第28話 “ヴィヴ・ラ・フランス”
「これから相性を見極めるYO」
ノリオの暴走、それは理解不能な凶行。俺はどうしよう。思考の逃避行。
はい。
と言われてもですね、だ。ざわつく周囲のなかで俺だけが高二病のように冷めた目線で——って高二でしたわ、俺。
白峰から教えてもらったが、あの女子担当の体育教師である茶屋先生というらしい。なかなか一息つけそうな良い名字でつね。
その茶屋先生は、ノリオを補足するように、
「今から一組と五組の男子、女子それぞれ四名。選抜候補になった人の名前を挙げるわ。呼ばれたら前に出てきて」
うわ、こういう呼ばれて前に出るの嫌いなんだよな。とかく視線を集めるのは避けるに越したことがない。注目なんていらないのだ。貝になるのが一番幸せ説はいつか誰か水曜日で検証してほしい。
いいか、俺は絶対フラグなんて立ててやらないからな! スリザリンはやだスリザリンはやだ、
「一組、神林・土屋、五組、生形・真条、出てくるYO」
はかない夢でしたまる。
おおと歓声とどよめきが起こる中、弾かれたように「はいぃぃいいっ!!」と立ち上がった神林はそのまま俺にニヤリとした笑みを浮かべて、手を差し出してくる。こいつ声のボリュームバグってない?
「やはりな、マイフレン」
「No, Thank you.」
軽くその手を払って、立ち上がる。ケツに少しくっついた芝をはたき、
「な、なんで君は——!」
「行こうぜ、神林」
背中をポンと叩き、前方へ向かう。若干、「む……」と押し黙って少し顔が赤くなっていた神林がいたような気がするが気がするだけきっとそう、気がするだけなの。
ってか、本当に俺呼ばれたの? 他にもっとマシな人選あったんじゃないのか。くそっ、そんな選抜されるほど目立っていたか? 空気になることは誰よりも長けていたはずのこの俺がだぞ。
強いて原因があるとすれば午前中だ。あれは主にこのクソ不良品体操着による回避不能の事故みたいなものなんだから勘弁していただきたい。
案の定、五組どころか一組を含んでほぼ全員が俺に視線を向けつつ周りとひそひそ話を交わしている。普通に、「真条」ってワード、漏れ聞こえてきてるからね? これがただの自意識過剰であればどんなに救いだったことでしょうか。
胸を張って歩きたいが、自然と背が丸くなってしまう。かなしみ。気分は収監される直前の下手人だ。機械の身体とは言わない、鋼の心がほしい。
先に前方出てきた男が近寄ってくる。
「ずいぶんと仲良くなったみたいじゃねーか」
おかしそうな様子の生形に恨めしい念と呪詛を送らざるを得ない。なんやかんやでこいつもたしかにスポーツテストは好成績をおさめていたようだったから順当なところか。
ええい、一線越えてきそうな男からの好意なんて誰も求めておらんわ。神林なんて助けるんじゃなかった。
「俺は嬉しいぜ? 神林、昔っからあいつ友達少ないしな」
で、出たー、幼馴染み目線。とりあえず幸せなキスをして爆発してまえ。というか、あれだぞ、ひ、人に対して友達少ないとか言っちゃいけないんだぞ。人は友達などいなくても生きていけるんだぞ。だって、愛しい妹がいるんだもん。友達なんかいなくてもヘーキだし。全然だし。ヨユー。筆箱とか教科書忘れても誰にも借りられなくてみじめな思いとかしねーし。
俺の完璧な理論武装をよそに、続いて神林ともう一人呼ばれた一組の土屋某が前に出てくる。
黒髪センターパート分けで塩顔であっさりしているもののそのあっさりさが逆に良いと、地味にクラスで人気ありそうなタイプとみた。要するにイマドキフェイスとヘアスタイルの持ち主だ。もういい爆ぜていいぞ。とりあえずきたねえ花火になれ。
若干、じろじろと見てしまったせいか、向こうが先に口を開く。
「真条だよな。土屋陸、よろしく」
なにそれめっちゃ土属性じゃん。知らんけど足早そう。土遁の術とか使いそう。グラウンドのエレメンタルの使い手とはな、よもやよもやだ。
一瞬で俺の視界の中を白文字でコメントが右から左に流れていくが、とりあえず挨拶されたので返しておく。こっちが挨拶しようか迷ってるときに向こうから挨拶してくるやつは大体イイ奴(俺調べ)。
「神林が色々迷惑かけてるみたいだな、その、なんかすまん」
え、やっぱイイ奴じゃないか。すまない、俺も才能開花により闇と龍の属性を併せ持つ選ばれし双属性——
「さて、これが選ばれし四名なわけだが」
勝手に仕切り始めた神林と思考が微妙にシンクロしてしまったことに絶句する。もうだめだ世を儚んでしまいそう。
「まっ順当なとこだな、問題は女子側だが」
生形が女子陣をあごでしゃくると同時に、茶屋先生が俺ら同様に呼び込む。
「一組、尾原・御崎。五組、麻倉・黒木」
げげっ、五組は麻倉さんとクロロンさんかよ。昼飯の時のご機嫌斜めが治っているといいが。開口一番に「まだ生きていたの?」とか言われたらどうしよう。宿命のライバルキャラかよ。こちとら文字通り死の淵からよみがえってきてるんでな——、
一組の中から出てきたその人物に目を奪われた。
たなびく白金に近い金髪。白磁めいたその肌は種としての絶対性すら感じさせる。青い瞳は言葉が悪すぎるがそのままくり抜いたら宝石として売れそうですらある。
「……何、アンタ?」
土屋よりなお不躾な視線をぶつけてしまっていたことに慌てて気づく。
「や、な、何でも……」
やばい、キョドってるぞ。吾輩。確実にキョドってるぞ。金髪美少女はダメだって。耐性あるわけないって。そもそも綺麗な子って時点でアウト気味だっつうの純情ボーイなめんな。どどどどど童貞ちゃうわ。
隣の生形に肘で脇を小突かれてしまう。
何事だよとあごと視線で訴えられた方向を見やれば、相変わらず凍てつくような目つきのクロロンさんと、極めて面白いというのが顔に出まくっていた、
「おんやおんや、基ってば、御崎さんにトキメキなう? 相変わらず恋多きことで実に結構」
麻倉さんでした。
やめろォ! トキメキなうとか嬉し恥ずかしワードを軽々しく使わないでいただきたい! 俺をいじらないで、だが興味を持て。けどスマートに受け流せる技量はない。
「ってか、アオイ、誰なのこの人」
「ご紹介しましょう。私の幼馴染の真条基。本日めでたく五組へ転入してきました」
「へぇーアオイの幼馴染ね」
お返しとばかりに、いったん全身を碧眼でもって一閃した後に、主に顔をじろじろと見られる。なんじゃこの外来メス豚風情がと毅然とした態度を取りたいのはやまやまなのだが、むずがゆさに明後日の方向を見るしかない。く、悔しい。
「bel homme。こっちの国じゃあまり見かけたことなかったけど」
ベロ、なんだ? 妖怪人間だって言いたいのか。なんて失礼なアマだ、おのれ……だ、ダメだ、どうしてもこの西洋女に中指を突き立てる事ができん。身体の自由が効かなくなっているというのか。大和魂、動け、動けよぉ。
「ハジメね。御崎・ルグラン・澪亜——」
一瞬だった。
ふわっと香る、きっと、そのなんというか、柔軟剤、じゃないか。なんというか、相当上等な香水のような花の匂いが鼻腔をくすぐり、
頬に暖かさ。産毛と産毛がふれあう、どころじゃなく。肌と肌が触れあっている。
耳元でチュッという音が聞こえ、熱が離れる。
俺の目の前に立って、背伸びしていた彼女は、
「Bonjour」
魔性の笑みを浮かべる。
情けないことに対するワタクシの脳裏には、赤白青のトリコロールカラーな旗がはためき、斜め四十五度になった白馬にまたがったナポレオンが親指をグッと立てて、凱旋門が割れて登場した超巨大リボルバーが鬼連射していた。
「こ、コンゴトモヨロシク……」
かろうじて口に出来たものの、嗚呼、もうこのままFinでエンドロールでいいです。お疲れ様でした。
そんなめちゃくちゃ鼻の下の伸びた表情だったに違いない。そして、
「はい、じゃそこ、お試しコンビ決定で」
教師が口を開いた。