第32話 “そして放課後へ”
「参考になった。レペゼンの行方は追って報告するYO!」
ノリオの言葉が頭をぐーるぐる。
そんな体育教師の発言後、解散を促され教室に戻り、制服に無事着替えた。のですが、机に突っ伏したまま動けなかった。
朝からもっと言うと昨日からずっとだが、目まぐるしすぎてかつてないくらい疲れた。これはシュワちゃんでも死ぬほど疲れてるって言うレベル。
というのもだ。
御崎さんとゴールイン、おっとこれは変な意味じゃないぞ。してからというものの、男女を問わず何故かニヤニヤされたり、恨めしそうな目で見られまくった。断じて言う。我々はそのような関係ではないと俺が主張するより先に御崎さんが違うのと吠えまくっていたから大丈夫だと思いたいが、変な噂を立てられないことを祈るばかりだ。迷惑するのは俺というより、御崎さんだからな。
低く野太い野郎どもの声に混じって、ソプラノ、メゾソプラノ、アルトな声が聞こえてくる。どうやら着替え終わった女子たちが戻ってきたようだ。
頭をあげようかと思ったが、正直めちゃくちゃ眠い。
こちとら二時起きの配達系男子でござい。それもこれも貴重な日中の睡眠時間が体力テストに奪われたせいだ。数分に満たなくても目を閉じて休んでいたかった。
だが、すぐ隣で椅子を動かす音がする。次いでスルスルという衣擦れの音。おそらく座ったのだろう。一拍おいてペラと紙の音がし、
「……え? なんで……」
小声で漏らしたその声に薄目で様子を伺えば、クロロンさんが文庫本を開いたまま怪訝な顔をしていた。
瞬間、蘇る記憶。
やば、そういやあの黒歴史確定小説、落ちた時に適当にしおりを挟んだ気がする。教室へ戻ってきたら、読みかけの小説のしおりの位置が変わっていた。そんな怪奇現象が万が一起こったら、考えられる可能性は、
「……っ!!」
誰かが読んだというに思い当たったのか顔を赤く染めて周囲を確認しだす。そして、さまよっていた視線が――薄目を見開いてしまった俺と合った。
はい、しゅーりょー、オワタオワタ。すみません今、リアルガチで13円しか持ち合わせがなくて。
「……ねぇ、「はーじめっ」
背中に張り手を食らい、アウチッと飛び起きる。よ、容赦なしの強さだったと思います! 紅葉の跡が出来たら、法廷で会うことになるぞ。
何奴かと振り返れば、麻倉さんだった。
「なーに疲れた顔しちゃってんの」
するだろう普通に。そもそも誰のせいでこんなに振り回されとると思ってるんだ、いくら麻倉さんだからって……麻倉さんだからって……麻倉さんには逆らえねぇ……。
そのままクロロンさんの反対側に位置する右隣の席へと座るなりニヤニヤ顔をさらしながら、
「これまたずいぶん、御崎さんがお気に召したようで」
やめろォ! もういいだろ、御崎さんから離れてくれ。あんな金髪美少女とわずかの間触れ合えた思い出と共に今後の人生を生きていく所存の俺をそっとしておけないのか。
ってか文句を言わねばなるまい、なにレースで転がしてくれてんのと。
「はい、みんな席について、帰りのHRを始めましょう」
不二崎先生のご来臨により、あえなく浮かしかけた腰を元に戻す。くっ命拾いをしたな麻倉さん、怒られるのは嫌だから見逃してやろう、今日のところはな……。
そして左隣のクロロンさんからの矢のような視線に耐えつつ、俺は教壇上の不二崎先生へと首を固定するのだった。
× × × × × × × ×
チャイムの音が身体に染み渡り、嬉しくて震える。
HRが終わると同時に俺は感動に打ち震えていた。長かった、本当に長い一日だった。
ちなみに身構えていたものの、すぐにカバンに本を突っ込むとクロロンさんは足早に教室を出ていってしまった。正直、助かったと思いましたまる。このまま忘れてくれ、頼む、金なら13円までなら払う。
「基は放課後どうすんだ? あれなら遊びにでも行くか?」
前方の生形が振り返るなり、口を開く。放課後に誘ってくれるとはな、それに免じて先程の二人三脚の暴力行為に関しては示談で済ましてやらんこともない。
だがしかァし!
フッ、そういうのを愚問というのだよ。
言うまでもない。学び舎で過ごす時間が終われば、始まるのは、
「俺はそう、楽しい労「基はバイトですよー」
ちょ、麻倉さんなんで知ってんの!? 話した記憶ないんだけど。政府の情報網的な? 俺のプライバシーどこいったの?
脇からカットインしてきた麻倉さんにおののきつつ、
「あん? そうなのか、バイトはなにやってんだよ?」
えーなにこいつアタシのバイト先知ってどうする気キモー「カフェ店員ですよ」
おい、だからなんで知ってるんだよ……。
その発言を耳ざとく拾ったらしい一部の女子たちが一気に駆け寄ってくる。
「えっ、真条クン、カフェでバイトしてるの!? え、どこのスタラ?」
「行く行く絶対通っちゃう~フラペティーノ、ベンティ-ノ、なんちって~」
「え、あ、いや、そういうんじゃなくて」
スタラとはスターラックコーヒーという若者御用達カフェチェーンである。馬鹿にするな、俺でもそれくらい知ってるもん!
まぁたしかにそういう映えというか憧れというかトレンディというかなんというかなバイト先で働きたい気持ちは察することができるが、あいにくと俺のバイト先は、
「チェーンじゃない、知り合いのやってるカフェだよ、だからスタラとかそういうんじゃない……えっと、じゃそういうことで!」
これ以上の追求はごめんだとばかりに俺はカバンをひっつかんで教室を飛び出す。三十六計逃げるに如かずとはこのことだ。経験値は手に入らないけどね。
速度を緩めず廊下を突き抜け、階段を下り、下駄箱までたどりついてようやく一息つく。真新しいローファーを床へ落とすと同時に、
背中に衝撃。またかよとそちらを見やれば、
「……普通、待ってるでしょ」
口をとがらせた麻倉さんがいた。どうやらその片手に収まるカバンでもって俺にダイレクトアタックをしかけたらしい。
「ま、待つって?」
「わーたーしを、ですよ」
ジト目でそういうと自分も靴箱からローファーを取り出す。片足を入れてかかとを押し込むために指をひっかけようとして、器用に俺のブレザーの裾を握り支えとする。いやいや何の気なしのそういうのやめぃて。
というか、だ。
一応周りに気を払いつつ、小声で尋ねる。
「あの、てか、放課後も行動一緒なんですか……?」
「無論です。何度も言いますけど、公私共にサポートなんで」
ってことはバイトまでついてくるってことか。頭痛くなってくるな。
「安心してください。さすがに朝や深夜バイトまではお付き合いしませんから」
「いやそれはまぁ当然というか」
麻倉さんに配達や道路工事や警備員や案内誘導のバイトは似合わないと思う。ってのはどうでもいい。人差し指をピンと立てると、
「こう見えて、私、カフェ好きでして」
なんだよ、単純にカフェ目的なんかい。てかやっぱ完全に把握してるのね俺のプライベート。
耐えきれずため息が漏れる。説得なんてできる気がしないし、俺が何をしたところで麻倉さんは勝手にやってくるのだろう。早めに諦めるが吉だ。
……まったく何を言われるのかなぁ、あの人が麻倉さんを見たら、
「不満げですねぇ?」
「一応、言っておきますけど」
「はい?」
これだけは先に伝えておかないといけない。
「バイト先で幼なじみキャラは通用しないですよ?」
「……ああ、そうでしたね」
もはやどこまで知っているのやらだが、思い当たるフシがあったらしいので念のために、
「なんてったって、あっちはリアル幼なじみですからね」
伝えておかないといけない。