勇者の精霊
『急げ! あっちが魔力足りてねえぞぉ』
『分かってるわよ!』
『ワイ、動くのめんどいからこっち担当するわ~』
『うっせーよ、お前がいけ!』
『はわわわわわわーーーー』
「シャイニング・リベリオン!」
聖なる輝きを放つ剣を携えている青年――勇者がそう叫び、空いている左手を天に伸ばす。すると、その左手に眩い閃光が収束していき、白色の太陽が現れた。凄まじい熱量を持つそれは、存在しているだけで周りの物を焼き焦がしていく。
『おっしゃー! 踏ん張るぞ、お前ら!』
『了解』
『俺に命令すんじゃねえ、カス!』
『ひぃぃぃぃぃぃ』
「リリース!」
「グギャァァァァァァッ」
光の魔力の塊は、いくつもの熱線に分かれ、標的を穿つ。光速で貫かれた醜い小鬼どもは、断末魔を上げ地に伏した。
そんな森にて盛大に行われた雑魚狩りは、近くの町でなにかヤバイモンスターが現れたのではないかと話題になっていた。
「きゃっ!」
「おっと、大丈夫かい?」
森に極光を乱発する化け物が、突如として現れた。そんな根も葉もないうわさで持ちきりの町で、ベタな少女漫画のように曲がり角でぶつかり、運命的な出会いを果たした彼ら。その片割れの少女は、今まで見たことのない程のイケメンに抱き留められ、顔を真っ赤に染めていた。
『おい、こいつ、ナチュラルに抱き寄せやがったぞ』
『なんでこんな屑野郎に春が訪れて、俺様には来ねえんだ!』
『あらあら、まんざらでもなさそうですね、あの少女。この男の本性も知らずにかわいそうです』
勇者に散々こき使われている精霊たちは、よほどストレスが溜まっているようだ。
魔法は、精霊が詠唱に呼応して、魔力を絞り出して世界に干渉することで発動するもの。それは、精霊にとってはとても重労働なのである。
ましてや、勇者は高等魔法のさらに上である、究極魔法をやたら好む。ゴブリンの様な低級魔物にさえ全力でかかるその様は、もはや狂気の沙汰だ。究極魔法はとてもカッコよく、使いたくなるのは分からなくもない。しかし、そのような魔力をバカみたいに喰う魔法を連発するのは、精霊からしたらたまったものではないのだ。
「ん? 君、その眼帯はなぜ付けているのかな?」
「は、はい……。これは、あることがきっかけで失明してしまって」
「ちょっと見せてくれないか?」
少女は少し悩んだが、素直に眼帯を取り外す。彼女の左目は、深く斬りつけられた跡が残っていた。見せるのにも勇気が必要だっただろう。
「グレーター・ヒール」
『この野郎、俺たちを過労死させる気かよ!』
『ちくしょう、契約さえなければこんなやつに従うなど――』
『俺、大精霊になったらこいつに呪いをかけてやるんだ……』
ふと現れた優しい光が、少女の左目に集まっていく。そのぬくもりに、少女は涙をこぼした。
だんだんと薄くなっていき、とうとう消えた傷跡。そして、少女の眼は開く。しかし、ことはそう上手くは運ばなかった。
「なんで、見えないの……?」
「トゥルーパシュート」
勇者は、手を少女の綺麗な眼にかざす。黒色のオーラを放つ小さな魔法陣が現れた。
「呪いですね。それも、かなり高位の」
「そう……」
希望を持ってしまったがゆえに、ショックは大きい。肩を落とし、うなだれる少女。その姿は痛々しく、普通の人なら目を背けてしまっていただろう。だが、勇者は違った。固い決意を秘めた眼をしながら、彼女の頭を撫でる。
「任せてください。確かに、今は呪いを解くことはできません。ですが、一ヶ月以内に絶対、勇者の誇りにかけて直してみせることを約束します」
力強い言葉に、少女はただ頷いた。
『おいおい、こいつ正気かよ』
『本当にあれを取りに行く気ですわね』
どんな呪いも解くことができるという、白聖の華。それは、存在するといわれているが、誰も見たことがない幻の植物だ。
『氷神の膝元』と呼ばれている、険しい氷山の頂にあるという噂を信じ、その麓にやってきた勇者。ここまでにも数々の難所があったが、その尽くを実力でねじ伏せてきた。しかし、ここからの桁違いの脅威を、勇者はまだ知らない。
麓の気温は、およそマイナス三十度。常人なら死ねる寒さだが、勇者は熱魔法でなんとかすることができた。それでも、相当寒いはずだが、顔色一つ変えない。
『心臓だ、心臓を重点的に温めろ!』
『お前がやれ』
『ワイ、めんどいし足担当するわ~』
常に働き続けなければならないという地獄を前にした精霊たち。彼らは、大変な部位を押し付け合うという醜い争いをし始めた。
一日目。意気揚々とまでは行かないが、余裕ある表情で着実に氷山を登っていった。
二日目。少し足を滑らせ、数十メートルほど滑落したが、さすがは勇者。その程度のことでは、彼の歩みを阻害する要因にはならなかった。
三日目。だんだんと寒さが厳しくなっていき、疲れも見せ始める。それでも、まだ余力があるように見えた。
四日目。体力に限界が近づき、足がもつれ始める。しかし、彼は止まらない。約束を果たすため、止まる訳にはいかなかった。
五日目。降り積もっている雪に足を取られた勇者は、とうとう倒れてしまった。
『馬鹿だなコイツ』
『会ったばかりの人との約束をここまでして守る必要どこにあるのよ?』
『俺たちに苦労かけんじゃねえよ、クソ野郎』
だんだんとぼやけてくる視界。意識が朦朧とし始め、現実が遠のいていく。目を閉じたら終わりだ。そのことを彼は理解していた。しかし、安らかな眠りへの誘惑と、猛烈に襲い来る睡魔には、さすがの勇者もあらがう術を持っていなかった。
「美しい……」
色とりどりの花々が最も美しく感じられるように、初めから設計されたのかと思える花畑。太陽など存在しないというのに、穏やかな光が上から差している。奥には清らかだというのに底が見えない、不思議な川が流れていた。
そして、目覚めた時から感じる強い使命感。それは、その不思議な川の向こう岸に行かなければというものだった。深い霧に覆われていて本当にあるのかすら分からない向こう岸は、僕の生まれつき鋭い勘が激しい警鐘を鳴らしている。
使命感と、鋭い勘からくる恐怖心が対立し、膠着状態に陥った僕。これからどうすればいいのだろう? 幻想的でいて、現実味のない空間。氷山にいたはずなのに、こんな場所にいるのはなぜだろうか? 疑問が尽きない。
『気が付いたかよ』
『一応、初めまして、かしら?』
僕は勇者だ。これでも強さにはかなりの自信がある。だというのに、声の主の気配をまるで察知できなかった。
「初めまして? 君たちは誰だい?」
『俺たちはお前に酷使されてた可哀そうな奴らだよ!』
『そうよ! 今まで散々使い潰したくせに分からないの!?』
『まあまあ、落ち着けやい、ワイも多少思うところはあるが、今は置いておいて、本来の仕事をしようや』
僕が頼った相手ということか? 酷使した記憶はないのだけれど。
「すまない、君たちに知らぬうちに迷惑をかけていたようだ」
『迷惑どころじゃねえよ!』
『だから落ち着けって』
知らぬ間にここまで恨まれることになっていたとはね。これからはもう少し周りに気を配ることにしよう。
「良かったらここがどこか教えてもらえると助かるのですが」
『ここはお前が探してた場所だよ』
『いわゆる精霊界よ、聞いたことくらいあるでしょ?』
『世界と世界の間にある場所でっせ』
僕が探していた? なにを? 僕はなぜ氷山にいたんだっけ?
『あれを探していたんだろ』
その声が聞こえると同時に、無意識に視線が動いていく。
光を放つ白色のヒマワリ。それは天に向かって咲いていて、生命力にあふれていた。周りとは一線を画す神々しさは、強力な呪いすら簡単に祓ってくれそうだ。
これが白聖の華……。摘んでしまうのはもったいないような気もしてしまう。でも、これがあればあの少女を救えるでしょう。
『お前が摘んでも意味ないぞ』
「それは、どういう意味でしょう?」
『この場所から帰る方法を知っているのか?』
「……」
そもそもここがどこかすらよく分からない。確かに、どうすれば帰れるのでしょうか。
『寝るんだよ、寝れば起きた時には氷山で埋まっているだろうさ』
「寝る? ここは、夢の世界なのでしょうか?」
現実にしては景色が美しすぎますし。それなら納得できますね。
『違う。まあ、お前にとっちゃかなり近いもんだがな』
「そうですか、教えてくださってありがとうございます。では、僕は急がなければいけないので」
もう何日も待たせてしまっている。一刻も早く帰って、治して差し上げなくては。
『だから、どうやってそれを持って帰るんだよ。持ちながら寝てもあっちの世界には持っていけないからな?』
「……」
目の前に目的のものがあるというのに、持ち帰れない? あの子が待っているというのに手ぶらで帰るなど、絶対にするわけにはいかない。僕は、どうすればいいんだ。
『一つだけあるぞ、お前が白聖の華を持ち帰る方法』
「本当ですか?」
『ああ、お前の寿命を五十年縮めることが前提だけどな。それでもやるのか?』
「もちろんです。約束を破ることは死ぬことより怖いですから」
寿命五十年なんて安いものだ。それであの子の人生が豊かになるのならね。それに、私は今まで幸せに生きてきた。いつ死んでも後悔のないくらいに。
『そうか……。即答なんだな。いいだろう。じゃあ寝ろ』
「ただ寝るだけですか?」
『いいから寝ろ』
寝るだけで良いのでしょうか? そんなはずがないような気がしますが。ですが、この声からは悪の気配がしない。信じてみても――。
『やっと寝やがったか、この体力馬鹿が』
『さて、やりますか』
『しゃあねえなぁ』
『結局苦労するのは私たちなのよね』
『いくぞ、世界を超えるんだ。かなりの重労働だが俺たちならできる』
『黙れ、仕切ってんじゃねえよ』
『ふぇぇぇぇ』
『『『ワールド・エクシード』』』
冷たく重い雪をかき分け、立ち上がる勇者。その足元には、純白のこの世の物とは思えないような華があった。
勇者は、一瞬ホッとしたような表情を浮かべるが、すぐにいつもの凛々しい表情に戻る。
来た道が困難ならば、帰りも厳しいのは当たり前だ。だが、目的の物を手に入れ希望しかない勇者には敵とはなりえなかった。
町に着いた時には、心身共にボロボロだった。しかし、勇者はそんな様子は微塵もうかがわせない。
「サーチ――あっちか」
少女の魔力を記録していた勇者は、それを手掛かりにサーチの魔法で少女を見つける。急ぎ足で向かうが、ダッシュはしない。常に余裕のある姿でいなければ、民が不安になるからだ。
「そこの君、待ってください」
「私?」
少女は振り向くと、驚きで固まってしまった。
「大丈夫ですか? 約束を果たしに来ました」
「え?」
「手を出してください」
少女はおそるおそる手を差し出す。勇者はその手を包み込むように一輪の花を託し、そのまま離さない。
「ピュリフ・カース」
その刹那、白聖の華から青白い波動が全周囲に発せられる。それは勝利の咆哮、新しい道への第一歩だった。
少女は感極まって涙を流し、勇者は優しく頭を撫でる。周囲の人々は、状況を把握していないながらもなにかを察し、静かに見守っていた。
「ありがとう。本当に、ありがとうございます。この恩をどうやって返したらいいか……」
「大丈夫ですよ、人々を助けるのが勇者の役目なので。そこに返礼は求めていません。なにより、人に感謝されるのが私にとって一番の喜びですから」
『けっ、キザな野郎だぜ』
『やっぱり嫌いだわ』
『苦労したのは俺らだってのによ~』
楽し気に文句を言う精霊たち。
「勇者様あああァァァァ!」
そんな暖かい空間は、騒々しい叫び声によって破壊された。
「僕に何の用かな?」
「近くの森に光の究極魔法を操る怪物が現れたようなのです。どうか、助けていただけないでしょうか?」
「任せてください、すぐに行きます」
疲れた体に鞭を打ち、今日も今日とて働き続ける。それが、世界で最も強く優しい勇者の日常。そんな勇者を支える精霊たちの戦いは、いつの日か終わりが来るのだろうか?




