮にこれに立ち向かうのがライオットだったとしても平左の勝利とはいくまい。彼から奪った【離合】がまだちっとも「馴染んでいない」イオからすれば相当な窮地。


 だが彼女自身はこれを【離合】の慣らしに向けてのボーナスステージだと捉えていた。


(考えてみれば、試しにとコピってきた唯術はなんてことのねーノーマルレアって感じのものばっかりだったからな。【離合】なんつーSSRはそりゃじゃじゃ馬で当然……しっくりこないのも致し方無しってもんだ。だからこそ絶好の機会だ。スパルタなくらいで丁度いいだろうぜ)


 イオの【模倣】でコピーした唯術は、イオ自身が自分なりにその唯術を理解・発展させなければ元の持ち主の劣化コピーにしかなり得ない。しかし一旦理解したものはストック内から一度消えたとしても習熟のレベルがリセットされたりせず、再コピーすればまた同じように使うことができる。


 この特性があるからこそ配下三人以外の唯術も実験の一環としてコピーしてきたわけだが、前述の通り【吉兆】・【好調】・【同調】のどれかを押しのけてまでストック内の常連に入るようなものはついぞ見つからなかった──そんなものはそれこそ【離合】くらいで。


 あとはひょっとすれば、あの剣士の女の唯術にその可能性があるかといったところだ。


「にひ。応とも、遊んでくれや。そんで疲れて眠っちまうがいいぜ」



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