ページ3―25『不器用な救世主』
「おにちゃーまー…」
泣きじゃくりながら、倒れた兄を呼ぶ。
「おにちゃーまー…」
何度も何度も。目を瞑ってその目を開かない兄に対して、全ての息を使って訴えかける。
「おにちゃーまー、おにちゃーまー」
繰り返す。繰り返す。繰り返す。永遠の別れではないとわかっていても。
「やっぱり、悲しいのです…」
地面に手をついて。たった今作られたばかりの、すぐに壊れてしまいそうな木々の壁に守られながら。
「おにちゃーまー、おにちゃーまー…! 」
何度も何度も。繰り返した。
「ハプ…」
何度も、名前を呼んだ。
そんなケプナスの耳に、ルーと使徒との激しい戦闘音が響く。大声でありがとうと叫ぼうとしたが、自分のプライドがそれを邪魔して、引っ込めた息が喉を詰める。
「ご、ゴホゴホ! ルー! あんまり無理しないで大丈夫なのです! ケプナスは最強なのですから、自分の身くらい守れるのです! 」
それを聞き、ルーは木々の壁越しに、鞭を振るいながら叫ぶ。
「馬鹿か! 貴方が大丈夫でも…。いやいや、訂正! 貴方が大丈夫だと思ってても、ハプや貴方が大丈夫じゃないでしょ! 引き留められてるうちに、そいつ運んで逃げな! 」
「で、でも…」
その声を聞き、ケプナスは申し訳なさそうにハプと自分の手を交互に見つめた。
「運べないって!? 非力だなぁ! 」
「ひ、ひどひどなのです!」
ケプナスは一応と思い、ハプの背中の後ろに腕を回すが、持ち上げようとする度に体がふらつき転げてしまいそうになるので、諦めてもう一度、床に手をついた。
「ケプナスは…やっぱり…」
自分の無力さを思い知り、力の抜けたハプの手を握り、涙をこらえるように鼻水を啜った。
「よわよわなのです…」
ルーは使徒たちとケミキルを、自分一人で相手にしている。武器と武器、攻撃と攻撃が交じり合う音がする。
周囲の壁の大きな音、魔術攻撃の小さな爆発音。
ルーは負けそうになりながらも必死に戦っているのに、自分は1人体調を崩し、倒れた兄の前1人泣きじゃくるだけ。せめて逃げることで力になろうともするが、それすらも叶わない無力さ。
役に立たない、ただそこにいるだけの、邪魔な障害物。
それが、今のケプナスの状態だった。
何も出来ないのなら願うしかない。今のケプナスには願うことしか出来ない。
「おにちゃーまー…おにちゃーまー…起き…」
ケプナスは必死に何度も、ハプに起きて、起きてと伝えた。そしてその両肩に手を乗せて、体を揺さぶろうとすると――
「あまり揺さぶりすぎると、返って貴様の兄の状態を悪化させるかもしれないぞ」
「ふにゃ!? 」
死角からの強烈な蹴りの一撃。尻もちをついたケプナスが片手をついて見上げると、右脚を真っ直ぐに伸ばしてケプナスの方へ向けている151番が居た。
「自己紹介はいらないだろう。名乗る名など、持ち合わせてもいないのだから」
元の姿勢に戻り、剣の持ち手に手を置く151番。ケプナスは後退りしながら、震える声で言い張った。
「や、やめるのです…。ケプナス様は、最強、なのです…」
この状況で、こんなにも足でまといになっていながら、よくのうのうとその言葉を出せたものだ。
「自身のことを最強と呼ぶのであれば、是非ともここで私のしようとすることを止めて見てほしいものだな」
「け、ケプナス様が…相手なのです…! 」
151番が強いということは、ケプナスにもよくわかっていた。その理解が、ケプナスの心の恐怖心を擽り回す。
「お前が私の相手をするというのか。だが私に遠慮はないよ、ケプナス・スルーリー」
「だ、大丈夫なのです! だってケプナス様は、ケプナス様は…。天才で最強の回復術士、プーリル・スルーリーの子孫なのですから…」
ケプナスは震えた。自分は天才でもなく、最強でもないのに。多大な功績を残した先祖を盾に、自分が最強と言い張っている。最低だ。
「その先祖を持つおかげで、その先祖の侵した過ちのおかげで、今こうして私たちに追われていることに気がつけたら良かったように」
ケプナスは困惑した。恐怖に震えながら、困惑した。
ケプナスの先祖はすごい人だ。ケプナスの先祖はいい人だ。ケプナスの先祖は素直な人だ。ケプナスの先祖は優しい人だ。
「まちがい、なんて…悪いこと、なんて…」
ケプナスは大粒の涙を零しながら小さく呟いた。151番に聞こえることは、なかっただろう。
「ケプナス様が、相手なのです! おにちゃーまーには…何もさせないのです! おにちゃーまーは、ケプナスの大切なおにちゃーまーなのです! もし、ケプナスの御先祖様が何かをしたのだとしても…、ケプナスは、おにちゃーまーは! なんにもしてないのです!」
ケプナスは声を張った。自分を守るために。自分を守ってくれる大切な人を、言葉だけでも守るために。
「ケプナスは、楽しくいきたいだけなのです! おにちゃーまーは、平和にいきたいだけなのです! 悪いのかどうかは分からないのですが、もしご先祖さまがわるいひとだったとしても、だからって! ケプナスやおにちゃーまーは、悪いことなんてしてないのです!」
元々枯れている声をもっとからして、胸の底から音を放った。自分は悪くないと、大切な人は悪くないんだと、何度も何度も。わかって貰えなくてもいいから、何度も。
「ちゃんといきたいいい人たちに、いきることをやめさせないであげて欲しいのです! わるいひとのせいでその子孫さんまで酷いことをされてたら、君たちが! きょーだんが! わるいひとの悪いことを、もーっと悪いことにしてるだけなのです! 」
自分の体の中から、空気を全部出し切って。顔が張り裂けそうになるくらいに口をありったけに開いて。151番に、教団に、わかって貰えなくてもいい。ケプナスは空に向かって、大声で叫んだ。
「だから、ぜったい、ぜったい! おにちゃーまーは悪くないんだって、わかって欲しいのです! 神様! 」
それから少しその場から離れて、ハプの方に向かって。
「だから、気にしなくていいのです! 平和に、生きてていいのです! 優しく、生きてていいのです! 皆で仲良く、生きてていいのです! 悪いなんて、思わないでいいのです! おにちゃーまー! 」
思いを叫んだ。
「…貴様は真実を知らない」
全てを聴き終わった151番が、ケプナスでは無い何かを恨むような目で、ケプナスに向かって剣を振り下ろそうとした。
「その言葉をもう一度…。知った後で言ってみろ! 」
剣が、振り下ろされた。ケプナスは咄嗟にハプを守るように立つ。だがその後ろにしっかりと。151番と共にケプナスを囲むように、ケミキル・バントが現れたことは、ケプナスもわかっていた。
ぐんぐん、ぐんぐん、ぐんぐんと、刃が自分の方へ近づいてくるのがわかった。ケプナスは死を覚悟し、目を瞑った。
「その機会も与えないがな」
「じゃ、さよなら? 」
ケミキルと151番が、同時にそう言った。ケプナスが最期にハプの安否を確認するために、後ろを振り返った時。
急に大きな、耳が痛くなるような爆発音がした。辺り一体、工場の建物諸共吹き飛び、灰色の煙が一面に広がった。
「……っ、逃げるのです! 」
ケプナスは煙に紛れて、ハプを引きずりながらできるだけ遠くに逃げようとする。151番は爆発に寄ってある程度遠くに吹き飛んだ。
「んー、逃がさないよ? 」
ケミキルがそう言って、ケプナスとハプを追いかけようと1歩を踏み出すと――
「――遅れたことは謝るわ。あたし、結構道に迷いやすいの」
煙越しに、上空から声が聞こえた。その声を聞いたケミキルは上を見上げる。その瞬間、空から大量の銃弾が飛んできて、ケミキルを撃ち抜こうとする。
「残念ね。あたし、アンタのアドバイスのおかげで、超最新装備最強モードよ。感謝してやらんこともないんだから」
タイミングの遅れた、ちょっとばかり不器用な救世主が、煙の中から登場した。
「あの時気が付かなかったのが、ほんっと自分を嫌いになりそうだわ! 」
大量の最新型マシンガンを自身の周りに浮かせたゆーか・ゆーぴぃーが、ケミキルに対して笑顔で怒りを表しながら、指を指した。
「…あぁ? 君か。なんともまぁ、予期しない再会とかもあるものだね? 」
ケミキルバントは笑顔で、まるで小さい頃からの旧友を見つけたように、手を振った。
「教会…いや、魔術神秘教団。ケミキル、バント…! 」
「久しぶり…だね? ゆーぴぃー家の、ゆーか・ゆーぴぃー。今度こそはお前を殺して、バラバラにして大切に保管してやるよ」
冷たい笑いをした2人が睨み合い、ケミキルはメスを、ゆぴは銃を構えた。
「家族とあたしの居場所の…仇をうってやるわ!
――吸血鬼族の、生き残り! 」




