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俺、別世界から来たんだ

 誰だって矜持の一つや二つあると思うけど、俺にもある。

 


 信用と借金は同じだと思ってる。



 金を貸す時は、返済を期待せず貸す。

 信用する時は、裏切られてもいいと思って信じる。


 要するに、あげても構わないと思える相手なら金を貸すし、裏切られても許せる相手は信用する。


 「金返せ」って催促したくもないし、「信じてたのに」って相手をなじりたくもないからだ。


 世知辛い考え方だけど、そうやって俺は、金と心を守ってきた。お陰で金のトラブルもないし、誰かに騙されたこともない。


 そんな俺が、イヴのことは信じようと思ったんだ。


 ここに転生してからまともに関わったのが、イヴだけだったから心細くて拠り所を求めただけかも、って自分でも何度も自問自答したさ。


 その結果ちゃんと冷静に考えて出した答えだ。正確には彼女を信じた、というより、彼女になら裏切られても構わないと俺は結論を出した。

 

 それくらいの恩は、もうもらってる。

 

 まぁ、イヴが私利私欲の為に、俺を裏切ることが想像出来ないのも、当然理由の一つだ。


 だから俺はイヴを信じる。信じてるから、全てを話そうと思う。



 かすかにと水音がした。イヴが起きて風呂に入ってるらしい。

 

 しばらく後にイヴが出てきた。長くて真っ黒な髪が、まだ濡れたまま横に流してある。


「食事にしますか?」


 顔合わせてすぐに俺の世話しようとするって、もう尽くしすぎじゃない?俺居候だよ?


 この世界の5歳児って、そんなにマメにエサあげないと死んじゃうとかなの?


 完全放置されたと思ったら、次の日にはかいがいしく世話してくれるイヴは、根本的にマイペースなんだよな。


「まだ大丈夫。先に髪乾かしちゃいなよ」


 イヴは椅子に腰かけて、髪を荒い布と櫛で整えはじめた。乾いててもツヤッツヤだけど洗い髪ってやばいな。


 いつも見えないうなじとか見えちゃって色っぽい。


「…コホン。話があるんだけど」


 妄想を振り払うように俺はイヴに声を掛けた。


「はい」


 普段どおり無機質で人形みたいなイヴの顔。


「えーと…」


 どうやって話そうかある程度考えておいたはずなのに、イヴの色気で全部吹っ飛んでた。


 俺の脳みそスペック低すぎない?5歳児だから?


「俺、別の世界からきたんだ」


 もういいや。回りくどく言ってもしょうがないし。


 じっと目を合わせたまま、イヴの反応を待つ。


「だから不思議な喋り方をするんですか?」


「えっ」


 予想以上に斜めな反応だった。


 驚く風もなく、いつも通り平然としてるイヴにこっちがびっくりしたよ。こういうことって、この世界でそう珍しくもないのか?


「ふ、不思議な喋り方って?」


 ていうか今更気づいたけど、なんで普通に会話出来てるんだ?日本語通じる世界なの?


「唇の動きと発声が、伴っていません」


 なんですと!?どういうこと!?


 慌ててバスルームに駆け込み鏡を覗き込む。


 使った直後とは思えないほど綺麗に片づけられたそこのほのかな残り香に、俺の鼻腔は敏感に反応したが今はとりあえず確認だ!


 鏡を睨みつけるととりあえず喋ってみた。


「…こんにちは」


 普通に俺の唇は"こんにちは"と動いた。

 

 なんだよ。普通だよ。不思議ってどういう‥‥‥


 そこで気付く。俺が今喋っているのはガルナ語なのか!?


 唇は日本語をつむぐ動きをするが、吐き出される言語はガルナ語になってるなら、そりゃちぐはぐだわ。


 吹き替え映画みたいなもんだ。口の動きと声が別。俺の耳には、日本語として聞こえてるから、これは自分自身じゃ絶対気付けなかったことだ。



 え、これをずっとイヴは気付いてたの?

 不思議な喋り方だな~って軽く流してたの!?

 

 大丈夫?君の違和感生きてる?


 でもおかしいな。イヴもガルナ語を話しているはずだけど、唇の動きは日本語に見える。そうじゃなきゃ俺だって気付いたはずだ。


 頭が疑問符で埋め尽くされながら、イヴのいる部屋に戻った。


 イヴはいつものようにポットに暖かいお茶を淹れてくれていた。


「……イヴは言語翻訳する魔法って知ってる?」


 魔法でいいんだよな?だって地球にはなかった能力だし。


「いいえ」


 イヴの答えはいつも簡潔で、情報量は多くない。


「え…っと、俺その言語翻訳?の魔法?を女神から?かけられたっぽい?多分?」


 俺も理解出来てないからハテナだらけだ。


「‥‥‥」


「‥‥‥」


 どう説明を続けていいか分からなくて黙ってしまった。

 イヴも黙ってるから沈黙が重い。


「本来のアベルは、ガルナ語を話せないということですか?」


「…うん」


「私の唇は、アベルが理解出来る言語の通りに動いているのですか?」


「うんうん!」


 すぐそこに機知がいくとは、さすがイヴだよ。出してくれる情報量少ない癖に、自分は少ない情報量で察しすぎだよ。


「おそらくですが、人間固有ではない魔法だと思います」


「どういうこと?」


「人間の言語を発声できない造形の口を持つ者も多くいます。そのような種族が持つ魔法ではないでしょうか」


 確かにね。


 安直に想像するけど、魚とか虫タイプの種族いるなら、人間の言葉をあの口で喋るのは無理だよね。


 うん!よーくわかった!


 あのクソ女神、俺に動物用の魔法かけやがった!


「相手の唇の動きが、アベルの言語の発声に見えるのは、声が無い時でも、理解する為かもしれません。ジェスチャーの一種として"翻訳"されているのだと思います。対話はいつも音が伴うとは限らないです」


 ふむ。その付加効果は悪くないな。上手く使えば声の届かない距離でも、情報を得られる。


 そりゃ便利だ。でもそれってスパイ?とかあんまりよくない行為に使われそうだ。



 え?でもそれはまずくない?


 ただでさえ別世界から来ましたーとか言っちゃったあとに、動物だかスパイだかの魔法持ってるとか、確実に危ない奴だろ。


 おそるおそるイヴを伺うと、目の前に異世界のスパイかもしれない5歳児がいるのに、ゆったりお茶飲んでる。


 感情どころか、違和感も危機感も仕事してないよ、この子。


 それにしても欠陥ひどくない?この魔法。


 イヴみたいに色んな意味で無関心な子じゃなかったら、絶対変に思われてたよね?俺の唇も、ちゃんと言語に合わせて動いてくれてたらいいのに。


 いや魔法だろうがなんだろうが、勝手に自分の体動かされるのは、ちょっとキモいな‥‥‥。



 ていうか、いつかはこの世界の他の人間たちと交流したいし、このままはちょっとまずい気がする。


 思い返せば、言葉少ないイヴの言葉にもほんの少し違和感があった。例えば"微生物"や"ジェスチャー"なんて言葉だ。


 日本人ではないイヴが、生物学的用語や日本で使われる外来語を使うのは、ちょっとおかしいと思う。



 これは多分、言語翻訳の魔法がイメージを言語に変換するタイプだからだ。


 俺の記憶の中の似ている物や、ニュアンスが近い言葉に自動で置き換わっているんだと思う。


 そういえば、イヴとの最初の会話の時、その言葉の意味を理解するのにちょっとラグがあった気がする。



 イヴがすっと立ち上がった。タオル代わりの布を畳んで裏に行こうとしてるから洗濯でもする気かな。


 っていうかかなり大事な話してたはずなんだけど。


 会話が途切れたら終了、とすぐ思っちゃうのどうかと思うよ!?


 なんかもっとこう好奇心とか興味持って欲しい。俺に。俺との会話に。

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