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第6話 “My fair ready”





 想像してご覧。


 かつて、丸眼鏡でワシ鼻のアーティストは平和をそう歌ったが俺も今、そう問いかけたい。


 想像してご覧。


 ノギワ荘の前に明らかに交通の邪魔となっているトレーラーが止まっている光景を。


 引っ張られるまま、俺は麻倉さんにそのコンテナ側の前へと転がされる。危うく、ふぎゃっというかわいい声が出そうになったが、キモすぎるのでどうにか自制した。


「ジョリーさん‼︎ お待たせしました」


 麻倉さんの呼びかけと共に、コンテナが観音開きで解放される。だがしかし中にいたのは、菩薩ぼさつ様ではなく、


「ンもうっ、アオアオったら、アタシはジョリーンだって言ってるでしょぅ」


 青髭の目立つオカマ様だった。


 サイケな極彩色のワンピースに、仮面ライダーみたいなデカさのバックルがついてるベルトをアクセントのつもりか巻いている。髪型もアフロだ。60年代のアメリカから黒船に乗って密輸入でもされたのか。


 そしてそして、その上に何故か白衣をまとっているが、そのガタイの良さは隠せておらず、胸板がたくましすぎる。バスト90だろあれ。というかもう色々毛がはみ出てて男性ホルモン吹き出てる。


「アラッ⁉︎」

 野性味感じすぎる目が俺を射抜く。


「アラアラーッ‼︎」

 ゴキブリ並の驚異的なスピードで内股で接近され、腰が抜けるかと思った。


「…………」

 無言で、マジでキスする5秒前ぐらいの距離まで顔を近づけられる。


 やばい生理的に恐怖してる。鳥肌が止まらない。


 え、てか、やめて、何故目を閉じる? 唇を突き出してくる?


「えー、こちら蘭城らんじょう林太郎りんたろうさん、です」


 間一髪で、麻倉さんに肩を引っ張られ、逃れることに成功する。


 動悸が止まらん。寿命ごと吸われるかと思った。


「やァん。ちょっとぉ、それは世をしのぶ仮のナ、マ、エって言ってるじゃなァ〜い」

「あ、そうでした。で、源氏名ではなくえー、ソウルネームでしたかね。ジョリーンさんです」


 そして、こちらは真条しんじょうはじめさんです。と麻倉さんが仲介してくれる。よろしくゥとウィンク+投げキッス付きで挨拶されるが、顔が引きつって上手く返せなかった。


 だが、幸いなことに意に介さなかった様子で、

「アオアオ、イイじゃないイイじゃない。この子イイじゃなーい」

「いやー真条さん凄いなー、もう攻略されてしまうとはー」


 完全に感情を殺したような口調で、麻倉さんは唇を動かすが俺は首を横に振ることしか出来ない。


 それはない。あってはならない。たとえCS(コンシューマー)でゲームが発売されようとジョリーンルートが実装されることは金輪際ない。話を変えるべく、


「あのぅ、お二人はどういう……?」

「ジョリーンさんは、アダムスプログラムを支援してくださるバックアップスタッフのお一人なんです。簡単にいってしまえば、我々側の人間です」

「ンフッ♪」


 いちいち身をくねらせるのをどうにかしてくれ。マジで。


「ご専門は、見ての通り美容全般の担当をされています」

「もうアオアオったら、美の化身とか流石に恥ずかしいじゃない、キャッ」


 ま、まぁ確かに、そういう業界はこういう人が多いイメージは俺も持ってるけども。化身というかもののけだろこれ。


「本日、真条さんにはイケてる転校生として颯爽と登場して頂く訳ですが、さしあたって、その為には色々とケアしなければなりません」

「そこでアタシの出番ってわけよん」


 ケアって、なんだ。一体何をされるの。心当たりがあまりないのですが。


「……やっぱ、自覚はないですか。真条さん、失礼ですがおふ……水浴びを最後にされたのはいつ頃でしょうか」


 は? 最後に水浴びって……、腕を組み、記憶をたどる。昨日はそれどころじゃなかったし、ええと、おととい? いや違うな、


「4日……前?」

「はいーアウトでーす。ジョリーンさんお任せします」

「任されたわよん。まぁ、アタシはキライじゃないケド……クンカクンカ」


 え、もしや俺、におってます? 自分だと、全然感じないんですけど。そういや布団が最近結構スメルってる気がしてたけど、気のせいだって念じてたら気のせいな気がしてきてたし。


「髪もボサボサですし、前髪もえらいこっちゃです。……もしかして自分でお切りになってます?」


 頷く。俺はセルフカットの魔術師の異名を持つ、いや自負しているから。結構、ヘタしたらこれで食っていけるのでは、とまで思って、


「どんなハサミをお使いで?」

「はぁ、昔小学校で使ってた工作バサミですけど」

「はいーツーアウトでーす。ジョリーンさんお任せします」


 いやいやいや、未だにアレ超切れるからね。ステンレスじゃなくてオリハルコン製じゃないかと疑ってるくらいですって。


「ちなみにちなみに歯磨きって文化、ご存知でしょうか?」


 おいおい、流石に馬鹿にしてくれるな。


「知ってますよ。当たり前でしょ。自慢じゃないですが、俺は虫歯は一本もありません。それもこれもこの人差し指でちゃんと寝る前にブラッシングしているから」

「はいースリーアウトでーす。ジョリーンさん、真条さんはベンチに戻られますので、あとはお願いします」


 お前、学校の授業で見たウルウル滞在記でアフリカの方の部族の方がやってた方法だぞ。多分数千年の歴史があるだろ。ブラシとか軟弱者ですよ。男は黙って指!!


 もうこれ以上の話は恐ろしくて聞けないと言わんばかりに、俺の発言はさえぎられ、


「ジョリーンさん、30分でいけますか?」

「もう、アオアオったら。当たり前でしょ。アタシはプロ。その為に来てるんだから」

「さっすが♪ ガタイとお仕事は頼もしいですね。それでは、」


 張り切ってどうぞとコンテナの方へ麻倉さんは手を伸ばし、


「さぁ行くわよ。ハジー、10分3本勝負。まずはきしましょうね♪」

「え、いや、ちょっ、た、たしけっ……」


 あっという間にジョリーンさんに担がれた俺はコンテナへと運び込まれ、無情にも自動で閉まっていく扉の間に見える麻倉さんに助けを求めるが、


「いってらっしゃーい」


 神はいなかった。







    ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×








どうにかこうにか慣れないネクタイを結ぶことに、ようやっと成功した。たぶん、これでおかしくはないだろ、と長い息を吐き出すと同時に、


「さぁて、ハジーいいわよーん!!」


 一足先に外に出たジョリーンさんに呼ばれ、俺が娑婆シャバに出ると、麻倉さんに加え茉菜花まなかめぐがランドセルを背負い待っていた。


 まださすがに早いしここから小学校までは近いとはいえ、下手をすると遅刻してしまう。まったく、心配してくれたのかもしれないが、自分たちのやるべきことを忘れちゃだめだぞと目を丸くしている妹たちに近づいていくと、そそくさと二人とも距離を取り始め、麻倉さんの陰に隠れてしまう。


 え。



 そして、そこから顔を出すと、


「だ、誰ですか?」「お兄をどこやった」

「兄だよ⁉︎ お前たちの兄だよ⁉︎」


 目の前で大砲をぶっ放されたかのような衝撃に一瞬、意識が遠のいたがどうにかつなぎとめる。どどどどどどいうことだ俺、また平行世界に移動してしまったというのか戻れ戻れ、やばいやばい元の世界に帰らねば、


「ほ、ほんと?」


 目を丸くする妹たちの視線に耐えきれない。世を儚んでしまいそうだ。


 そんな中で、麻倉さんだけは、

「流石ですねジョリーンさん。いい仕事してます。いやこんなに印象が変わるなんてびっくりしました。まるでマイフェアレディです」


 素直に感心したようで、ジョリーンさんの腕を賞賛していた。いや、俺も最後に鏡の前に立たされた時は同じ感想を持ったけど。30分前までの俺は無人島で一人暮らしでもしてたんですかとかインタビューを受けるレベルだとしたら、現在の俺は東京で暮らす……誤解を恐れず言おう、結構イケてるメンズな高校生だと思う。


 それもこれもジョリーンさんがまず風呂で……いや詳細は省く。省かせてください。大丈夫、あたしは何も失ってないわよ。


「茉菜花さん、巡さん。信じがたいかもしれませんが、これが本当のお兄さんです」


 待って待って、それだと語弊ある。今までのが偽物みたいでしょ。


「本物? 今までのお兄は、どこ?」


 おーい、巡さん信じ始めちゃってるじゃない。いつもは利口なのよこの子。


「いや、ここだからね。ちゃんといますからね」


 わりと本気で泣いちゃいそうだわ。じゃなくて、なんか口調が変になっている。気をしっかり持て基。


「磨けばより光ると思ったけど、ムフ、アタシの目に狂いはなかったわん」

「人は見た目が殆どとは言いますが、納得ですね」


 青ヒゲをじょりじょりさすりながら、ジョリーンさんは、

「でもねん、アタシが整えたのはあくまで外側だけ、内面の美しさまでは引き出すことは出来ないわ」

「ですよねー。まっ、それはこちらでフォローします。まずはアレからココまでにして頂けただけで十二分ですよ」


 なんか凄い失礼なこと言ってるよね麻倉さん。いやまぁここまでの反応されてしまうと、なんかごめんなさいとしか言えない訳ですが。


 さすがに茉菜花と巡はちゃんと銭湯に行かせていたが、男の子である俺はそこまで気を使わんでもいいだろというスタンスだった。が、度が過ぎていたようだと反省する。まぁ一応、万里子まりこさんの所でバイトをしている時には気を使っていたつもりだけども。


「さぁて、それじゃあ行きますか」


 どうぞと真新しい学生カバンを渡される。おそらく教科書やノート一式が詰まっているんじゃないかと思われるが、そのわりには軽いような気もする。


「あの、今更なんですけど、マジで、転校するんですか? 」

「はい、マジのガチですよ。あ、ご心配なくー。今までの通われていた学校への転校手続きは既に済ませてありますので。ただ、ご友人などに無断という形になったことはお詫びします」

「いや、それは、まぁ……」


 と、友達とか架空の存在だし。ひ、人は一人でも生きていけるし。なんなら一人好きだし。人間関係とかわずらわしいんだよねー。ウケる。


 それに母さんから懇願されたからあの高校に入っただけであって、もしも麻倉さんとの出会いによらず、遅かれ早かれ辞めることになっていただろうし。


 はい、これ以上は俺の心が限界なので、一体どこへ転校するのだと当然の疑問を尋ねれば、


「私立総斎学園(そうさいがくえん)高校です」


 私立。


 それだけで、敏感に反応してしまう。いや、一体いくらかかると言うんだ。学費で頭を悩ませたくは、ない。


 俺の表情が固くなるのがわかったのだろう、麻倉さんは、


「ですから、心配は無用ですよ。もちろん、真条さん次第、ということにはなってしまいますけど」


 つまりは俺がちゃんとアダムスプログラムに従って行動していれば、問題ないということなのだろう。


 続々と外堀が埋まっていく。


 もう、やるしかない。ということか。


「了解、しました」

「いいお返事、ありがとうございます」


 しかし、……総斎学園か。一応だけど聞いたことあるな。確か、全国的にも有名な進学校だ。場所はここからだと電車を乗り継いで30分くらいだったはず。そんなとこにこれから通うのか。うわぁ、もうお腹痛くなってきた。元引きこもりはダテじゃないぞ。


「ってか、麻倉さんも……なんですか?」

「そりゃそうですよ、私、現役で花のJKですし」


 自分で言うんかいと思わなくもないが、それよりやっぱり同年代なんだな。つうかマジか、麻倉さんと一緒に通うってこと? 早くいってくれよ心の準備がもう二日はいるところだった、


「さて、それでは皆々様ご一緒に、」


 突如、円陣を組むように麻倉さんに促され、首を傾げながら輪になった。ってか、ジョリーンさんやっぱ腕太いですね、ラグビーでもやってたとしか思えん。


「私が、イケてる転校生大作戦と言ったら、えいえいおーですよ。いいですね?」


 何そのクソダサい作戦名はと喉から出かかったが、もう破れかぶれだ。どうにでもなれ。


 ごほんと声を整えると麻倉さんは、

「それでは、イケてる転校生大作戦ーっ!!」





 前途多難すぎる、朝にかけ声が響き渡った。


 ご近所さん、誠にごめんなさい。




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