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金蘭の友にもう一度  作者: 文 透色
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第三話 神々の思惑(一)

 構えられた剣が乾いた音を鳴らす。彼の表情は先ほどより幾分かマシになった。


 剣が振るわれる。夕焼けの紅い光が反射する。


 最後に聞こえたのは彼の謝罪だっただろうか。




   ♦︎♦︎♦︎



「──────。」


  明るい。目を閉じているのにそう感じた。ぬるま湯の中に沈んでいるようで体が動くのを拒否するほど微睡んでいる。しかしそれを打ち消すほど鮮明にユリウスの耳は声をとらえた。


 重かった瞼を上げる。そこは間違いなくこの世とは異なる場所、異世界だった。


(死後の世界とは思ったより暖かな場所なのだな。)


 死後は天国に行くか地獄に行くかの裁決が行われると教えられていたユリウスにとって、この世界は理解不能だった。


 先ほど水の中に沈んでいたような感覚とは異なり、しっかりとユリウスは自らの足で立っていた。その間ユリウスを目覚めさせた声はずっと呼んでいる。


「こっちだ。はやく来い。」


 聞こえてきたのはまだ声変わりが来ていないような少年の声だ。よくわからない場所で、すがれるのはその声の主だけだった。


 辛く感じなかった。時間の感覚も狂っているように感じる。辿り着いたのはすぐだった気もするしかなり歩いたようにも感じる。


 小さな石のステージがあり周りに柱が並ぶ。ステージには小さな妖精を守る、金髪の女神の姿が描かれていた。


(ルトワールー神殿と同じ壁画…。)


「遅かったな。」


 壁画に気を取られていたユリウスに上から声が降りかかる。


 見上げれば柱の一つに腰掛けこちらを見つめている少年がいた。


(遅かったのか。)


 申し訳ないとかそういうことは微塵も思わず。そう心で呟いた。


 なんと返せばいいかわからず、ユリウスは押し黙ってしまう。


 つまり無視を決め込んだ様にしか見えないユリウスに少年が怒って降りてきた。銀髪が舞い、濃紫の神官服らしき服がバサバサと音を立てる。青紫と金色が瞳の中でマーブル模様を作る不思議な色彩の両眼がユリウスを睨みつける。


「なんか言えよ!こっちはな、わざわざ休みだってのになぁ、あの世で消されそうになってたお前の魂引っ張り出してきてやったちゅーのに感謝も何も無いんか⁉︎あぁ⁉︎」


(別にもうこの世に未練など無いのだから、そのまま消滅させてくれればよかったのに。)


 無機質な瞳でユリウスは少年を見下ろす。


 同じ高さに立つとユリウスの方が少年より頭一つ半程上背がある。


 はっと、そんなくだらないことに気づいた少年はユリウスとの身長を超せる高さまで浮き上がる。


 その仕草に昔の記憶がフラッシュバックする。ズキッといたんだ頭を片手で抑え、平静を装う。


「まぁ、ええわ。気ぃついたらこんな場所におって混乱しとったって事にしといたるわ。俺は優しいからな。」


(そういうことにしておいてもらおう。)


「それに謝ってもろても、もう二度と会わんし。」


 こっちが本音のようだ。


「それに自分、こんな事して油売っとるわけにはいかんのやわ。」


 それを言うや少年が袖を振る。ユリウスが反応するより速かった。鈴の音が鳴ったと思うと少年が消え、風が巻き上がる。瞼をあげれば目の前にユリウスをつむじからつま先まで写せる大きさの鏡が現れる。


 鏡にオルダシア語が映し出される。

【ユリウス・ローデンハルト。オルダシア皇国総大将。享年二十八歳。】

「なんだこれ……。」

 鏡に触れる。ユリウスの脳内に電撃がはしる。ユリウスはすぐに身を引こうとするが鏡に触れた右手が動かない。

「お前の誤ち、後悔、その全てを思い出せ!」

 少年の声が耳に響く。

 鏡が水面のように波打ち、景色を映し出す。

「あっ……。」

 森の中にひっそりと佇む白の屋敷。ボロボロなそれはユリウスの育った家である。今はもう無い家が鏡に映っていた。

 せき止められていた記憶が流れ込む。ユリウスの家族が鏡に次々と映し出される。流行病で高熱を出して死んだ弟。戦で帰らぬ人となった父。失踪した一の兄。幼いユリウスを守ろうとして働き詰めて死んでしまった二の兄と母。


 ユリウスを逃がすために死んで肉の盾として死んでいった部下が仲間が。


 黒髪の親友が映る。その黒の瞳がこちらを見つめて何か叫ぶ。


 こちらに走ってくると思うと鏡がまた波打ち、右手も離れる。


 鏡は顔面蒼白のユリウスを映し出す。


 しかし鏡に映るユリウスは二十八歳の姿では無い。まだ剣士になったばかりの十代の姿だった。しかしその姿も長くは続かない。どんどんと年が若返っていく。それに合わせて服装もクルクル変わる。軍服から袖の長い貴族服に、貴族服から剣の修練の時の練習着に。買う金がないからと兄の大きすぎるお下がりの服に。


「おいっ!これは何だ!?」


 ユリウスは少年に対して怒鳴る。声変わり前の高い声で。


 少年は姿は見せなかったが、声が降ってくる。


「そう怒んなや。映ったんは全部ホントのことやろ。自分も諦めたんでほっといて貰えます?みたいな態度取りおって、ムカつくんよ。その自分がいちばん不幸なんですみたいな顔が!」


 暖かいオレンジ色だった世界の空が割れる。オレンジが赤色に染まり、少年の怒りが世界に影響しているようだった。


「でもなぁ、感謝せぇよ。お前は戻れる、選ばれた。一回だけやり直せる。お前が上手くやれば、俺も助かる。」


「どういう意味だ!?」


 少年は答えない。


 その間にも世界の崩壊が進み、割れ目が広がりこの世界を飲み込もうとする。


 その現象に動けないユリウスの背後に少年が降り立つ。その顔色は酷く青白かった。


 その顔色に声を発する前に少年が苦しげに叫ぶ。


「行け!」


 割れ目に向かって突風が流れユリウスは為す術なく割れ目に吸い込まれていく。


「うわあぁぁぁぁ!」


 真っ黒な世界に放り出されたかと思えば、眩しい光がユリウスを包み込んだ。




   ◆◆◆




 割れ目がゆっくりと修復され、領域の色も普段のオレンジ色に戻るのを眺めながら少年、クフォルは呟く。


「しゃんとせぇよ、ユリウス・ローデンハルト。あんたにかかっとんのや、俺もあの方も。しっかりやりや。もしヘマしようもんなら天からどついたるで。」


 クフォルは息を吐くと、力なくその場に倒れた。

読んでくださりありがとうございます。

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