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なにもかもが急降下


「あなたに再び生きる時間を与えましょう」


 唐突な他者の存在に、ものすごいびびった。


 だってさっき見回した時は、誰もいなかったんだぞ。



「はい?」



 振り向くと──空中で方向転換って意外とむずい──後光が差してるきれいな女性が、俺と同じように空に浮いていた。


「こちらの手違いであなたは死んでしまったので、お詫びとして特別な力を与えて、他の世界に転生させてあげましょう」


「うん?テンセイ?」


 転生って魔界転生とかなんかそういうやつ?あれはテンセイじゃなくテンショウか。


「阿部陽一としてのあなたは、もう死にました。新しい世界で新しい人生を歩むチャンスを与えます」


 俺の反応が薄かったせいか、白っぽい銀髪を揺らめかせてその女性が繰り返した。


「死んだ後に行くってことは、天国ですか?」


「いいえ、別の世界ですよ。根本的な法則は同じだけれど、魔法があり科学はあまり進んでいない世界です。そこであなたは特別な力を持ち、全く違う存在としてやり直せるのです」


「…?申し訳ないのですが、あなたの言っていることが理解できません。特別な力?その力でなんかやれってことですか?」


「飽くまでこちらの不手際のお詫びなので、自由に生きて構いません」


「いや、普通に死んだら行く場所でいいですよ。あんま良いことした覚えもないけど、地獄に落とされるほどの罪を犯した覚えもないので、多分天国だと思いますが」


 理解出来ない契約は結ばない。


 社会人としての鉄則だ。


 転生だの魔法だの、何一つ理解出来ない。


「…あなたのいた世界での信仰上の"天国や地獄"は、存在しません。本来なら死後は無になるのです。ですが、あなたはこちらのミスで命を失ったのでお詫びに別の世界での…」


「あの、すみません。あなたはどちら様ですか?」


 似たようなこと繰り返されるばかりなので、遮るように質問してしまった。


「この世界を統べる女神です」


 うわあ。自分で女神とか言っちゃうやばい人だ。美人だけど頭が残念な人なんだろうか。


 …でも、この場所自体リアリティがないんだから、女神サマがいてもおかしくないか。


 感覚的に夢じゃないとは思うけど、五感だって神経が脳に送ってるだけのただのシグナルだ。頭打った時に、そこらへんの何かが狂ったのかもしれない。


 うん、まぁ夢なんだな。


「別の世界には興味がないので、元居た世界に戻して下さい」


 きっと俺は歩道橋から落ちて、今も病院のベッドかなんかで寝てるんだろう。


 みんな心配してるはずだ。早く目覚めたい。


「それは出来ません」


 女神サマが即答する。


 そもそも俺は無神論者だけど、一応仏教徒に分類されてるはず。葬式は多分和式だろう。だから、こんなギリシャ神話みたいな女神が出てくるのは変だ。


 おかしいだろ。


 やっぱり夢だ。ていうことは、この意味不明な問答は、俺の脳内で繰り広げられてる茶番劇。


 俺は生まれ変わりたい願望でも持ってたのか?


 思い当たる節はあるな。だって住所不特定無職になったばっかだし。


「世界には法則があります。それに反することは出来ません」


「俺を別の世界で生き返らせるのは、法則違反にならないんですか?」


「なりません」


 なんというご都合主義。まぁ夢だからな。


「そっちのミスで死んだってことは、歩道橋の上で俺を突き飛ばしたのはあなたってことですか?」


「違います。ただあなたは、あの時あの場で死ぬ運命ではなかった、ということです」


 運命ね。大嫌いな言葉だ。


 うちの会社が潰れて路頭に迷ったのは運命のせいってか?


 今まで頑張ってきたことは全部無意味で、運命ってやつのせいで俺の人生めちゃくちゃになったってか?


「まぁ分かりました。どうでもいいです。戻れないなら"無"でいいです」


 俺が切り上げないと、この下らない問答が続きそうだ。


「それは出来ません」


「いや、別の世界だかなんだか知りませんけど、どんな場所かも分からない、言葉も通じない、文化も違う世界に放り込まれても困りますって」


「あなたの元いた世界に近い環境と文明で、言葉も分かるようになります」


 ご都合よすぎてバカっぽい話になってきた。こんな夢を見る自分の知能を疑ってしまいそうだ。


 俺はもう目覚めたいんだよ。


 目覚めた後にまた、ひどい日常に戻るとしても、培ってきたものがあるんだ。


 ちょっと休憩したら、また立ち上がるつもりだったんだよ。


 多分この夢は、俺の弱さが見せてるものだ。


 新しい世界でやり直すだ?


 人生はリセットできないって知ってるから、俺は必死にやってきたんだよ。



「どうか恐れないで。あなたのその意思の強さと運命に抗う力は、そのまま無に帰すにはあまりに惜しい才です。新たな世界で再び生を歩むのです」



 穏やかに微笑む女神が、静かに手を広げる。


 まさに慈愛の笑みだ。


「これから行く世界で、あなたは幼い体に生まれ変わります。ですが大丈夫です。あなたの周囲には、あなたを愛し守る存在が、必ずいます」


 ぐらりと体のバランスが崩れる。


「うおっ。幼い体って!?ていうか落ちっ…」


 立ってるわけじゃないから、体勢を持ち直すことが出来ない。


「ここは神域。人間であるあなたは、長く留まれません」


「留まれないってっ…ちょっ…!」


「肉体の育成に伴って、魔法を自由に使えるようになるはずです」


「いや、だから今ー!俺ー落ちてんですけどぉ!」


 上下左右も分からない空間だったけど、自分が落ち始めて"下"が分かった。


 どんどん落ちるスピードが上がってるみたいだ。


 女神サマがかなり上に見える。


「おーちーるうぅぅぅ」


「新しい世界で、自由に過ごして下さい。どうぞ二度目の人生を幸せに…」


 女神サマの言葉の最後らへんは、やっと聞き取れるくらい遠のいてた。


 そして俺はそのまま落ち続けた。

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