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第11話 “初戦敗退”




 ごめんなさい。


 360度どっから聞いても謝罪の言葉である。他者に対し、自分に非を認めた時に口から出るものだ。


 さて、問題はその非というやつが、わからないことですが。告ったってなんだよ。誰も伝説の樹の下に呼び出した覚えないんですけど。


 なんというべきか、非常に嫌な空気が蔓延まんえんしていた。あたかも全員が心を一つにして、あちゃーと誰かに対し同情を寄せないとかもし出せないような空気だ。


 問題は、……その誰かってのが俺のようなんですけど、でもリアクションが全然取れないんですけど。


「ごめんなさい」


 聞こえなかったのかしらと言わんばかりにロングは俺を見据えてもう一度、頭を下げる。


 いや、だから何、俺が何したの。あんたのお名前も知らん俺が告るはずねーでしょ。


 どうしよと頭を抱えそうになった時、


「――ありゃりゃ、皆さん、この空気、どうしたんですか?」


 わざとらしく音を立てて教室後方の扉が開き、入ってきたのは麻倉さんだった。


 そこで一瞬、思考が停止した。


 落ち着け。落ち着けはじめ。同じ制服を着ている時点で予測はついたろう。前園さんから、「あーちゃん」言われてる時点で察するべきでしょう。だからといって、これからクラスメイツですと一言もらえなかったものですかねっ。


「いやいや、ほんとどうしたんですか? まるで、転校初日に一目惚れした人に勢いで告白して物の見事に玉砕した人間を前にしてるかのような空気ですよ。コレ」


 ぷ、だっさ(笑)


 そんな奴いるのか。思わずツボってしまった俺は、流石に前で吹き出すのはまずいと、顔面の筋肉がつりそうになりながら、笑いをこらえる。転校してきていきなりクラスのマドンナ的存在に告白とか、それどんな少女マンガ。


 ん? 転校初日、……奇遇だな、俺もです。黒木、告られたぞ。いやいや、偶然の一致でしょ、俺の発言の後とはいえ、ねぇ? 総合的に考えて、



 ――え、もしかしてワタクシですか。



「……えーと、あ、あーちゃん! もーひどいよー、真条くんが幼馴染だって教えてよー」


 この空気をどうにかせねばと思ってくれたらしい、前園さんはわざとらしく声を上げる。気遣いかたじけないが、そっちの話題も悪手だ。


「すみませーん。いや、あえて言わない方が面白いかなーなんて思ったりして?」

 

 いいえ、ちっとも面白くないです。


 てかこれまずいな、どうくるんだ。だって、麻倉さんの出方がわからないだろ。いついつの何時何分何秒ごろにパスを出しますって前もって言っといてくれないと、急にボールが来てもシュートを打てないタイプだぞ、俺。


「二人はいつからの付き合いなんだよ?」

 

 窓際男子も、こっちの話題で切り替えていくぞと言わんばかりに推し進めてくる。あの、こんな空気になってんのお前のせいよ。どうしてくれんねん。


「そーですねぇ……」


 机と椅子の波をかきわけて、こちらへやってきた麻倉さんは、隣に並ぶとたじろぐ俺をいたずらっぽくのぞきこみ、


「いつからだっけ?」

「き――」


 あっぶっ、ねーっ! セフセフ、つい反射的に「昨日でしょ」って答えそうになったわ。『俺の幼馴染は、昨日から』ってどこのラノベだよ。昨日から幼馴染ですとかただのサイコパスでしょ、そんなん。インティライミかよ。


 しかし、言いかけた「き」問題である。えーと、き、き、き、しりとりかよ。えー幼馴染、幼馴染ね…………、あれだよね、家が隣同士で、自分の部屋の窓を開けたら夜中でもおしゃべりできて、小さい頃から公園の砂場でお城を作りながら、おっきくなったらケッコンしよーねーみたいなね。


 じゃかしいわ。

 そんな幼馴染はいても、実際は歳が離れてるもんなんですぅ。現実は非情なんですぅ。


「き、9、10、……少なくとも、えー10年以上かな」


 よーし、芸術的に切り抜けた。


「へー、うちらと一緒で小さい頃からってことだね。だって、ねー、あーちゃんが敬語じゃないなんて珍しいよ」

「たしかに」

「たしかに?」


 うっかり肯定してから前園さんに聞き返され、慌てて、


「いや、普通普通。ってか、えっと、な、なにーっ、お前、敬語キャラなの?」


 非常に棒読みくさくなったけど、お前呼ばわりだけど、麻倉さん、許して。だって、他に俺の二人称の選択肢だと「おぬし」とかになるよ? ほんとは「貴公」とか使いたいけど。


 それよりも、今の口ぶりだと麻倉さんの学校生活のノリも出会った時から続くあの軽い調子なのか。全然、掴めんな、この人は。


「そうですよー。って、こんな感じ?」

「どゆこと……」


 マジでそう思ってますからね、これ。俺の知ってる麻倉さんもそっちだけだからね。


「いいか?」


 再度挙手する窓際男子に、えーもう質問は最後っていったでしょーという視線を向けるも、これがなかなか効かない。


「なんでうちなんかに転入してきたんだよ」


 いや、もうそれさっき答えたろ。ふぃ、婚約者フィアンセを探しにきたんだよ。頭おかしいだろ? 笑えよ、ベジータ。


 だが、ベジータもさすがに気づいていたのだろう、さらに一段重ねてきた。


「だからよ、つまり、婚約者フィアンセ探し、ってどういうことだ?」


 うっ、と俺が言葉に詰まると同時に助けは、すっかり存在を忘れていた,


生形うぶかたくん、申し訳ないけどそろそろホームルームも終わりです。気になることは後で休み時間にでも真条くんに聞いてください。他のみんなもです。あとは……そうですね、真条くんの席なんですが」


 救助船こと不二崎ふじさき先生が思案した瞬間、女子全員が覇王色の覇気を出した。なんかブワッてきました。ちびりそうです。新時代こわい。命をかけた賭博場でも、こんなに「来い……っ、こっちに……、来い……っ」というオーラが漂うことはないでしょう。


 これまでも経験があることではあるが、毎度これ心臓が痛くなる。でも泡吹いて気絶しないだけマシなんですかね。


「先生、」


 その時、立ち位置的に先生に近かった麻倉さんが動いた。


「これは提案なんですが、ごにょごにょ」


 俺でも聞き取れないように耳打ちしていた。

 ふむふむ、とカンマ区切りに、なるほどでピリオドを打つようにうなずくと不二崎先生は、やおら、


「そうでした、皆さんにご連絡が遅れました。非常に残念なことに、うちのクラスの矢野くんですが、……ご家庭の都合で昨晩のうちにこの国をちました」


 一拍だけ間が空いて、

 ええええええええ、と一斉に衝撃が走り、


「やのっぴどうした!? 今年こそスポーツチャンバラで全国目指すって豪語してたのに!」とか、

「そういえば、この前、やのっぴ、時代はスワヒリ語って言ってた……」とか、

「だから外国行っちゃったの!? やのっぴ、自慢のグローバル家庭菜園はどうしたんだろ!?」とかコメントが飛び交う。


 いや、俺も衝撃だよ。 何者だよやのっぴ、話だけしてみたいよ。


 と、しかしその時、ちょうど俺にだけ見える角度で、麻倉さんは後ろ手の親指を立てていた。


 ……や、あの、これも、あなたの仕業なの? え、指先一つで国外退去みたいな感じですか。お前はもう、ビザが切れている。というかですね、ちょっとこれ思ったんですけど、もしかして、もしかして不二崎先生、あなた、


「ですからちょうどいい具合に、矢野くんの席があいてますね。真条くん、ではあの席を使ってください。いいですね?」


 優男やさおとこの微笑の裏に潜む、不二崎腹黒説に戦慄を覚えつつ、その指し示された先を見れば、


 息が止まった。


「…………え、そこ?」


 あちらはですね。現在進行形で文庫本のページをめくり、めくるめく書物の世界へ耽溺たんでき中の、黒髪ロング、通称クロロンさんですが、そちらのお隣でございます。


 おいおい、皆さん、あっちゃーって顔してんじゃないよ。物言いつけろ。審判団を呼べ。女性陣、さっきの覇気でなんとかしろ。


 マジで待ってくれよ。あそこの陣形やばいだろ。仮に俺があの位置に収まったとして、まず左にクロロンさん、その前方にあの頭フラワーランド疑惑のある男子でしょ、で、あれ? なんか右隣も空いてるけど、あそこは……、


「まだまだ不慣れなこともあるでしょう。知り合いなようなら、麻倉さん、隣で真条くんをサポートしてあげてください」

「了解しました~。公私共に……なんてね。やだなーもう、皆さん目が怖いですって。大丈夫、()()()、別にそういう関係なんかじゃないんで」


 ――ね?


 初めて基という名を呼んでくれたという感動とか、ハンカチ噛んで悔し涙を流す一部女子に一応思わなくもない罪悪感とか、少なくともうちのクラスにようこそ、歓迎するぜという態度らしい男子勢に安堵したとか、やっぱりそんな一同から完全に別世界にいそうなクロロンさんへの気まずさとか、ごちごちゃした感情をミキサーにかけたジュースよりも何よりも、






 そのウィンク混じりの笑顔は――うっかり見とれそうになるくらいには、


 そら恐ろしかった。


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