九話 少女の追憶 その3
それからいくつかの太陽と月を見届けた私達の元に、一匹のプチスライムが現れた。
プチスライムはいつの間にか家の軒下を寝床としており、少し観察してみるとそこで生活を始めたようだった。
突然現れた魔物に当初は警戒していた私達であったが、スライムがこちらを敵視していないのは一目瞭然であり、警戒を解くのも時間の問題だった。
そして、野生下で人を恐れないというこの珍しい魔物を、私達は家に迎え入れる事にした。
命名は私が務め、彼の名前は『プチ男』君となった。
私はまだ自分の魔物を持てるような実力などなかったため、プチ男の主人は必然的にマモマスターであるクボタトシオとなった。
(プチ男が彼に服従するような態度を見せた事により、クボタが魔物使いであり、尚且つマモマスターであると判明したのだ)
後に、この判断は正しかったと分かった。
彼の登場によりクボタトシオが変わり始めたのだ。
クボタトシオは自分の部下とも言える魔物を持った事により、次第にその目は愛欲越しに見る私よりも、小さくぷるぷるとした球体を映すようになっていった。
そして彼は自らが魔物使いだと言う自覚を持ち始めたのか、その職業や依頼について興味を示すような発言が増えた。また、現在の自分が無職同然である事を恥じるようにもなった。
それからまた数日が経った朝。いきなり「漸く面接まで漕ぎ着ける事が出来た」と言ったクボタトシオは、プチ男を連れて街へと向かって行った。
その相手は何と、Fランクの剣士であるナブスターだと言う。
恐らく面接と言うのは彼とアライアンスを組むためのものだろう。最近、たびたび外出していた理由はこれだったようだ。
確かに、私から見た彼の印象は決して良いものとは言えなかったが、こうして家計を助けようとしていた彼の後姿を見送った今ならば分かる。
多少の欠点はあるが、悪い人間ではなかったのだろうと。
だが、彼は戻って来なかった。
代わりにまた別の人物がプチ男と、ギガントトロールを連れて私の前へと現れたのだ。
その人物は迫り来るギガントトロールを前にして、自らに纏わり付くプチ男を放り投げ、彼だけは助けようとするそ素振りを見せた。
その後にちらりと見えた彼の横顔は、その目は。
目前に迫るギガントトロールだけではなく、全ての物事に対して諦めているかのような光を放っていた。
しかし、それでいてどこか穏やかでもあった。
私にはとても、とても不思議な人物のように思えた。姿形こそ『あの人』や『クボタトシオ』と酷似しているにも関わらず。
そして私は、この人こそが彼の言っていた魔物使いだと、何故だかその時確信した。
……そう、これが『クボタさん』だ。
それからの日々は今でもはっきりと思い出す事が出来る。
あの日から主人の去ったこの家には新たな主導者と可愛らしいトロールが加わり、家族は四人となった。
クボタさんは達観した人なのだとばかり思っていたが、少々抜けている所もあり、何より私にも、魔物にも分け隔てなく優しかった。
そのうちに気付いた。この人は達観していたのではなく、心に闇を抱えているのだと。
そして、ここでの生活によってそれが癒されつつある事にも気付いていた。
何故ならば、私もそうだったのだから……
どうして、こんな大切な事を忘れていたのだろう。
そうだ。
この人が魔物だろうが何だろうが、構わないではないか。
私を明るい未来へと導いてくれる、心優しい、大好きな師匠なんだから。
「コルリスちゃん?」
目を閉じて追憶に浸っていた私を、まだ言い訳をしていたらしきクボタさんが呼び戻した。
「……クボタさん」
「な、何?」
彼はびくびくとしながら返事をする。
それを見た私はついつい、笑ってしまった。
「フフフ……クボタさん、やっぱりあれは私の気のせいだったかもしれません。それより、お腹空きません?」
「え?……あ、ああ!すごく空いたよ!
じゃあ俺、皆を起こして来るね!」
私は話題が逸れた事に喜び、大急ぎで皆の元へと向かう彼の後姿を眺めながら、またとある日の事を思い出していた。
ジェリアに彼が勝利したあの日。
彼女が気絶すると共に去って行った、クボタさんの頭上を飛び回るあの光……
『あの人』の事を。
『あの人』へ。お元気ですか?
貴方にはとても感謝しています。だからまた会えた時、いっぱいお話ししましょう。
貴方のお陰で出会う事の出来た、優しく不思議で、まだ稽古をつけてもらうにはちょっと実力不足な、私の師匠のお話を。
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