七十二話 忘形見 その2
簡単なあらすじ『さあ!アルヴァークの息子の元へ!』
驚いた……かなり驚いた……
この魔物が、いや彼が、元々は人間だったとは。
しかもその名前は、俺の元いた世界の方にいそうな人名……もしそうだとしたら、一体彼はどうやってここへ?
等々、考え込んでいた俺であったが、それを質問するかどうか悩んでいるうちに、気が付けば目的の場所へと辿り着いていたようだ。
そう。
アルヴァークの忘形見の元に。
〝着いたぞ、アルヴァークの息子はこの先にいる〟
彼……おザキ様は言い、一つの大きな扉の前で立ち止まった。
その扉も部屋にあった家具達と同じく、古めかしいものではあったが同時に恐ろしい程頑丈そうであった。
恐らく、この頑強な扉に守られていれば息子は安全だとアルヴァークは考えたのだろう。それと、おザキ様も。
〝私はここで待っているよ。これからどうするかを決めるのは、いや、決められるのは君達だけなんだからな〟
おザキ様は再び口を開き、俺にそう言った。
やや突き放すような物言いだったが、表情と、そして口調は優しげである。
まるでそれは無骨ながらもその者の行方を案ずる、『息子を送り出す父親』のような表情だった。
「分かりました。では、行ってきます」
そうして俺は戸惑う事なく扉に手を掛け、それを押し開いた。
彼のあの言葉、あの表情……
そのお陰で、俺では力不足だと思われるこの大役の第一歩を、ややリラックスした状態で始める事が出来た。そんな気がする。
もしかすると彼はこうなる事を予測した上でそう言い、俺の背を押してくれたのかもしれない。
扉の先、そこにあった部屋。
それは静寂に包まれており、時が止まっているかのようだった。
部屋は俺が目覚めた時にいたものよりも2畳程は広い。
その上家具と呼べるものは絨毯しかないので、その部屋はより一層大きく、広く、ただ寂しくも感じられた。
アルヴァークの息子はすぐに見つかった。
彼は今、部屋の隅で縮こまっている。
目測だが父親よりも2回り、いや3回り程は小さいはずだ。やはりまだまだ子供、という事なのだろうか。
(まあ良い、とりあえず声を掛けなくては……俺の言葉は分かるだろうか?)
そう考え、一歩踏み出した俺の靴音が部屋内部に木霊する。
すると、それを聞いてアルヴァークの息子は起き上がり、漸く俺にその全貌を曝け出した。
「…………!」
俺は息を呑んだ。
その姿が、夢で見た彼の父親と瓜二つだったからだ……〝ある一部〟を除いて。
鷹のような黄色気味の目玉。
頭部にある2本の太く、短い角。
凛としたその顔。
そして、玉蜀黍色の体。
そのどれもがアルヴァークの持っていたものと酷似している。どうやら彼の息子は父親似だったようだ。
しかし、気になったのはその翼だ。
それは〝片方〟しかなかったのだ。
欠損しているのは彼と相対している俺から見て右側の翼である。それにしても……どうしたと言うのだろう?魔物や人間との戦いの中で失ったのだろうか?それとも、生まれつきこうなのか?
まあ、そんな事は俺の知る所ではないが……
なるほど確かに、これでは〝残して行った者〟が不安に思うのも頷ける。
ドラゴンとしては生死に関わる問題だと思われる、『空を飛ぶ事』が出来ないのだから。
そして、それこそ彼が守り続けられている理由なのであろう。
そうか、そう言う事だったのか。
だからアルヴァークは俺に彼を託したのか。まあ、息子がこうであっては心配もするだろう。
……などと考えていると、不意にアルヴァークの息子がゆっくりとした歩調で俺に近付いて来た。
それを見、俺は後退りした。
いくら彼の息子とは言えその者は魔物であり、尚且つ俺よりは充分、デカいのだから反射的にそうしてしまったのだ。
要するに……『ちょっと怖かった』のである。
情けない事だがな。
だがそんな俺を見ても尚、彼は前進を続ける。
敵意は無いと思われるが、やっぱりちょっと怖い。
そうして彼は前進、俺は後退を続けるうちに、とうとう俺の背後には壁が……遂に退路は断たれてしまったのだ。
これ以上、逃げる事が不可能となった俺の前に、ドラゴンの顔が、口が迫って来る。
一体何がしたいのだろうか?
こんな時、会話が出来ないのを非常に口惜しく感じる。
もしかして、俺を餌だと思っている……って事は無いよな?
「ちょ、待ってくれ!一旦!一旦離れようか!?な!?」
俺は前方に両手を突き出し、それで顔を覆い隠すようにした。
虚しく悲しい、最後の抵抗という奴だ。
それも、〝喰われる側〟のな……我ながら恥ずかしいものである。
だが、そんな事言ってる場合では…………あれ?
突然、右手に温かいものを感じた。
それに気付いて閉じていた目を開けると、何とそこには、アルヴァークの息子が自身の頭を押し当てていたのだった。
その後で彼は俺の服に、肌に顔を押し付け小刻みに息を吸っては吐いてを繰り返す。どうやら匂いを嗅いでいるようだ。
暫く彼はそうしていたがいきなり動きを止めると、両の瞼を固く閉ざした。
そして……
そこから一筋の涙が、彼の頬を伝い落ちるのを俺は見た。
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