第四話 神々の思惑(二)
自決することにあれ程まで躊躇なく出来たことに少し驚いている。雨玄はそう思っていた。
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えもいわれぬ解放感を得て静かに眠っていた。
しかし瞼を貫通し眼球に届くほどの眩い光が雨玄を目覚めさせた。
雲一つない快晴の青空。対象的なまでの美しさが瞳に映る。
「うわっ。」
急に先程まで感じていなかった水の感覚を感じ、飛び上がってしまう。
雨玄は水面に立っていた。
水の中には見たこともないほど大きな魚や、建物が沈んでいた。祝日に飾る赤旗が見える。
下に空間があるのに雨玄の足はしっかりと水面に立っている。雨玄が動いたことによる波紋が水平線の彼方へ消えていく。
ぼんやりと波紋を見つめていた。空と海そして自分、音が無い不思議な空間に一人。
「もし。」
この空間に似つかない花の香りがふわりと香る。雨玄の耳元で無機質な声が聞こえた。
声と間をおかず雨玄の裏拳が空を切る。声のした後ろには誰もいない。
「誰だ!」
「後ろです。」
振り返れば金髪の女が佇んでいる。薄いヴェールが女の表情を隠す。服装も雨玄の見知った女人の服装ではない。
(女?気配が…。気づかなかった。)
本能的に数歩、後ずさる。剣に手をかけようとしたが、普段腰に佩いていた剣は無い。鞘だけが残されている。
雨玄の最期が思い出される。
雨玄は女を睨むが、女は気にする風でもなく無機質な声で喋る。
「記憶があるようで良かったです。」
「記憶…?なんの事だ。」
「貴方に説明する義理はありません。」
パチンッと女が指を鳴らす。
金縛りにあったかのように雨玄の体が動かなくなる。
「なっ……に、を……。」
雨玄の問いに女は答えなかった。
「私は女神アルフリーデ。愚かな人類に慈愛の光を与える者。」
語り慣れたように言葉が紡がれる。
アルフリーデが軽蔑の眼差しで雨玄を見下ろす。
「私に感謝し、過去の行いを悔め。私に二度とこのような事をさせてくれるな。」
アルフリーデの顔に目線を向けていた雨玄の視界が、がくりと下がる。
雨玄は驚き、下を見た。
「あっ…。」
母の笑顔が。
少年のユリウスが。
燃えた故郷が。
血を流す旧友が。
黒い笑顔が。
大きな背中が。
死んだ部下の恐怖の顔が。
誰のものかも分からない血と涙が、
ユリウスの、青白い顔が。
水面に映っていた。
心臓がいやに大きく鼓動する。手で押さえても落ち着かない。身体が上気し立っていられなくなる。
雨玄の視界が暗く閉ざされた。
◆◆◆
ズブズブと水の中に飲み込まれていく雨玄を見ながら慈愛神、アルフリーデは嗤う。
「せいぜい上手くやりなさい。人間。己の為、そして私の為に。」
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