③
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翌日の朝、武志に同窓会に出席することを伝えた。
「そうなんだ。急に心変わりしたんだ」
「里佳子から電話があって、誘われたのよ」
小さな嘘をついた。電話をかけたのは京子からだった。
「そうか。いいんじゃないか。小学校の時の友達はいろんな奴がいる。高校、大学、会社といくうちに同じような奴が集まる。小学校の頃の奴は会社員、自営業、バイト、何をやって稼いでいるのか分からない奴。いろいろだから面白いしな」
「そうだね。里佳子と楽しんでくるね」
「おう、楽しんで来い。今日も夕飯いらない」
いつものことだが、武志はそう言い出かけた。
京子が武志の食事を片付け、掃除、洗濯、庭の花に水をやる。また、同じ毎日が繰り返された。
特に不満はないが、満たされない気持ちには自分で気付いていた。
夕方、京子は同窓会に着ていく服を買いに新宿に出かけた。
今日の夕食は新宿でイタリアンレストランで美味しいパスタでも食べよう。
どうせ、武志の夕食は作ることはないので、たまには外食しよう。
ネットで調べて、オシャレな店を見つけた。
ここにしよう。
服は、あまり高そうなのを着ていくと、何か期待しすぎ感が出る。
そんなに高くない普通のブランド品ではないのを買おうと思った。
いろいろ見ていたら、紺のワンピースが目に入った。
これにしよう。
少し地味な感じがするが、このくらいがいいだろう。
京子は、靴も揃えた方がいいだろうと思い、紺のヒールが高くない靴も買った。
午後七時になった。
夕食にはちょうどいい時間だ。
ネットで調べた店に入ると、カップルが多かった。
そうか、デートに使う店なんだ。
京子は店の奥のカウンターの席に通された。
一人の客はカウンターに、カップルはテーブル席に通されていた。
京子はクリームパスタを注文した。
待っている間、お店の様子をさりげなく、誰にも気付かれないように眺めた。
いかにも女性受けが良さそうなオシャレな店だ。
結婚前は武志とよく行ったけど、結婚してからは行ってない。
全体的に二十代、三十代のカップルが多い。
パスタを待つ間、端のテーブルのカップルから見ていった。
一番端は、なんかぎこちないな。
初めてのデートかな。
緊張しているのが、こちらまで伝わってくる。
次のテーブルは、二十代後半の新婚さんかな。
彼女が彼氏にスープをスプーンで口に運んで「アーン」としている。
周りが見えていないんだな。
二人の世界に入っているんだな。
その横のテーブルは、どうだろう。
女性の顔が見えて、男性は後ろ姿しか見えない位置だ。女性は三十代後半くらいか。
男性は後ろ姿から五十代か。
京子はその後ろ姿を見て、のけぞった。
武志の後ろ姿に似ている。
まさか。
二人はとても楽しそうに話していて、とても仲の良い夫婦に見えた。
トイレに行くふりをして、そのテーブルの遠くから回り込んだ。
ちょうど、男性の顔が鏡に映る位置にきた。
やっぱりそうだ。武志だ。
京子は、気付かれないようにカウンターに戻り、店員に「すみません、キャンセルしてください」と言って席を立った。
後ろから「お客さん、すぐ出来ますよ」と声が聞こえてきたが、振り返らず、店を飛び出した。
翌日、いつものように朝食を武志に出した。
「今日も遅くなるから」
毎日、同じことを言う。
それは、夕食は外で食べるということだ。
逆に夕食を家で食べる時に「今日は家で夕飯を」と言えばいいのにと京子は思った。
「昨日の昼間、あなた新宿にいなかった?」
京子は出来るだけ、何気なく聞いた。
「え、昨日は一日中、会議で会社にいた。何で?」
「昨日、服を買いに新宿に行ったけど、あなたに似てる人を見かけたんだ」
「人違いだろう。お、こんな時間か。行ってきます」
いつも出る時間より十分早い時間じゃないか。
平静を装っているが、動揺しているのか。
武志はいそいそと玄関を出ていった。
隠すということほ、やっぱりあの女と何かあるな。考えてみたら、毎日、遅く帰るのも、おかしいな。
そんなにブラックな会社は今時あるのだろうか。
あの女の家にでも行っているのだろうか。
京子は疑った。