九話 地獄の大〝ガマ〟
その日、俺は大きな地響きで目を覚ました。
「な、何だ!?」
急いで家から出ると、そこには……
宝石を悪趣味に散りばめた、シックだったであろうスーツを着た小柄な少年と、その執事らしき老年の男性。
それと巨大な人型の魔物という、奇妙な組み合わせの三人……いや、二人と一匹組がいた。
「ん~、今回も楽勝かな。
初めまして!
僕はロフター、貴方の決勝戦の対戦相手です!」
(聞こえてんだよなぁ……)
「こらこら坊っちゃま。
失礼、貴方がクボタ様ですね?」
「あ、はい。そうですけど」
「まずは突然の訪問と失言をロフター様に代わってお詫び申し上げます。私執事のトーバスと申します。
今回どうしても、坊っちゃんがクボタ様にお会いしたいと申しまして」
「クボタさんがコイツを見て早めに棄権した方が、闘技場まで行く手間が省けてお互いラクですからね!」
「坊っちゃま!」
トーバスと名乗った執事は大変恐縮といった様子で俺に頭を下げ続け、ロフターと呼ばれたクソガキは、これまたクソ生意気そうな表情で失言を連発している。
このガキの性格の悪さは恐らく天然ものだろう。
俺は性善説を推しているだけに少し残念な気持ちだ。
それに引き替え、この執事は大変に良く出来た人物のようだ。
この人は身の回りの世話なんてしなくてもいいから、ロフターに毎日爪の垢を煎じて飲ませる仕事に転職した方が良い。
「だって本当の事だろう?
さあ!君も挨拶するんだ!」
ロフターがそう叫ぶと、今まで不動を決め込んでいた太山が巨体を揺らして屈み込んだ。
「グルルルル!」
そのまま巨大なトロールは犬歯を剥き出し、挨拶している者とは思えないような唸り声を上げ……
そして、何かに気が付いたらしく目を見開いた。
「あっ」
だが、それはこちらも同じだった。
俺もある事に気付いたのだ……コイツが。
この前、俺が小便を掛けてしまったあのトロールだと言う事に。
「グォオオオ!!」
次の瞬間、空気を震わせる程の爆音が周囲に響き渡り、俺の頭上から巨大な掌が降って来た。孫悟空から見た釈迦の掌はこのくらいだったかもしれない。
(終わった……)
だが、途端に始まった俺の走馬灯と、トロールの一撃……それを同時に止めたのは。
「やめなさい」
トーバスの鋭く突き刺さるような一声だった。
すると、緑の巨人は即座に俺への攻撃を中断し、〝本物の〟主人へと首を垂れる。
先程までは野蛮にしか見えなかったトロールだが、意外にも躾はきちんとされていたようだ。
「坊っちゃま、もう気が済んだでしょう?
さあ、帰りますよ。」
「あわわわわわ……」
「クボタ様、本日の非礼重ね重ねお詫び申し上げます。それではまた」
そう言うとトーバスは腰を抜かしたロフターを背負い、大地にこれまた巨大な足跡を残すトロールと共に、文字通り嵐のように去って行った。
「…………」
ロフターはともかく、あのトーバスという男。
一流の執事のようだが、魔物使いとしてもかなりの実力者であるのは間違い無いはず……本当に、あんなクソガキの執事をしているのが不思議でならないくらいだ。
そしてあれこそが、対戦相手である、と……
流石、Gランクとは言え決勝戦と言う事なのだろうか。
以前、ルーがあのトロールを倒すのを目撃してはいるが、ここで油断すれば俺は敗北への片道切符を掴む結果となる可能性が高いと見た。
……彼女はまた、勝てるだろうか?
練習の他に何か出来る事は無いだろうか?
プチ男では体格差があり過ぎるため、試合に出すのは必然的にまたルーになる……だからこそ、俺はそう心配せずにはいられなかったのだ。
「むぅ!」
すると、その時突然にも厩舎からルーが飛び出して来た。
これは、噂をすれば影とやらと言う奴か……まあ、それはともかく。
どうやらルーは先程の地響きで眠りを邪魔されてしまったらしく、少々機嫌が悪いように見える。
そんな彼女の髪はボサボサ。
体には何かと戦った訳でも無いのに生傷が多い。
いつもそこら中を駆け回っているからなのだろうが、これではまるで野生児だ。
ん?戦い……そうだ!
俺はこの子が、他の魔物と戦っている姿を殆ど見た事が無い。
これではいくら実力があったとしても、それがどの程度なのか把握するのは困難であろう。
それならば……よし、決めた!!
今日は実戦をやろう!!
何でも良いから魔物討伐の依頼を受けるんだ!!
そうすれば報酬も貰えて一石二鳥……って。
そう言えばルーが声を出したのって、初めてじゃないか!?
「クボタさん……そんな事をやってたんですね。
それは襲われて当然ですよ……」
道中、コルリスに軽い雑談のつもりで俺と例の巨大なトロールとの出会い(?)を話したのだが、彼女はドン引きしていた。
何故かと言われればそれは勿論、俺がとんでもない事をしでかしていたからだ。
何せ、小便を掛けただけでも敵対する者としての明確な意思表示であるにも関わらず……
加えて、トロールが森の中で〝二匹っきり〟でいたという点から、コルリスが推察した所……
俺はどうやら、彼のプロポーズを邪魔してしまったらしいのだ。
ただ、それがあったお陰でルーは、ドラマとかでよくある結婚式での『ちょっと待った!』みたいな事をした俺に惹かれ、人生を共にしようと決めた可能性が高いのだと言う。
そう、だからこそルーは俺の仲間になったのだ……多分。
だが、それにしてもだ……
やりたくてやった訳じゃないが、ルーがそんな事を思っていたと考えると……流石にちょっと照れてしまうな。
……しかし。
ルーは俺の心境などお構い無しといった様子で、ほぼ半裸のような状態のまま大地を駆け回っていた。
何なんだ、この子は……俺が照れていたのが馬鹿みたいじゃあないか……まあ、とにかく。
ルーはロマンチシストかと思いきや、そういうワケでも無いらしい。
いやむしろ、少年かの如く遊び回る彼女は、まーた切り傷や擦り傷の一つや二つ、いや三つか四つは増やして戻って来る事だろう。
まあ、まともな服を着用してくれればそれをある程度は防げる……とは、俺も思っているのだが。
しかし今日はまだ機嫌が悪いらしく、むぅむぅ言って着てくれなかったのだ。
まあでも、仕方無いか。
それに今日は初めての討伐依頼だし、彼女の動きを制限してしまうのもよくない。
……さて、そろそろ目的地だ。
では一応、今回討伐する魔物の特徴を再確認しておこう。
No.6 アートード
魔獣類キョダイガマ科
これはカムラ地方に生息している、脚を伸ばした時の全長がなんと3mにもなるデカいヒキガエルだ。
しかし体重は40kg前後とミドルスライムよりも軽く、プチ男では苦戦は必至だがルーならば大した相手では無いかもしれない。
とは言え、侮ってはいけない。
Gランクの魔物使いに回ってくる討伐依頼では、アートードは最高クラスの難易度を誇る魔物なのだ。
コイツの戦闘能力はそこそこ高く、特に主な攻撃方法であるその噛み付き(歯が無いので喰らい付き、といった方がいいかもしれない)が非常に厄介らしい。
何でも、アートードの口周りの皮膚はだるんだるんという表現がピッタリな程弛んでいるのだが。
このたるみで正面からの衝撃を緩和し、かつ自身が攻撃する際には、それを限界まで伸ばして獲物を捕らえるのだ。
だからつまり、この魔物は攻守万能なバランスタイプだと言えよう。
ちなみに、全身を覆い隠すほど大きく口を開けて襲いかかってくるアートードを見た者達が『まるで地獄の門のようだ』と、比喩した事がきっかけでコイツは『地獄』と『蝦蟇』という意味のある、二つの言葉をもじったような名前となったらしい。
「結構手強い……かもな」
メモを読み終えた俺がそう呟いた時。
突然、何処からかべちべちと肉を叩くような音が聞こえてきた。
それを耳にした俺が、音のする方に目を遣ると。
そこには、鳴くたびに顎の肉がぶるぶると震わせる、例の音の元凶であろう大きなヒキガエル。
もとい、アートードがいた。
「あっ」
「あっ」
俺とコルリスの声が重なる。
もういた……もう少し探すのに時間が掛かるかと思ってたのにだ。
あぁでも、そういやコイツは街の近辺で目撃される事が多くなってきたから、討伐対象になってたんだっけ。
なら、すぐ見つかったのはむしろ当たり前か。
まあ良い。それならそれで戦闘準備をせねば。
そこで俺はルーへと指示を出そうとこう言う……
「ルー、よく聞いて。
アイツの正面に立っちゃダメだ……」
「クボタさん、もう遅いですよ。」
が……うん。
コルリスの言う通り遅かった。
俺の話も聞かずに、ルーが真正面からアートードに近付いてゆくのが何よりの証拠だ。
「ル、ルー!正面はダメだって!」
そう叫んだが、またもや遅かった。
肉襞の塊は目前に迫るルーを認識した途端、大きなその口を広げた。
予想していたよりも大きい。
これではルーが、呑み込まれてしまうかも……
「ヤバい!」
助けに行った所で、自分に何が出来るのだろう。
そう考え、戸惑う自身の思考を置き去りに。
それを見た俺の足は、自然とルーの元へと向けて駆け出していた。
しかし、その必要は無かったようだ。
ルーは相手の攻撃をバックステップで軽やかに躱したかと思うと、次の瞬間にはアートードの肉襞を掴み地面に叩き付けたのだから。
それも、一本背負いのようなやり方でだ。
打撃よりもそうした方が相手にダメージがいくのは間違い無く、よってルーの今行った行動はとても理に適っていると言えるだろう。
だが、あんな技は教えていない。
これは類稀なる格闘センスを持つ、ルーが自力で編み出した我流の技だ。
トロール……味方にすれば心強く、敵になればかなりの脅威となる魔物だ。
まさかアートードすら一捻りにしてしまうとは思わなかった……
数分後、アートードをボコボコにしたルーは俺達の元へと戻って来た。
しかも、アレがストレス解消になったようで今はにこにことしている……
正直、今日の依頼では実力を見極める余裕も、そして時間さえもが全く無かったので、決勝戦にはまだまだ不安が残る結果となってしまった……が。
落胆する必要は無いように俺は思う。
何故ならば……まあ、こんな事を言ってしまってはは身も蓋も無いのだが。
どうせ相手は既に決まっているのだから、ルーを信じる。
どの道俺には、そうするしか選択肢は無いのだから。
大丈夫だ、この子ならやれる。
むしろ俺が信じなくってどうするんだ。
「ルー、明日は頑張ろうな!」
そう思い、俺がルーに問い掛けると。
彼女はいつも通り、ニコリと笑ってくれた。
ちなみにその後、俺達は依頼の報酬と共に、引き渡したアートードの肉を少し貰ってから家に帰ったのだが。
これがまた、滅茶苦茶美味かった。
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