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礼司は部長の松平と向かい合って話していた。
「今日から片道出向で当社に一名来ます。相手の会社からどうしてもと言われて受け入れました」
礼司は会社の人事関係は部長の松平に任せていた。
毎月、二、三名の出向者を受け入れているので珍しくない。
「どこの会社からだ?」
それとなしに聞いた。
「日本太陽食品です。なんだか社内人事の敗北者らしいですが、取引先でもあるので引き受けました」
礼司は『日本太陽食品』と聞いて、もしかしてと思った。
「名前は?」
「山下武志という者です」
『山下』、京子の苗字だ。
まさかと思い、履歴書を見た。
京子の夫だった。
「とりあえず、営業をさせてみます。
大企業の食品会社との営業とは比べものにならないくらいうちの営業は厳しいですが、お手並み拝見しましょう」
松平は礼司とともに、レイカンパニーの創業以来の腹心でもあるが、部下に対して厳しいところがある。出向に来た者が何人も辞めていっている。
「社長、失礼します。今日からレイカンパニーに勤務する山下武志をご紹介いたします」
人事課長だった。
その後ろに男が立っている。
「本日からお世話になります山下武志と申します。よろしくお願いいたします」
武志は挨拶をした。
「声が小さい!全く聞こえない!やり直し!」
松平は大きな声で威圧した。
武志は驚いた。
いきなり叱ることはないだろう。
コンプライアンスがなってない会社だ。
叩き上げで急成長した会社だから仕方ないかと武志は思った。
「申し訳ありません。山下武志と申します。どうぞよろしくお願い申し上げます」
今度は一段大きな声で言った。
「なんだか元気がないな。大丈夫か。それと‥」
松平は呆れた声で言った。
「まあまあ、松平、いいじゃないか。山下さん、よろしくお願いしますね」
礼司は松平を止めた。
松平のいつものやり方だった。
先制攻撃をして相手をビビらせて優位に立とうとする。
礼司はその度に松平に抑えるよう言うのだが、松平は直さない。
「私が指導しますので」
松平は礼司を舐めるように下から上まで見て、威圧した。
武志は胃が痛くなった。
こんな会社があるのか。
パワハラじゃないか。
しかもコイツが俺の指導役とは先が思いやられる。
武志は日本太陽食品ではルート営業だった。
それは、既に取り引きをしている会社を訪問し新たな商品を紹介するやり方だ。
一方、レイカンパニーは、飛び込み営業だ。
新規開拓をしなければならない。
これは武志には厳しかった。
百件飛び込んで、話を聞いてくれるのが五件位だが、契約まではいかない。
門前払いをされる。
怒鳴られて追い返されることもある。
そして、会社に戻ると松平に報告をしなければならない。
「お、今日は早い帰社だな。契約おめでとう」
契約を取れていないことを見越して松平は言う。
「すみません。今日もダメでした」
武志は俯いて呟く。
途端に松平は豹変する。
「お前、よくそんなのでヘラヘラと帰ってきたな!もう一回行ってこい!契約取れるまで帰ってくるな!」
まだ入社して一か月しか経っていないが、もう、武志の心身は限界にきていた。
武志は会社を出て、電車に乗り、行くあてもなく乗り続けた。