第24話 ”会食は終始なごやかなムードで”
何いってだ、こいつ。
そのままピタッとこちらに寄り添うように近づいてきたので、俺も同じ方向にズレて距離を保つ。なになになになにこれ。
「幾星霜、幾世界を経ても、二人の赤い糸は切れることがありませんでした」
やべーのキタコレ。なんか凄いこと口走ってないですか、電波がめちゃめちゃ飛び交っている気がしてなりません。
よし、に、逃げよう。相手にしようものなら、こちらの頭がフットーしそうだ。いいか、お前が電波を覗く時、電波もお前も覗いていると哲学者が言ってたはずだ。
「先輩?」
しかし、はじめ は まわりこまれてしまった!
もうダメだ、めくるめく電波世界に俺も連れ込まれてしまうんだ。すまん俺も実は元伝説の竜騎士でそのサーバーで三本の指に入るギルドの頭張ってて……、
「あのー、さっきから何やってるんです?」
進行方向の前髪さんのさらにその向こう側に、ややおこな状態で麻倉さんがいた。ずびばぜん。この前髪少女にマインドコントロールされる所でした。
「ん? こちらの方は、」
言いかけて、麻倉さんは今朝の一騒動の渦中にいた前髪さんに気づいた様子で、
「ああ! あなたは今朝の1年生です、よね?」
弾かれるようにさっと身体の向きを麻倉さんに向け、前髪氏は一歩下がる。オウフ。とっさにプレートを片手で持つようにしたから衝突事故は避けられた。がしかし、おかげで前髪氏の背面と俺の前面が密着してしまった。いかんです、意外にも豊穣の地であった臀部さんと俺のプライド棒が化学反応を起こしそうです!
「は、はじめまして……、真条先輩の魂のパートナー、1年2組の伊福部いおり、といいます……」
麻倉さんの口が『Oh...』と動く。俺じゃなかったら見逃しちゃうね。気持ちわかる。どうしよこれ。
そして、「伊福部さんですかー、はじめまして、2年5組の麻倉某」と自己紹介を始めるが、何やら後ろ手がちょこちょこ動いてるようで、
ケツポケットのスマホが震えた。
盆をいったん片手に預けて、もう片方の手で取り出し、画面を盗み見ると、
あさくら『ちょろそう。これ押せばいけそうじゃないですか?』
何を言ってるのこの人。ちょろそうとか。お、女の子がそんなこと言うもんじゃありません! はしたないったらありゃしないわ!
ちゅうかそりゃそうなんだろうけど、腕時計だけじゃなく、スマホの方にもメッセージアプリみたいのに麻倉さんの登録されてるのね。むしろこっちが母艦みたいなもんなのかな。自己紹介の時の台詞とかも過去ログに残ってるし。って、そんなことより……ま、待てよ。これはも、もしや俺史上初に近い、女子の、連絡先、なのでは。
これが、これがリア充陽キャ曰くの女の子から連絡きたわぁってヤツなのか。はじめカンゲキ! もうメッセの内容とかどうでもええわい! あとで記念にスクショ取っておかねばなるまいて。
「もしもーし」
俺が心の内で感動に打ち震えていると、面前で手の平をひらひらされ我に返る。間髪なく呆れ混じりで麻倉さんが、
「まぁとりあえずお腹すきましたし、早く食べましょう。皆さんもお待ちだし」
はよ来いやと全力で訴えている生形&前園、冷めちゃうよ〜とやんわり声を上げている白峰、そして額を押さえてなるべく心の距離を取ろうとするクロロンさん。そんな一角を、
「伊福部さんも一緒にどうぞ」
親指で示すのだった。
× × × × × × × ×
妙なことになったもんだ。いやね、この構図ですよ。妙ですよ。
運良く確保できたという窓際の長テーブルには奥から白峰、生形、俺、そして前髪さん。対面には前園さん、麻倉さん、クロロンさんという配置で銘々が会話に興じつつ昼食に舌鼓を打っている。
や、やべぇ、皆と一緒にメシを食うって経験がこれなのか。自分涙いいすか。BJ定食がさっきから全然減らないのも合わせて涙いいすか。いや、学食にしてはかなりというかムチャウマなのだが、いかんせん量がありすぎる。中華丼の中盤以降の減らなさは異常だろ。
もっとも。自慢じゃないが普段満足に飯を食う生活を送ってないせいか、だいぶ胃が小さくなってるってこともあるんだろう。つくづく人間てのはうまいように出来ている。腹が空けば何が何でも満たしたくなり、腹が満たされれば何も食いたくなくなる。わがままボディとはこういうことを指します。
他方、横目で前髪さんをうかがう。俺の2倍速レベルで咀嚼し嚥下し、またレンゲで白米をブルドーザーじみた動きで削っていた。残すはせいぜい二口分といったところで、おかずもキレイに平らげている。マジかよ。
高校一年とはいえだいぶ小柄な身体によくあれだけのカロリーが収まっているものだ。どういう消化器官をしているのかガチで気になる。
ただまぁこんだけいい食いっぷりをしていると、おじさんあるあるの若い子がいっぱい食べているのを見るのは気持ちが良いねぇと、すぐ量を食わせてくる気持ちもわからんでもない。
掘れば掘るほど出てくるうずらの卵に絶望していると俺の視線に気づいたのか前髪さんは、
じーっと、あごを止めないまま、こっちをガン見してくる。
いや、あの、こちらはかなりさりげなく見ていたつもりなんですが、は、はは
こちらのお嬢さんはまったく大胆なことだよはは。
右頬で視線を受け止めるのに限界を感じ、
「な、なにか……?」
俺が問いかけると同時に、前髪さんの目は俺から少しだけズレる。
向けられたその先をたどれば、我が前方にありしBJ先生である。ちなみに言及しておくと残存兵力は中華丼はおよそ半分、唐揚げ1個。これでも頑張ったとは付け加えさせて頂きたい。バナナを先に食べてしまった自分のわんぱくさにも拍手を送りたい。
ラスト一口を頬張っていたぶんをごっくんと飲み込むと前髪さんは、
「……食べないんですか?」
食べないのではない。断じて。食いたいのだが食いきれないのである。この違いわかるかな? 日本語ってむずかちーね。しかしこんなにも残すのは申し訳ないしもったいない。本当にプラ容器でもなんでもいいから食堂に用意はないだろうか。あとで傷んでポンポンナイアガラになってもいいから自己責任でお持ち帰りさせていただきたいのですが。
依然として視線をBJに向けている前髪さんに、
「……そうね……い、いります?」
思い切り食いかけだし、そりゃいらないよね、なーんちゃってと付け足すより早く、
「先輩のなら喜んで。いくらでも、なんでも、食べます。そう教育されましたから」
あーなるほどね、ちゃんとご飯は残さず食べなさいっておうちで教えられているのか。素晴らしいことだよな。みんながみんな当たり前のようにご飯を食えるわけではないのは、俺が一番よくわかっているつもりだ。
ん?
やけに静かじゃない? と、
ピタと時が止まっていた。これは比喩でもなんでもなく、そう肌感覚というか。事実会話に興じていたはずの麻倉さんたち含めて周囲が、世界が。
え、何この、空気……。時間停止モノのAV的な感じになっている、だと……。いやわかるけど。その反応も当然だと思うけども。
痛い、無数の似たような視線の中でも、クロロンさんのブリザード級の視線がめちゃくちゃ刺さる。
「あ、あはは……や、やるねぇ、はじめん」
ザ・ワールド後、時を動かし始めたのは前園さんだった。待って、ムリなんだけど。え、待って、しんどいムリなんだけど。まさか前髪氏の発言、これ俺が言わせた感じになってない。このままでは切り抜きにされて拡散されてしまう。あとはじめんってなに。いやいや、
「や、待ってくれ。こいつはほらもう俺が手をつけたヤツだから」
あげないから。冗談だから。
ピシッと今度は空間に亀裂が走ったような感覚ののち、一斉に各所がざわめき始める。どうしたんだよ、静粛にしなさーい、裁判中ですよ!
「……最低」
耳が汚れたわと言わんばかりに、ねめつけてくるクロロンさん。えちょ、何この人、おだやかじゃなさすぎでしょ。別に変なこと言ってないと思われなんですけど。なんでなじられたん。
地獄化した食堂の一角。
パンと柏手が響いた。
「はいはい、皆さん食事中ですよー」
「そうだっつの、見世物じゃねーんだ。散った散った」
集まった耳目を大げさな身振りで去ねと散らす麻倉さんと生形の姿があった。すきぇ〜。べ、別にときめいてなんかいないんだからね!