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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

照れたるヤカン 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 蓼食う虫も好き好き。

 私の好きな言葉のひとつなのよね。人にはそれぞれ好みがあって、どのように嫌われるものでも、それを好きになる相手がいてくれる……想像するだけで希望が持てるじゃない。

 ただまあ、そこに自分の好みというものが入ってくるのが、人間社会の難しいところ。

 自分が好きになった相手が、自分のことを好きになってくれるか分からないように、自分のことを好きになってくれた相手を、自分が好きになれるか分からない。

 いくら好意を寄せられても、それが生理的に無理な相手だったら「ごめんなさい」するのに、迷わない人間は少ないでしょう。相手をおもんぱかって、回りくどいオブラートな伝え方をすることもあるかもだけど。


 いつなんどき、どのような好意を向けられるかは分からない。かといって、それを自分から探るのも、うぬぼれだらけの自意識過剰。察しがいいのと紙一重なのよね。

 私のお姉ちゃんから聞いた話なのだけど、聞いてみない?


 私が生まれる前らしいから、お姉ちゃんが4つくらいのことかしら。

 お母さんいわく、お姉ちゃんは歳の割にしっかりしていたらしくって、すでにおつかいにひとりで行くことしきりだったとか。

 はじめのうちは、数を少なめに買い物を頼んでいたお母さんだけど、間違えることなくものを買いものをこなし続けるうち、小さな家具類なども交えた買い物をお願いするようにもなったみたい。


 その日はホームセンターへの買い物だった。

 めったに見ない背の高い家具たちや、板材にときどき目を奪われながらも、頼まれたものを買い物かごの中へ入れていくお姉ちゃん。

 その買うものの中に、やかんがあったらしいの。以前のものはかなり長く使っていたせいか、さびが浮かんで限界だから買い替えるとね。

 銀色のステンレス製。多少、金属ぽい臭いがするかもだけど、耐久性も沸かす能力も優秀。他に頼まれたタコ糸などももろもろ積んで、お姉ちゃんは会計を済ませていく。


 けれど、いざ家に帰ってビニール袋を取り出すときに、ちょっと首をかしげてしまったわ。

 買うときには、黒い取っ手や湯気の吹き出し口をのぞいて銀一色だったヤカンの表面に、ほんのりと赤みがさしていたんだから。

 袋の中で、何かしらが色映りしたのかと思ったけれど、タコ糸の包装をはじめとして、いずれも白か透明なものばかり。いずれかに強くこすりつけたとしても、いま目の当たりにしている色合いは作れそうにない。

 何かしら汚してしまったかと、濡らした付近で丹念に拭き取ろうとするお姉ちゃんだったけれど、ヤカンに浮かぶ色は一向に落ちてはくれなかったみたいなの。


 お姉ちゃんは素直にお母さんに報告したけれど、実際にお母さんが見たところ、元通りのステンレスの色があると返させる。

 そんな馬鹿なと、一緒になってヤカンを見ても、確かに店に置いてあったときと変わらない色合い。

 あれは見間違いだったのだろうかと、お姉ちゃんはお母さんがお湯を沸かしにかかるのを眺めながらぼんやり思う。

 お姉ちゃんはそれからも、ことあるごとにヤカンを見張り続けて、おおよそながらあたりをつけたわ。


 それは自分一人との一対一だと、ヤカンは赤らんだ表面を見せるということ。

 誰かと一緒にいるときは、その様子などは表に出ない。ただひとり、お姉ちゃんとだけいるときのみ、ヤカンの表面はほんのりと赤くなるの。特に、火にかけたわけでもないのにね。

 すりすりと、手で撫でてみても赤みから熱を感じることもない。でも、お姉ちゃんが顔を向けている限り、誰かがやってきたりしなければ、ヤカンから色がひくこともない。

 うれしいとき、こそばゆいとき、自分もこんなふうに顔を赤くしてしまうことがある。

 それが「照れる」という仕草だと、お姉ちゃんはすでに知っていた。

 だから、ヤカンが自分だけといるときのみ、赤らむのも同じ。自分を前に照れているのだと思うと、なんだか可愛げさえ覚えてしまう。

 それは一年を通しても変わらず。ヤカンとしての機能に問題はないし、お姉ちゃん自身もたびたびヤカンのお世話になっていたのだけれど、あるときを境に両者の間に決定的なひびが入ることになる。

 

 ヤカンと出会ってから1年半ほどが経ってから。

 お姉ちゃんがまたお湯を沸かすために顔を移すと、またヤカンは表面を赤く染め始める。

 でも、そのときはいやに色の染まりが早く、濃かったらしいのよ。

 いつもなら赤を基調としながらも、元の色のグレーもほどよく混ざり合い、透明感を覚える彩り。

 それが今回は赤が出張りに出張り、ホーローなどで元から赤いガラス質を張り付けているかのような変わりよう。その赤面ぶりには、お姉ちゃんもいつもの可愛がりより、いぶかしく思う気持ちの方が勝ってしまったわ。

 そして、その理由はすぐ形となってあらわれる。

 ヤカンを見つめるお姉ちゃんは、やがて両目と頬の間くらいにむずがゆさを覚えたらしいの。

 つい指でこすってしまうより先に、そのむずがゆさの中心から、赤いヤカンの表面にぴとっとくっついたのは、白いミミズのようなものだったとか。

 すでに熱を帯びているだろうヤカンの表面で、ミミズらしきものは身体をくねらせる。

 それが苦しがってのことか、あるいは嬉しがってのことか、お姉ちゃんにはとっさに分からなかった。

 ただ、そうこうしているうちに自分の顔のむずがゆさが増すとともに、次々とそこから飛び出す何十匹ものミミズたちが、ヤカンの空いている面を埋め尽くしていくこと。

 それを受けるたび、ヤカンの赤みはますます増して、血でも滴らせるんじゃないかというくらいの、ぬめりさえ帯びるてかりを見せ始めたことは確かだったとか。


 お姉ちゃんは衝動的にヤカンを捨てて、その足で新しいものを買いに行ったみたい。

 ホームセンターが近いこともあって、親の誰も気づかないうちの早業だった。今度のヤカンはもう、お姉ちゃんと向き合ってもいささかの赤みも帯びることはない。


 ――ひょっとしたら、あのヤカンは私じゃなくて、私の中にいたあのミミズっぽいものにお熱だったのかもしれない。


 私が物心ついたときより、そばかすが目立つお姉ちゃんはそんなことを話していたのよね。


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