第44話 ”( ´∀`)人(´∀` )ナカーマ”
どうしたもんだろ。
そんな口癖が特徴的なウサギが主人公のアニメをその昔見たことがある。いやもう俺もその口癖採用しようかな。どうしたもんだろが多すぎるよこの世の中。
気を取り直して、どうしたもん……ではなく、ドウシである。脳内予測変換を駆使すればおそらくは動詞、同紙、同氏、童子、キタコレ、同士、だろう。
どうしてこうなった。ドウシがゲシュタルト崩壊しちゃう。ボスケテ。
こちらをちらちらと伺いながら、クロロンさんは、
「ち、ちなみに、真条くんは、好きなキャラとか、いるのかしら」
そ、そっちの同士か〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ。思わず烈兄貴になってしまうところだった。たしかに勢いで大好きと言ってしまったが、そのモノの尋ね方、オゥフこのクロロン氏、まさか『ブスつか』ヲタだったでござるか。
小生は1ミクロンも興味ねぇでゲスよ! とはよもや言えない。マイノリティを常日頃たくましく生きているため、オタクがひょんな事から同好の士を見つけた時の滅茶苦茶な目の輝かせ方してるし。
くぅ、
俺もかつて似たような身であった。過去の自分を棚上げしてあざ笑うような外道脱オタクではない、答えられるものなら答えてやりたい。溢れんばかりのわかってる感を持つトリプルA級の返答をしたい。だが、あいにくとニワカですらないし、知らないものは知らないのだ。
いや待て、諦めるな。全ての勘と経験をフル動員すればどうにかなるのではないか。オタに人気のでるキャラなどだいたい相場が決まっている。男オタと女オタで多少の差異はあるだろうが、できるはずだ。俺ならできる。前世ではキャラクター人気ランキングの載ってるアニメ雑誌とか愛読してたし。
「うわっ、めちゃくちゃその質問はムズいなぁ〜〜!」
うっとりするくらいの自然さをかもし出しつつ、大急ぎで8巻のページを開き、シリーズものあるあるの最初数ページの登場人物紹介を見ながら、悩んでるフリをする。ごめん、目は血走ってるかもしれない。
アイコンのように、イラストから切り抜かれた顔と氏名と簡易的な紹介が書いてある。
主人公こと私ことブスこと小柳小春。こいつはどうでもいい。女オタは投影対象の主人公を人気にさせる気はない。何故なら普通、推しは必ず男側にいるからだ。『主人公<推し』の構図が確定するのならば、人気はそちら側に流れるは必定。加えて何故夢小説などというジャンルがあるのかを考えれば自明だ。
メイン俺様キャラの金髪クオーター、天上翼。天上コンツェルン(笑)の跡取り息子ね。はいはいワロスワロス。基本完璧超人な俺様で滅多にデレないタイプ。ただ、主人公のこととなると完璧フェイスが崩れると。まぁよほど作者がへそ曲がりでなければ、順当に西野じゃなく東城だったように、こいつとくっつくんだろう。道明寺的に考えて。だいたいメインは流石に人気キャラと考えていいが、あまりにもベタすぎる。いったん避けるべきだ。
赤髪、素直スポーツマン系在原錬。幼少期からサッカー一筋でやってきた正統派で、おちゃらけもできるいわゆるクラスの人気者。爆ぜろ。俺こいつ嫌い。……いかんいかん、俺の感想はどうでもよかった。自分から吹聴することはないが海外の有名サッカークラブチームのユースで活躍する超優秀な弟と比較されることを嫌う。ふーん、でもクラスで人気者ならよくね? 最初は主人公がその弟のファンだったことでひょんな事から知り合う。そんであれだな嫉妬に苦しむパティーンね。人間くさいところは人気あるかもしれん。
茶髪パーマに丸眼鏡のふわふわ系埴谷幹斗。こいつは最初から主人公に好意的で、人間的にもできてそうだが、裏がある。それを主人公が知ってしまい口止めをしてくることで関係が深まってくるパターンらしい。裏の顔は超絶ドSらしいから、人気はありそうな予感。鬼畜眼鏡は女子みんな好きだろ。
黒髪短髪泣きぼくろの李家柊。口数少ないが男らしさとぶっきらぼうな優しさを両方兼ね備えている。実家は古式武道の道場をやっており、修行と称して山で厳しく育てられたため世間一般知識にうといところがある。なるほど、そこにつけこまれて、一番最初に主人公を好きになるポジションとみたね。いやなになに……実は幼少期に主人公と会ったことがあり、マジかよ、俺当たってんじゃん。
紫髪のショタ若槻日向太。貧乏くじを引くことをいとわない気遣いの神だが、美人の姉が三人もいるせいで女性に対して苦手意識を持つ。でも主人公はどの姉にも似ていなく、初めて女性の優しさに触れたことで恋心と。身長はコンプレックスで、今でも毎日牛乳を2リットル飲んでいるのが秘密。お腹くだすぞ。体操着なら俺が貸してやる。
南米からの帰国子女で黒髪くせっ毛色黒。属性モリモリな荒垣ルイス。色黒グローバル枠。常に腹筋見せてるタイプだ。南米仕込みの情熱アプローチで主人公を誘惑するが、時折ホームシックにかかり、子犬のようになる、と。こいつは登場がもう少し早かったら結果は変わっていたと言われてそう。
このキャラ配置、ブスつか作者出来る……ッ、隙がねぇ……。せめて誰にどの人気男性声優が声を当てているかわかれば精度がよりアップするがそこまでは無理だ。
どれだ、正解はどれだ、一番『わかってる感』を出せるのは。
正直どれも人気キャラといってもうなずける。あまりにも時間が少ない。クロロンさんの期待のまなざしが鳩尾あたりに刺さる。
柊、日向太、いやキチメガ幹斗も捨てがたい…………、いや待てよ。
天啓とはこのこと。灰色の脳細胞はたった一つの真実を見抜いた。
わかってる感は、ニワカが選びそうにない選択肢をとることで生成される。だとしたら、ニワカ以下である俺が選びそうな選択肢を全て除外した先に、求める答えはあるはず。
たった一つの真実見抜く、じっちゃの名にかける。
「い、意外と、主人公の小春が好きなんだけ——」
光の速さだった。少なくとも音速は確実に超えていたと思う。
8巻が床に落ちると同時に、やっべと思った頃には既に。
俺の両手はクロロンさんに掴まれていた。
「よく、……よくわかってるわ……そうよね、小春、いいわよね…………」
瞳をうるませ、感極まっている。尊いモードに完全にINしちゃっているクロロンさんがいた。
え、これは何。目の前のこれはほんとに絶対零度な視線を放っていた氷結の魔女(命名)こと、あのクロロンさんなのか。
どうやら好きなキャラチョイスはまさかの大当たりを引いてしまったことと、クロロンさんの変わりようにドン引きです。
「たしかにネットでは柊やルーやレンレンひなっちハニー様は人気だけど。そうじゃないこの作品の要は小春なのよ。そこがわかってる人がなんでこんなに少ないのか全く理解できないわ」
理解できないのはこちらです。いや、あの、クロロン氏ー、めちゃくちゃ高速詠唱してるところ悪いんだけどキャラの略称で言われてもわからんのよ。
い、いったん落ち着こうかと口にしようとした矢先、
死角から撃たれたかと思う衝撃が背中に走った。
「あれあれあれー、基じゃーん、奇っ遇ー、こんなところでどしちゃっ、た——」
ひぎぃっと息が止まるのと同時に、聞き覚えのある声が投げかけられる。この感覚……麻倉さんかッ。そんなキュピーンとした感覚に従い、隣に並んだその正体を窺えば、
「——あり?」
珍しく、なんだこりはと顔に書いてあった。
麻倉さんの視点をジャックできれば簡単なのだが、おそらくこういう状況に見えているはずである。
俺氏、瞳を潤ませたクロロンさんに両手を包まれている。
クロロン氏、瞳を潤ませかつ上気したお顔で俺の両手を掴んでいる。
違う、違うよ、なんか成立したみたいじゃん。
サビ盛り上げ系バラードの挿入歌流れちゃってるじゃん。ここだけ見られたら何をしでかしたんだおのれはと言いたい気持ちもわかるけど違うんだよ。かーっ、これだから切り抜き動画による偏向報道は困るんだわ、かーっ。今後は切り抜きによる拡散は禁止です。
な、何か弁解しなくては——俺が止まった息を吹き返した矢先、
「それじゃ、……また」
すん、とスイッチが一瞬で切り替わったように完全に無表情になったクロロンさんは、光速を上回る速度で既に俺の手を離しており、背中を向けるなり競歩の五輪選手もびっくりの速さで去って行った。
あまりにスムーズすぎた去り様に呆気にとられた俺の横で、麻倉さんが口を開く。
「うわちゃー……ええとおめでとうございます? や、すいません? なんかいい感じでした?」
「や、おめでとうではないんですけども……というか助かりました」
俺はとりあえず足下の8巻を拾い上げながら、げっ、少し折り目ついてるし……はぁ、買うしかないかなぁ……。
「でも、とりあえず……、たぶん? 一歩関係は進んだっぽい、です」
はぁ? という麻倉さんに、すごい曖昧な言い方になったことを自覚しつつ、俺は『同志』になったっぽい経緯を説明する羽目になったのだった。