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10.唯術

《テイカーにとっては山犬とそう変わらない下級魔物でしかない、とは言っても。あなたにはけっこうな強敵でしたね》

「そうだね……最初の攻撃が通じなかった時は絶望的な気分になったよ」


 荒霊からドロップした魔石。山犬のそれよりは幾分か輝きがはっきりしているが、正直言って見た目に大差のないその石ころをポケットのひとつに仕舞い込んで僕は息を吐く。


「あれでまだ下級の内なの? それが本当なら割と洒落にならないと思うんだけど」


 倒せはしたが、安定を見せている山犬との戦いとは違って死線であった。危険を顧みない戦法を取ってようやくの勝利。貴重な経験とはなったが、毎度毎度そんな戦い方をしていられない。いつ失敗するかわかったものではないし、失敗=死なのだからできればああいった勝ち方は避けるべきだろう。だけど今の僕にはああいう勝ち方しかできないわけで、しかもそれだけ苦戦する相手がただの雑魚扱いとなれば尚のことに、テイカーになってもやっていける気がしない。それが荒霊との戦闘を通して得た素直な感想だった。


《山犬と同じく戦えば戦うほどあなたもレベルアップして、そのうち安定して勝てるようになるでしょうけどねぇ。だけど少し歩けば当たる山犬と違って荒霊はがっつり探索してもここいらではなかなか見つからない相手なので、レベリングには向かないのも確か……ですからここは別のアプローチを行ないましょう》

「別のアプローチ?」

《実践編のその二。より実践的な段階に入ります》


 修行の次の段階か。最初が魔力操作で、その次が実戦での魔力操作で……どちらもまだ伸びしろがありそう、というか実際にやればやるだけ伸びているのが現状だけど、さすがに当初ほどの成長速度は見られなくなっている。敵役として有用な荒霊とはシスの言う通りそう簡単にエンカウントできないし、確かに新たな段階へと移行するべき時ではあるだろうな。


「でもより実践的って、何をするのさ?」


 魔物と戦いながら魔力を操る。という以上に実践的な修行があるなどうまく想像ができず首を傾げる僕に、シスはさらっと言った。


《固有の能力の発現と習熟を目指しましょう》

「え、なんて?」

《固有の能力、魔術用語としては『唯術』。あなたにも宿っているはずのそれを解き明かして使いこなそう、という修行です》



◇◇◇



 ゴアの検索混じりでシスが聞かせてくれたのは、魔術師が有する最大の武器の話であった。唯術。魔力を操作して行う肉体強化と対をなす、魔術師が戦うための最上の手段。その能力は千差万別。個人ごとに違うのが普通で、同じような能力であっても操り手の力量や趣味嗜好によって差異が出る。そしてその利便性は身体強化とはあらゆる意味で一線を画すものである──らしい。


「それを僕も持っているって?」

《あなたの肉体は神のような何かの特別性なんですから、そりゃ持っていると思いますよ。一般の魔術師だって唯術持ちの方が断然多いみたいですし》


 テイカーになるべく造られた肉体なのだから、唯術という強力なピースが欠けているはずがない。というのがシスの論。確かにそうだと思える。が、必ずしもそうとは限らないとも思う僕だった。未だに『善く生きる』が何を意味しているのか、テイカーになってどうすればいいのか不明なのもあって、神のような何かの意思や思惑が見えてこない。なので唯術を与えてくれていない可能性も、与えてくれている可能性と同じくらいにはありそうだと考えた。そのことをシスに伝えてみると、ならばと彼女は実験を促してきた。


《唯術持ちかどうかを調べる方法があるんですよ。魔力操作が一定以上のレベルに達していなければできませんけどね》


 僕はその一定とやらに達しているのかと疑問を抱けば、でなければ提案しませんよと冷静に返された。それもそうか。で、具体的な調べ方としては。


《水を使うのがオーソドックスですね》

「水」

《はい。他にも白い紙とか植物の葉とかもいいんですけど、一番わかりやすく影響が出てくれるのが水なので。丁度水場にいることですしちゃちゃっと調べてみましょうか》


 荒霊との戦いを終えて僕らは湖畔へと戻ってきていたので、使える水ならたっぷりとある。言われた通りに岸辺にしゃがみ込んで、水の中へ手を入れてみた。


「それから?」

《水に魔力を流し込むんです。肉体強化のように漲らせるのではなく、あくまで優しく。注ぐというよりも浸透させるようなイメージで行うのがポイントみたいですよ》


 唯術とは魔力を消費して起こされる超常現象。それを有している者ならこうすることで水になんらかの変化が生じる、ということらしい。確かにわかりやすい実験だ。これで何も変化がなければ唯術非所有である可能性がぐっと高まるわけだが、果たして。


「──ダメだ、何も起こらない」

《…………》


 シスが言ったイメージの通りに右手を通して湖へ魔力を流してみたが、目に見えた変化は何もなかった。残念ながら僕に唯術はないようだ……多くの魔術師が持っている武器を持たずしてやっていくしかない。と諦め、魔力の流出をやめようとしたそのとき。


《いえ待ってください。これは……》

「え?」


 中断を中断させられて、今しばらく実験を続けてみる。すると、違和感に気付いた。


《水温が下がっていますね》

「やっぱりそうか」


 触れている水がなんだかじわじわと冷えてきているような気がしたのだ。僕だけでなくシスもそう感じているのなら思い違いではないのだろう。もしかしたらという期待も込めていっそう魔力の流出へと注力すれば、異変は少しずつその正体を露わにしてきた。


「こ……凍った(・・・)


 明らかに過ぎる変化。それを目の当たりとして思わず手を放せば、固まった水面に罅が入り、そして割れた。漂う氷片に呆気に取られる僕とは異なり、やはりシスは冷静だった。冷えた水面よりもよっぽどに。


《ふむ。ほんの薄皮程度ですが間違いなく湖面が凍り付いていますね。これは魔力だけでは絶対に起こり得ない現象……ですので、あなたの唯術が関係しているのは確実でしょう》

「そう、なのか」


 よかった。どうやら僕は武器を持っている側だった。持っていなければどうにもならない、というわけではなさそうだけれども、どちらがいいかと言えばどう考えたってないよりもあった方がいい。まだ詳しいことはわからないがとにかく唯術を有していると判明して僕としては一安心である。


《それにしても……氷属性ですか、そうですか。これは鍛え甲斐がありそうですね?》

「そ、そうなの?」

《まあ、まだ私にもなんとも言えませんが。ともあれ全てはあなたの努力次第。どういった唯術であれそこは変わりありませんよ》


 魔力操作と同じく、いやそれ以上に唯術は練度が物を言う。初期がどうであれ鍛え方次第でどうとでもなる、とのことなので、僕はこれから唯術の習熟のための修行に入る。


《実践編その二で目標とするのは何よりも『唯術を理解する』こと。魔力操作然り基本を納めていなければ発展なんて迎えられませんから。湖面を凍らせたそれは所詮、無意識の産物。山犬から逃走する際に自ずと魔力の恩恵に預かっていたのと同じく、まだ技術と呼べる代物ではありません。おわかりですよね?》


 要するに、無意識だからこそ行えているそれを意識的に行えるようになる必要がある。唯術を扱う第一歩もそこだと言いたいのだろう。


《その通り。自分に何ができるのか。それを知るのです。そのためにまず能力の輪郭を手探りで理解する……この工程は多くの魔術師の出足を鈍らせるようですが、良かったですね。あなたには私がいる》


 ! それって……。


《はい。おそらく現状、私の方があなたよりも明確に『それ』を感じられている。その感覚をフィードバックさせます》


 それが上手くいけば、修行の初日のように僕は手順を大きくスキップできることになる。なんだかズルをしているような気分になったが、それが伝わったシスには何を今更と呆れられてしまった。


《備わっている機能、なんでしょう? それを有効活用することの何がどうズルなんですか。才能があるのに活かさないのは公平ですか? 道具があるのに使わないのは清廉ですか? 単なる舐めた奴でしょう、そんなのは。そうやって遊べるだけの余裕がある人物なら大いに結構、ですがあなたはそうじゃないでしょう》


 なんか……怒ってる?


《まさか。感情任せでなく理路整然と叱っているつもりですよ。とっとと代われとね》


 シスは僕から委ねられている状態でないと肉体の主導権を握れないらしい。ズルをしている、という発想が頭をよぎっただけでも交代を望んでいないと見做され、プロテクトのようなものがかかったのだ。たったそれだけで入れ替われなくなるとは。いざという時の不都合を恐れればいいのか、それともあくまで優先権が僕にあることを喜べばいいのか微妙なラインだった。


 とにかく思考をフラットにして、シスを受け入れる心積もりを作る。途端にふわっと重力から解放されるような浮遊感の後、もう僕は意識だけになっていた。体が勝手に動き出す。


「お手本です」


 魔力が練り上がる。僕がやるそれよりもずっと力強くて速い。あっという間に最大出力まで持っていったシスが手を翳す。彼女がしたのはそれだけだ。僕のように湖の水へ触れたわけではない。なのに、みるみる内に湖面が凍っていく。差し込んだ手の周辺しか凍らせられなかった僕とは違い、彼女の氷結範囲はおおよそ四・五メートルにも及んでいるように見えた。


 す、凄い……あんなに必死に魔力を流し込んでコップ一杯を満たせるかどうかの氷しか生めなかったというのに、同じ体を使ってここまで結果に差が出るなんて。


「表面だけならこういうこともできますよ」


 その言葉の意味を考える前に、湖に背を向けたシスが魔力を維持したまま今度は足裏で地面を叩く。すると、ぴきっと抵抗するような音を立てながらも湖面同様に彼女の足元から凍結していく。地面まで凍らせる! 水よりもずっと難しく思えるそれを苦も無く成し遂げるシスには驚くしかないが、さすがに凍った範囲は湖面の半分以下に留まっている。そのことにシスは特に不満げな様子も見せず。


「ま、こんなものでしょう。地表を薄く氷の膜が張っているだけですが、一応は水を凍らせるのみが能ではないということです。技術に昇華できていない今のあなたにもこの程度の芸当は可能だということ。それを体感できたからには唯術の特訓も大いに捗るはずですよ」


 土の中というのは常に温度が保たれているものだ。湖面よりも薄くしか凍らせられないのは道理だろう。だが表面だけでも氷膜を作れるとなれば色々と活かしようがある、かもしれない。たとえば魔物を転ばせたりだとか……は、自分が触れている箇所しか凍らせられない都合上ちょっと面倒な戦法かな。


「主導権を戻しますよ」

《あ、ちょっと待って》

「? なんです」

《思い付いたんだけど……このままの方が効率的にはいいんじゃないの?》


 シスは僕の性能をフルに引き出せる。それなら彼女に交代したまま修行すれば今よりもずっと早く成長できる気がする。どうせ彼女という機能を使うのならそこまでやるべきなんじゃないかと思ったのだ。


 なんなら、メインとサブの役割を入れ替えてしまってもいい。僕が裏に引っ込んで、彼女がライネとして活動する。それもひとつの手だろう。


「馬鹿ですか、あなた」

《ば、馬鹿?》

「『善く生きる』、それがあなたの命題だと言ったはずですよ。そのための補助システムである私が矢面に立ってどうするんです。それは神のような何かの意向に背くことですよ」

《…………》

「そういった道義的な理由以外にも入れ替わったままでは過ごせない訳もあります。長くても数分。それが私がこの体を操れる目一杯です」

《時間制限……そんなのがあったんだ》

「それ以上となると少しずつ私の意思とこの体の動きが乖離し始め、やがて強制的に断絶されます。修行なんてとてもじゃないですができませんよ」


 強制的な断絶。戦闘中にそんなことにでもなれば、切り替わった瞬間が致命的な隙になりかねない。確かに色々な面からシスと僕の完全交換案は無理がありそうだ。


「そもそも。私ではいくら鍛錬を積もうが成長なんてできません。性能を引き上げること、そしてその性能を本当の意味で使いこなすことも、ライネ。あなたにしかできないんですよ。全てはあなた次第なんです」


 そこでぱっと意識が入れ替わる。戻ってきた肉体の感触を確かめる僕の頭の中で、シスはいつも通りの口調で続けた。


《始めますよ。唯術特訓》



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