妹から悪女だと噂を流されてきた姉は、婚約破棄をされた当日に隣国の王子と結婚します!
私、ラピス・オーリムは祖国ロストルムの第一王子、ルーチェ・ユーデスク・ロストルムの婚約者……だった。
つい数秒前に、婚約破棄を言い放ったのだから。
今日は私たちが通っている、隣国のチェレステ帝国立学園の新3年生進級パーティーだ。
人が集まるこの一大イベントで思いっきり言ってみたかったのだろう。
「ラピス・オーリムとの婚約を破棄する!」
なんて大声で叫んだときはさぞかし気持ちよかったでしょうね。
だって、あなたが大好きな私の妹、ルーナ・オーリムとの婚約を結べるのだから。
今だって、はしたなく大勢の前で身体を寄せ合っているし。貴族のマナーでは、婚約者でもないのに公然と身体を触るのは良くないことなのに。
本当に馬鹿じゃないの?
自慢じゃないけれど、私の魔力量や魔力操作は国の中でも一二を争うほど、レベルが高い。
だから、この馬鹿な第一王子の婚約者に任命されたのだけれど。
今まで死に物狂いで、勉強、魔法の使い方、政治の仕方、淑女としてのマナー全てを学んできた私は、でも周りの誰からも愛されることは無かった。
理由は簡単。妹のルーナ・オーリムがそうなるように仕向けたから。
ルーナは私の双子の妹で、私が規格外の魔力量を持っているのに対し、ルーナは平民でも持つようなごくわずかな魔力すら持っていない異端児だ。
だから、私の王子の婚約者という立場を妬み、私が必死に努力している間、「魔法が使えないから姉にいじめられている可哀想な妹」を演出して私を貶め、自分は周りの人からの愛情を独り占めしていた。
冗談じゃない! 私は国のために頑張っているのに!
そう両親などの周りの人に言葉を漏らすこともあった。
だがその時に返ってくる言葉はいつも変わらず、「あなたはルーナと違って魔法が使えるんだから、少しくらい我慢しなさい!」というものだった。
さらにルーナは私の婚約者さえも奪い取った。
噂で「ルーチェ殿下は、姉にいじめられているルーナを可哀想だと思っている」、「ルーナは優しい王子から寵愛を受けている」と。
公然と姉の婚約者の浮気相手だと噂を流す妹の頭の悪さに笑いそうになった。
それでも、妹に同情する奴が多かった。
私の言い分を全く聞かず、妹の言う事だけを信じる王子には心底呆れた。いずれ婚約破棄をされ私の夫にはならないのだからと言い聞かせて我慢をし続けた。
ただ、そんな生活もこれで終わりだ。我慢なんてしてやらない。
学園は単位制で、私はほぼ全ての単位を取っている。進級パーティーなどに参加せず、卒業パーティーにも顔を出せるくらいには。
そうしたら、帝国の官吏試験を受けるつもりなので、私にはもう関係のない話だ。
なんなら、私でさえも婚約破棄を嬉しく思っているくらいだ。
「お姉さま、ごめんなさい。婚約者を奪うような事になってしまって」
「大丈夫だ。あんなに血も涙も無いようなことをしてきたんだ。罰が当たって当然だ」
そんな猿芝居どこか別の場所でしてほしい。
おまけに自分がお前の婚約者を取ったんだぞと、まるで獲物を取れたことを喜ぶ野生生物みたいだ。みっともない。
もうそろそろ口出しをしようかなと思っていると、後ろから声が聞こえた。
「お前らは趣味が悪いな」
良く響く低い声だった。
彼はゆっくりと人ごみの中から私たちの──騒ぎのせいで人の円ができている中心に──ゆっくりと歩いてくる。
真っ白な制服に映える、真っ黒な髪、血のように赤い眼、ここにいる誰よりも見目のいい顔。
この特徴を持っている男は一人しかいない。
この学園がある帝国チェレステの第一王子、ヒース・フィーコ・チェレステだ。
「そうだろう! ずっと辟易していたんだ。君も彼女が相当の悪女だと思うだろう!」
「違う」
彼の否定のせいで、多くの人が震え静かになった。
そんなに怖いなら、向こうに行けばいいのに野次馬根性か何かなのか、次に起こることをじっと見ている。
「そこの王子と娘に対して言っているんだ。公共の場で見せびらかすように婚約破棄を行うだなんて、趣味が悪いと言っている」
「そ、それは……こうでもしてやらないと、コイツは改心しないからだ! ずっと妹の事をいじめ続けてきたんだぞ?」
「それにしてはやりすぎだろう」
帝国の王子だからと何も考えずに糾弾するのは好きではないが、これ程黙らせてくれるのは嬉しい。
どうせ私が言っても反論ばっかりで、いい結果にはならないから。
もっと言って、あいつらのプライドをぐちゃぐちゃにしてくれればいいのに。
「お前も何か言ってやったらどうだ?」
口元に薄ら笑いを浮かべながら、帝国の王子はこちらを見た。
分かってるじゃん。コイツもルーチェに辟易してたんだろうな。
自分がやられて鬱陶しかったからってこんなに糾弾するなんて……。
「そうですね……、特に何も。私、この後実家とは縁を切るつもりなので」
「ど、どういうことよお姉さま! まだ学校もあるし、何をするつもりなの!」
「ま、まさかもう卒業に必要な単位を全て取ったというのか? ありえない……」
ありえないってどういうこと? 私の苦労になんて目を向けたことないでしょうに。
ちなみにルーチェは王子になる為の英才教育を途中で投げ出しているから、私よりもとても頭が悪い。
何をしていたら、学校のテストで赤点を取るの? 一国の王子として、本当に恥ずかしくないわけ?
「別に何もおかしくないと思うが? 俺だって、もう全ての単位を取っている」
「嘘よ! お姉さまがそんなことするはず無いわ!」
「そうだぞ! いつもいつも俺の親たちに縋ってたばかりだったくせに!」
王妃教育を受けに、王城に行っていただけなのに酷い言いよう。
自分が投げ出したからって、そんな風に私のことを攻撃しないでほしい。
それに、王や王妃に頼んだからって単位が全部取れるわけ無いでしょ。そんなことも分からないの?
本当にあの国の未来が心配ね。
「別に私が何と言おうと、私とはもう婚約破棄したんだからいいでしょう? それとも、何か未練があるんですか?」
「そんなわけがないだろ! お前みたいな悪女、こっちから願い下げだ!」
悪女だなんて、こんな公然で言う事じゃないでしょう。
それに、姉が悪女だって言われて喜んでる妹なんていないと思うけど。もう仮面は外れているも同然なのに、なんで周りの人は彼女を褒め称えるの?
「これで堂々と言う事ができるな」
「な、何だ! まだ何か僕らに言うつもりか!」
「違う」
そう言うと、帝国の王子はこちらへ歩いてくる。
私は静かに暮らしたいんだけどな~。余計な波風は立てないで欲しいな~。多分この祈りは無駄だろうけどな~。
「ラピス・オーリム、俺と結婚してくれないか?」
「何を言っているんですか、ヒース王子」
ヤバい。びっくりしすぎて、すぐに否定してしまった。
こういうときは嫌でも話を聞いて、しっかりとお話しないと相手に悪い噂ができたりするのに……。
あぁ、最後くらいかっこよくやりたかったのに……。
「お、お姉さま何言ってるのよ!」
「ふふっ、お前は面白いな」
あっちはあっちでなんか急に笑い出したんですけど……!
何なの! ここにいる人は、ヤバい人しかいない訳?
「お姉さま、何をしたんですか! ルーチェ様じゃ足りなくて、ヒース様まで篭絡するなんて!」
「いや……、別にルーチェ様もヒース様も欲しいと思ってこうなったわけじゃ……」
「嘘よ! 酷い! 私のことをいつも見下しているくせに!」
別に見下しているわけじゃないのに。ただ呆れているだけで。
でも、そういう噂を丹精込めて流しているせいか、周囲は勢いを取り戻しまた悪口を性懲りも無くしている。
やっぱり野次馬って嫌な奴ばっかり。
「お前、俺が誘惑されたくらいで王妃を選ぶと思っているのか? 一国の王子に対して、不敬だな」
「そ、そんなことは……」
「もう一度聞こう。俺と婚約してくれないか?」
だから、私は平穏に暮らしたいだけなのにっ!この馬鹿王締め! 何してくれてんだよっ!
「それで、私に何かメリットがあるんですか?」
「メリットか……、そうだな……。望むことなら大半は叶えられるが」
「お、お姉さま。そんなこと言ったら不敬ですよ」
煩いなぁ、全く。
何を望んだらいいかな? 大体のお金は稼げると思うし、そうなると何かいいこと……。
「私、働きたくないですわ!」
「さっきから勝手なことばっかり言いやがって! お前がそんなことできるわけ無いだろ!」
「できるかできないかは俺が決める。これは俺と彼女の話し合いだ。お前は今後口出しするな。」
いやー、こわっ。めっちゃルーチェのこと睨んでるし。
けど働きたくないってちゃんと言えたからいっか! 王妃教育なんて受けてきたけど、面倒くさいことばっかりだったし。
どうしてもって言うんならそれぐらいしてほしいな。
「分かった。最低限ですむようにしよう。他に異論が無ければこのまま帰って契約してしまおうか」
「まって! お姉さま、私を置いていかないで!」
いやどういうこと? 置いていくって、仮に私がコイツからの求婚を受けなくても、あなたは王妃になるんだから別々になるくせに。
いい加減なこと言って、結局は私よりも優位に立ちたいだけじゃないの。
「いい加減なことを言うな。ラピスよりも優位に立って見下したいだけだろ!」
「さっさと行きましょー、ヒース殿下」
ヤバい、こんなところでブチ切れちゃったんだけど。
ていうか地味に私の脳内と同じこというのやめてほしい。一瞬私が言ったかと思っちゃった。
「お姉さま!」
「ラピス! お前って奴は!」
後に残ったのは、私への嫉妬を胸に抱く妹、私の噂を信じ私が幸せになることを許せない王子と、野次馬。
私は気にしないことにした。
「本当は、あの噂は嘘なんだろう?」
「ええ、どうやって知ったんですか?」
「昔貰った魔道具が、嘘を見破れるものだった。能力が高くて、噂も嘘なら俺の嫁にするのに不足はないからな」
王城へ向かう馬車の中でそんな会話をしていた。
絶対その魔道具、国宝級の超高級な奴だと思うんだけど……。
「そういえば、本当に仕事はなしなんですか?」
「ああ。まぁ、優秀な部下がいるから何とかなるだろ。それに俺だって頭が悪いわけではない。あんなお前の能力を当てにされてる王子とは違うからな」
やっぱり、ルーチェとは違うみたい。こっちの方が断然いい。
「別に能力だけで選んだわけでもないぞ。前に俺の使い魔に親切にしてくれたときから、お前の評価が正しいものではないんじゃないかと思っていた。それに、見た目も俺好みで」
「結局、殿下の趣味ですか?」
「そんなこと言っていないだろ! 君には素敵なところもあるし、一目惚れだったんだ」
「一目惚れ?」
ヒースと始めて会ったのは……、私たちが7歳のころのお茶会だったはず。
その日は、ルーチェと婚約者になって2ヶ月ほどが経過していて、私が充分なマナーを見に付けていたと判断されたから行われたようだった。
私とルーチェとヒース、あと双方の国王と王妃。
私はそのすごい面子に驚き、記憶は無いけど……。何をやらかしたんだろう?
「そのときから、俺の能力や見た目につられる女性は多くいたんだ」
「いきなり自慢話から始まるんですか、それ」
「……。だから、君の雰囲気が今まで会ったどんな人よりも優しくて、魅力的に見えたんだ」
「人脈に恵まれなかったんですね」
「……」
いちいち口を突っ込んでみると、すぐに黙った。
思っていたより、この遊びは面白いかもしれない。
「だから、殿下に婚約者がいないんですね」
「あぁ、だから君があんな噂を流されていること自体おかしいと思っていたんだ」
「それなのに魔道具を使ってわざわざ調べたんですか?」
「国の重臣を黙らせるためには、ちゃんとした証拠が必要だったんだよ。でも、おかげですぐに契約ができる」
私はまだあの場ですぐに決めた事だと思っていたが、思っていたよりも早く話は回っていたようだ。
馬車の外を見ると、だんだんと教会に近づいている。
「も、もしかしてもう教会で誓いの式を?」
「そうだが何か? 契約をしようと言っただろ」
「そっちだとは思いません! 普通の人は!」
ちょっと騙されたみたいで、イラッとする。自分にも目の前の男にも。
なるべく目を合わせまいと馬車の外に目を注視する。
するとふいに手に温もりが重ねられた。
それはヒースの手だった。
「拗ねないでくれ、きちんと説明しなかったのは悪いと思っている。ただ、君と早く一緒になりたかったんだ」
こんな急に結婚したらあてつけだと思われるとか、私が禁術の魅了魔法を使ったと思われるとか、そういうのをすっぽかしている。
この性格の悪そうな王子からは予想もできないほど焦っている。
目をつぶって考えていると、ふいに頬にキスを落とされた。
驚いて目を開くと、顔を真っ赤にしているヒースがいた。
「こういうのは、したことがないから照れるな……」
「貴重な姿を見れましたね。これを絵姿にして売りに出せば、結構な儲けになりそう」
「こんな姿は君にしか見せるつもりは無い。
改めて言う。俺が一生かけて幸せにする。いままでの噂で何もできなかった分も含め。
だから、俺と結婚してくれ」
「はい」
私の心が満たされた気がした。
今までどれだけ冷遇されたかが私の頭の中を駆け巡る。
涙がこぼれた気がした。でも、それを拭ってくれる手が今はある。
それだけで充分。そう思える自分がいた。
断罪されたときはひねくれていた心がまた元に戻っていくのにそう時間はかからなかった。
お読みいただき、ありがとうございます。