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武志はレイカンパニーに出向し、会社近くのアパートを借りて一人暮らしを始めた。
通えない距離ではないが、武志が一人暮らしをしたいと言うので、京子は特に止める理由もなく、了解した。
京子も一人暮らしとなった。
食事を作るのは一人分も二人分も手間は同じだと思っていたが、いざ一人になると一人分だけ作るのは楽だだった。
その日も朝食を作っていたら、携帯電話が鳴った。見ると武志の出向先のレイカンパニーからだ。
「はい、山下です」
「こちらレイカンパニーの藤沢です。
山下さんの部下です。
ご主人が本日会社に来ていないのですが、奥様、ご存知ではありませんか。
先ほど、アパートまで見に行ってきて、鍵が開いていたので失礼ですが、部屋に上がりましたが、いないのです。
テーブルに『探さないでください』とメモがありました」
京子は理解するのに少し時間がかかった。
武志がいない?どうゆうことだろう。
「ご存じないようですね。捜索願いを出しましょうか。こちらで手続きしますが」
「いえ、私、アパートに行って確認してきます」
京子は声を絞り出した。
京子は武志の携帯電話に電話した。
何回かけても誰も出ない。
メールが入っていることに気がついた。
『京子、ゴメン。あの会社に行ってから心身共に疲れ果てた。パワハラが酷い。もう戻ることはないが、元気で暮らしてくれ。武志』
京子は愕然とした。
すぐに礼司に電話した。
「夫がいなくなった。
メールにはパワハラを受けていたと書いてある。
どうゆうこと。
知っていて放置してたの⁈
夫がそちらの会社に出向してたのは知ってるよね。
まさか私の夫だからそうゆう目にあわせたの⁈」
「ご主人がいなくなったことは先ほど報告を受けた。うちの営業は厳しいがそこまでご主人が悩んでいたとは‥。
京子ちゃんの夫だから特別に厳しくしてたことはない」
「嘘だ。そうに決まっている。酷い人だ」
京子は電話を一方的に切った。
礼司は京子からの電話の前に、松平から報告を受けていた。
「山下がいなくなりました」
「松平、お前やりすぎじゃないか。
今までも何人も辞めているじゃないか。
今後、お前は指導役から外すことにする」
「社長、申し訳ありません‥」
「謝る相手は俺じゃないぞ!反省しろ!」
礼司は珍しく大声をあげた。
松平はおそらく初めて見る社長の怒りに怯えた。