第一章:幕間 ”麻倉葵による報告書”
文書番号第226号
令明六年×月□日
内閣府国家特別保全対策局アダムスプログラム推進課
課長 坂 上 政 哉 殿
異性交遊特別支援担当
麻 倉 葵
アダムスプログラムの候補生六号「真条基」について(報告)
令明六年○月△日付け「アダムスプログラム候補者六号「真条基」の支援に
ついて」第103号で依頼のあった標記の件については、下記の通り報告する。
記
1.現在の真条基の状況について
結論として真条基(以下、候補生)との本職の関係は概ね良好。
初回接触時に従前より懸念されていた無許可貸金業者『エンゼルローン』との
トラブルが発生したものの、本職が金銭的解決を図り、無事解決したと判断す
る。今後、万一候補生に危険が及ぶ場合は、警察等による平和的解決を図る。
本プログラム協力者である理事長の支援により、候補生は私立総斎学園高校
の2年5組に転入し、学友と新たな関係を構築中。教育機関に在籍する限り、
候補生に不特定多数のイヴ候補との多大な接触機会をもたらす可能性が高い。
本プログラムの責務に関して、候補生は一定の理解を示しているものの、後
述する懸念は存在しており、本職が改善を図る。
2.真条基の女性関係等について
現時点でのイヴの可能性を持つとして、指名と短評を下記に列挙する。
・黒木 稚奈
候補生のクラスメイト及びアルバイト先の同僚。現時点では異性として嫌悪に
近い感情を抱いているが、反転する可能性高し。家庭の事情によるものか多数の
アルバイトに従事している履歴があり、動機の把握が求められる。
・名護 茜
候補生の幼馴染。幼少期より家族間での交友を持つ。候補生を異性より家族と
して捉えていると思しき言動があるものの、候補生との関係では他の追随を許さ
ない期間を持つため発展は容易と判断する。
・伊福部 いおり(いふくべ いおり)
候補生の後輩。痴漢による被害を候補生によって救助されたことで好意を持って
いると判断する。言動に不可解な点が多いものの現時点で最もイヴとなる可能性高
し。積極的に支援を図る。
・御崎=ルグラン=澪亜(みさき るぐらん れあ)
候補生と同輩。現時点で候補生、また候補生の反応も大きく、今後の発展が期待
できる。関係性を築くにあたり、彼女の血族である御崎、ルグラン両家の折衝は不
可欠と判断する。
なお上記は現時点での観測結果のため、新たなイヴが現出した場合は逐次報告
する。
3.本職の懸念について
候補生は他候補生と比較し、女性に対する免疫並びに対応が劣後していると判
断する。蓋し、候補生の引き寄せる事象又は言動、行動は本職の予想を
超える結果を見せることもあり、潜在的な能力は非常に高いと思われる。適宜異
性経験を積積ませることに加え、模範となる他候補生と交友関係を築かせつつ経
過を観察する。
4.情報提供と関係者調整の依頼について
下記について、早々に調査及び手配を求む。
・上記イヴに関するパーソナルデータ及び来歴、家族友人問わず過去に関与した
人間から得られた評価など微に入り細を穿つ諸情報
・他アダムスプログラム候補生とのコミュニケーション機会
・御厨ロイドの招聘
以上
× × × × × × × ×
彼女はそこまで打ち終えると、目元を揉み込み、伸びを一つ。作成したドキュメントファイルをガバメントクラウドにアップロードする。
コーヒーでも淹れたいところだったが、ここで飲んだら眠れなくなる。
口寂しさを覚えつつ、無事アップが完了したところで共有用リンクをコピーし、メールで上司である坂上政哉に送信したころには。日付は変わっていた。
にも関わらず、五分と経たずして坂上から拝受した旨の返信があり、そっとノートPCを閉じて、昨年第一子が誕生したばかりの新米パパである上司の未来を合掌しておく。
あと寝る前にもう一つだけやっておくか、と彼女は舌打ちをこぼしつつ椅子から立ち上がり、ベランダへと出る。
ずっとPCとにらめっこしていたせいか、換気を忘れていた。都会といえど新鮮な外気を肺にひとしきり取り込む。
そして、輝度MAXで光彩を放つスマホの連絡先の中から一つを選びタップする。
「あーどもども、こんな夜分遅くにすみません、麻倉の葵ですー。斑目のおじさま、ご無沙汰しております。ええ、はい、元気ですよー、そうですね、おじい様もあー元気……だと思いますー。いやだなぁ、あの老いぼれ見るからにしぶとそうじゃないかーもー、
あのー、一つ折り入ってご相談がありまして、いやいや、あははYESが早すぎますって、はは、はい、何かと申しますと——余ってる家とかあります?」