ページ3―29『むかしむかしのはなし』
刃物と刃物が交えられる音が何度も響く。
銃砲の発射音が崩れた壁に共鳴し、響き渡った。
1人ぼっちの殺人鬼と一人ぼっちだった戦闘狂が、宙を舞い、武器を交えて、互いに躊躇などという言葉を捨て去って。
2人は互いに、憎しみを知っている。
2人は互いに、悔しさを知っている。
2人は互いに、淋しさを知っている。
2人は互いに、愛しさを知っている。
これは、数百年前に始まり、ずっと続いてきた、静かな戦争の行く末だ。
◇◆◇◆◇
むかしむかしあるところに。ひとつの山の奥深く、小さな村がありました。
その村に住んでいたのは、吸血鬼と食屍鬼という、人間ではない鬼たちでした。
食屍鬼、それは、今となればもう動くことの無い人を喰らう鬼でした。
吸血鬼、それは、生命の元となる人の血を吸い、栄養源とする鬼でした。
そのふたつの種族は遠い昔、人間たちから恐れられていました。当然です。人に危害を加えることがあるし、それらの種族は通常の人間よりも丈夫な体を持ち、攻撃的な者が多かったのですから。
そんな恐ろしい化け物たちは、長年多くの人間たちを還らぬ人としました。彼らが生きるためとはいえ、私たち人間にとっては、彼らがいるだけで毎日怯えながら過ごさなくてはなりませんでした。
そんな人達を不安から解消すべく立ち上がったのは、誰もが知る英雄。ピグルット・マジシャンでした。
彼は仲間たちを呼び、彼らと共存する計画を考えました。そして、出来上がったのは「生贄の村」という村でした。
孤児や家を失った者、必要とされないものを主に魔術師以外を中心として、寄せ集めた村でした。
その村はとある山の麓にあり、その山には彼らの住む村が作られた。
その村で生まれた者は、生贄となる運命となり、それ以外の人達は日が過ぎていくうちに彼らのことを忘れていきました。
めでたしめでたし。
「…っていうのがまあ、人間達が描いた童話だよ。実話を元にしたやつさ」
そう言って1冊の本を閉じたのは、黒い髪に縦長の瞳孔をした赤目、背中に漆黒の羽根を生やした1人の吸血鬼。名前をカイネス・バント。ケミキル・バントの実の兄だ。
「俺が盗んできたのさ。こういう、俺らのことが書かれた本は、普通の方法じゃ入手できないから」
へらへらと笑い、膝に座る弟に対して彼はそう言った。弟は兄の顔を見て、一言呟く。
「つまんない」
「…んえ? あーそっかーどうしよ。泣かれたら困るんだけど…」
「泣くわけじゃないよ、僕もう小さくないもんね? ただ…兄さんはまた言うんだろ? こうじゃない、って」
飽き飽きしたように目を閉じてそういう弟を見て、兄は不貞腐れたような顔をする。
「可愛くねーの。前はたびたび、こういう童話でいい反応してたのになー?」
自分の成長を讃えてくれたと受け取った弟は、鼻高々に笑う。それを見て溜息をつき、兄カイネスは話を続かせた。
「…まぁ、確かに俺の見てた話とは明らかに違うけど」
「兄さんはその頃から居たんでしょ? いい加減に聞かせてよ、その時の話さ」
吸血鬼の寿命は、人間とは比べ物にならない。
数千年は当然のように生きて、長生きな者は数万年。だからといって不死身というわけではなく、致命傷を追うと当然の死亡。
「…はぁ、まぁ丁度いいかもな? ケミキルだっておっきくなったし、話すべきかなーそろそろ。聞きたい? 」
質問が出されてから数秒もしないうちに、ケミキルは何度も頷いた。
「わかったわかったってば! そんなに頷いてたら首が取れるぜ? …まぁ、人間はインチキが好きだよな、ほんとに。お前もそう思うだろ? 愛弟よ」
へらへらとした態度だったカイネスは、急に悟りを開いたような目をして、見えない何かを見た。
「自分以外を悪者にして、蹴落として、自分を正義にするんだ」
その言葉の後に呟いた「やれやれ」は、何故か説得力に溢れていた。
「交渉をして共存できた? 交渉をした? …嘘をつけ。お前らの褒め称える英雄がしたことは、そんな綺麗なことじゃない」
「…兄さん? 」
「アイツらがやったのは、ただの殺戮だ。俺たちは共存してた。お前らに危害を加えないよう必死だった。それなのに」
「…ねぇ、兄さんってば! 」
怒りに支配されそうになる兄を目の前にし、ケミキルは不安そうに兄と目を合わせようとする。
「共存しようと話し合いを持ちかけて、その先に呼んだ衛兵達に家族を殺させたのは誰だ? 残った友人たちを自らの手で一瞬のうちにして消し去ったのは誰だ? …お前だろ、ピグルット・マジシャン! 」
「兄さん! 落ち着いて! 」
「俺たちは何もしなかった。先になにかしてきたのは、お前らの方だ。…なぁ? どう思う? 」
正気を失いかけ、武器である斧の持ち手を力いっぱい握りしめる兄を見て、ケミキルは言葉を失った。
「……すまない」
数秒、沈黙が続き、カイネスは落ち着きを取り戻す。もう一度地べたに座り、語りかけるように話を続けた。
「…母さんはそこで死んだよ。それから何年も生き残った俺らを守ってくれた父さんも、今は寿命でもう居ない」
「…? え、それなら今の父さんと母さんは…? 」
本心から不思議そうに尋ねるケミキルを見て、驚いた顔をしたカイネス。すぐに笑顔になり、隣に座る弟の頭を撫でながら言った。
「…お前、本気で俺とお前が実の兄弟だと思ってんの? この歳差で? …可愛ーなぁ〜? 」
「…え、違うの? 」
「はは、違うよ。でも安心しな。両親は確かに、お前の母さんと父さんだからよ」
太陽のような笑顔を撒き散らしながら話す兄を見て、ケミキルはまだ若干納得が行かないような表情で話の続きを促す。
「ん? …あー続き? まぁ、そんな感じだよ。生贄の村を作る交渉だって、あっちじゃなくこっちが提案したんだからな。アイツ…ピグルットは、身分社会を作るくらいのやつだ。許可は出すだろうよ」
「…酷いね? 」
「だろ? 俺もそう思う。それで一件落着。めでたしめでたしなんて、よく書けたもんだよな。あー…で、今があるんだ。この村ができて、人間の村があって。俺たちの存在はなかったことにされて、そんな今がな」
「ねぇ、兄さん。なんで人間はそんなやつを英雄っていうの? 」
ケミキルがそう聞くと、カイネスは苦笑いをしながら言った。
「…そういうもんさ」
ケミキルは兄に頭を撫でられ、口を挟まずに話を聞き続けた。
「名を残した偉人だって、讃えられる英雄だって、崇めたてられる神様だって、みんなクズだ。おかしな奴らだ。普通じゃないんだ。
あいつらは、そういう奴らを素晴らしく魅せるんだ」
「…」
黙ってそれを聞いたケミキル。この日は、ケミキル・バントが1番繊細に記憶している、義理の兄の記憶だった




