第35話 “とってもアットホームで初心者歓迎な”
「――なんで……アナタがいるの?」
むしろそれは俺の質問なんですが。ていうか俺の方が圧倒的に早くココンでバイト戦士してた訳で、後から来たのがクロロンさんなんだけど。
なんでよりによってバイト先がかぶるのよ。普通かぶらんだろ。ん、まさか、ひょ、ひょっとしてこの子、お、俺のこと、す、す、
「すこぶる不快だわ」
「ですよねー」
オブラートに包むっちゅうことを知らんのかこのアマ。言葉の刃は人をいともたやすく傷つけるんだぞ!
バレないように嘆息する。
——衝撃の再会の後、面接にて即採用となったらしい期待の新人がクロロンさんであることを、あかねーさんから説明された。
その説明中にどうにも初対面じゃなく顔見知りっぽい俺とクロロンさんの素振りを受けて、実は……とクラスメイトであることを伝えることに相成ったのだが。
「えっそうなの!? すごい偶然もあるね、じゃあちょうどよかった、基ちゃんから稚奈ちゃんに色々仕事のやり方を教えてあげてくれる?」
いやそれはちょっと、と満面の笑みを浮かべるあかねーさんに断れる訳もなく、ココンにおいてはベテランアルバイターである俺が新人指導役を引き受けることになってしまった。
まずはホール業務の基本となる注文の受け方やレジ対応を、お手本を実際に見せつつ一通り教えた。
メモを取るようわざわざ伝えなくても、クロロンさんは持参してきたであろうメモに綺麗にポイントを書き取っていたことに感心する。とはいえ、いきなり全部を教えても覚えきれないだろう。応用としてはお客さんから言われる前に減った水を注ぎ足したり、追加注文や写真対応したりとまぁ色々あるもののいったん省いた。
だいたい接客業が始めてだと緊張して戸惑うことも多いのだがクロロンさんは経験でもあるのか、特に戸惑う様子もなくオーダーと会計をこなしてしまった。
うーん、これは長期採用です。
と思っていたら先ほどの『すこぶる不快』ときた。
閉店まで残すところ30分となり、ようやく対応が落ち着いたことで俺とクロロンさんは壁際に寄って小休憩なのだが、早くもつらかった。
……しっかし短時間で嫌われたもんだ。いったい何をしたんだ俺氏。好感度急転直下過ぎん? たしかに読んでいた女子向けラノベをチラ見して、しおりを移動させてしまったかもしれないが、あれはあくまで事故だし俺という証拠があるわけもない……ないはず、ないよね……?
一抹の不安が残ったため下手に出ておこう。
これは別に断じて、矢絣の着物に海老茶色の袴、黒のブーツに身を包んだクロロンさんを直視できないからというわけではない。こんな大正桜に浪漫の嵐でハイカラーが通りそうな格好を黒髪美少女がしてみろ、まともに視界にいれられんわ! 俺は健全な青少年だぞ!
「ねぇ、ちょっと、聞いてる?」
「は、はひっ! なんです!?」
やばいちょっと萌えキャラっぽくなってしまったが、俺のかわいさに免じて許してほしい。
「というかそもそも店長さんから渡されてとりあえず着たけれど、なんで和服なの……?」
すまん、それは君がおそらく顔採用ゆえ……とストレートに言えるはずもない。
俺とて別に好き好んで和服を着てる訳じゃないのにこんな衣装に身を包んでいるのは、万里子さんの指示、いや命令だからとしか言えない。
まぁこの石を投げればカフェに当たるような大カフェ戦国時代だ。かっこよくマーケティングといえば聞こえはいいが、要は客寄せになるならツラのいい若者にコスプレだろうがなんだろうがさせる万里子さんは間違っていない。結果、本日も喫茶ココンは大盛況だ。
素人の俺が言うのもあれだが、万里子さんはかなり商才があると思う。年甲斐もなく、とかいうとはっ倒されそうだけども、SNSも積極的に活用しているし、女心をくすぐる映え要素や、スイーツの改善にも余念がない。
こないだも『今バズり中の人気カフェ特集』と題して朝の帯情報番組で取り上げるために、テレビ局の取材がやってきたときもよくわからんまま俺が対応させられた。翌日からのあふれかえらんばかりの客足は軽くトラウマだ。全国テレビの影響力をなめていた。
あれから1ヶ月近く経つまでは地獄のような忙しさだったことにトラウマを発症させつつ、俺は自分が和服を選んだことで今日が和服デイになったことに一応の責任を感じ、
「……今日はそういう日なんだよ、ちなみにメイド&執事デイもあれば、カジュアルデイもあればハロウィンデイもあるよ」
プラス諦めが肝心と心を寛容にすることの大切さを伝えておく。やだもー俺ってば優しいバイトのパイセン。
「……先が思いやられるわね」
早くも後悔なうな感じがクロロンさんから漂っていた。いかん、これではせっかく追加投入された労働メンバーが辞めてしまう。いつまでも新しい人員が定着しないブラッキーな職場ではないことも伝えておかねば。
「ええと、とりあえず今後もなんか困ったら、俺か、あかねー……茜さんに気軽に聞いてくれれば。それに……まぁ色々あるけど、まかないとかもあるし、働いてる人もいい人が多いし、いろんなお客さんが来るから飽きないよ」
フォローになってるんだかよくわからなくなったが、渋面だったクロロンさんも少し表情をゆるめ、一つうなずく。
やめないでくれ、頼むぞ、クロロンさん。と、やっぱり気になっていたことをちょうどいいタイミングかと聞いてみる。
「そういえばえーと、黒木さんはなんでバイトここにしたわけ?」
スイッチでも押したかのごとく、すぐさま眉根が寄る。雑談の延長線上なんだから許してくれよ。判定シビア過ぎ。
だが、幸いにもガン無視とはさすがにならず、
「……時給と時間の都合とかかなり融通してくれるっていうから」
くぅ、わかるぅ……、と心底共感してしまった。ことバイト選びにおいて、その2つが最も重要だ。
仕事内容が楽な仕事などない、というかあってはならないし、人間関係も渡る世間は鬼ばかりと覚悟完了さえしてしまえば辛抱あるのみ。むしろ仕事とは耐えることと見つけたりかもしれない。
この真理にたどりつくとは、もしかしてこのクロロンさんバイト戦士なのか。
一瞬訊いてみようと口を開きかけて踏みとどまる。
働く理由なんて各人色んな事情が考えられる。この年代なら欲しいものがあるとか遊ぶ金がほしいとかは普通だろうし、なんなら健全で良いが、俺のように家庭やら金銭的事情とかだったら地雷だ。まだ大して仲良くもない存在がいきなり踏み込んでいい領域なんかじゃない。
じゃあかといって別な話題があるかといえばなく、ましてやなんもないところから縦横無尽に展開できるトークスキルもないため、黙する他なかった。
そんな折、卓上に置かれているベルが鳴らされ、よく訓練されたカフェスタッフである俺は反射的に、
「はいただいま!」
と音の発生源へと顔を向ければ、
組んだ手の平にあごを載せてニッコリと微笑む、
「あれって……麻倉さん?」
「い、いやぁ、どうかなぁ、眼鏡かけてるしドッペルゲンガーとかじゃない?」
やっべ、そういや麻倉さんのことを完璧に忘れていた。しかも、こちらがようやく認識したとわかり、麻倉さんはこれ見よがしにもう一度ベルをチリンと鳴らす。
他のお客さんもいる手前、いつまでも放置する訳にはいかない。早足でそちらへ向かい、
「……お待たせいたしました。ドリンクだけならラストオーダー可能ですがご注文でしょうか、それともお会計でしょうか?」
「注文です」
俺が伝票を取り出すより早く、
「この店の店長兼オーナーさんと綺麗なお姉さん系店員さん、あとあちらにいる別嬪な新人店員さんを呼んでいただけますか?」
はい? と固まる俺に対し、麻倉さんは眼鏡をずらしつつ、いたずら好きっぽいまなざしのまま、
「もちろんアナタも、ね」