ページ3―24『天才回復術士の』
「あなたは誰ですか! 」
『__君自身が知っている』
そう言った銀髪の男に近づこうとするが、1歩を踏み出した時には既に男は消えていた。
「ほんとに…なんだったの…」
そう言ってハプは、大きな1冊の本の上に手をついた。
だが、男が消えてしばらくすると、そこは本の上の空間ではなくなっていた。
花畑のような空間。中央には透き通った湖があり、その周囲を色とりどりの花が囲っている。
その花の近くをミツバチや蝶々がふわふわと飛び、花粉を運ぶ。
周りを見渡すと小さな家々が並んでいた。
その前には1枚の紙にクレヨンで描かれたようなケプナスがくるくると回っていた。
ここは、ハプの心の中の世界。ハプの、否。笹野穂羽の、精神世界だ。
「このケプナス…可愛い! 」
クレヨンケプナスを見て、ハプは片手を頬に当てた。
「…っダメダメ、本物のケプナスのところへ帰らなくちゃ。あの人のことも聞かないといけないし…。どうすれば…」
そう言ってハプはその精神世界を探検した。花畑や草むらを掻き分けて何かないかを探しても、何も無い。湖の中さえ探したが、元に戻る鍵は何も見つからなかった。
「…穂羽、いつまでこのままなのかな…」
そう言って一休みしようと、クレヨンケプナスの回っている家の中に入る。
するとその家の中は、いつも過ごしている、スルーリー家とそっくりだった。
「ここって…。もしかして、あのケプナスが住んでるところだから、穂羽のおうちとそっくりなのかな! 」
そうして扉を閉めようとすると、クレヨンケプナスが回転を止めずにくるくるくるくると扉の中へ入ってきた。
「…ケプナス」
そう呼びかけると、まだくるくると回りながら、クレヨンケプナスは頷いたように見えた。
「ごめんね、ケプナスもおうち、入りたかったんだね。気が付かなかったの」
クレヨンケプナスはもう一度頷いて、くるくると回りながら螺旋階段の前に立つ。
「ん、どうしたの? ケプナス」
ケプナスはその場で回転をやめて、ペコペコとお辞儀をするような動作をした。
「うーん、もしかして…。ついてきて欲しいの? 」
そう言うと、クレヨンケプナスは更に早い速度でお辞儀をし、お辞儀をしすぎてパタンと倒れた。
「…ほんとにケプナスみたい」
ハプは思わずクスッと笑い、ケプナスを起こしてからついていく。
クレヨンケプナスはくるくる回転しながら螺旋階段をのぼる。それからケプナスの部屋に入る。
「ここって…ケプナスの部屋、だよね。でも…」
いつも見ているケプナスの部屋とは、少し違った。何が決定的に違うかと言うと、部屋の一番奥に、作り込まれた通信機のようなものがあった。
クレヨンケプナスはその通信機の下へ移動し、通信機に向かって何度も飛び跳ねた。
「これで、何かを聞いてって。そう言ってるんだね。分かった、ありがとう」
そう言って、ハプは通信機の電源をONにする。
『おにちゃーま…おにちゃーまー…』
「この声って…ケプナス!? 」
通信機からは、外にいるケプナスの声、そして壮絶な戦いの戦闘音が響いてきた。
「外の声が、外の音が聞こえるんだ…。ありがとうクレヨンケプナス、とっても嬉しい! でも、お話はできないみたい…」
クレヨンケプナスはそれを聞き、嬉しそうに高速お辞儀をする。何も学んでいないらしく、もう一度床にぺたりと転けていた。
『ご、ごほごほ! ルー! あんまり、無理しないで大丈夫なのです! ケプナスは最強なのですから、自分の身くらい守れるのです! 』
ケプナスの叫び声と同時に、何かが盛大に破られる音がした。
『貴方が大丈夫でも、訂正! 貴方が大丈夫だと思ってても、ハプが大丈夫じゃないでしょ! さぁ、お兄ちゃんを連れて逃げな! 運べないって? 非力だなぁ! 』
『ひ、ひどいのです! 』
そう言ってケプナスがハプを運ぼうとしているのは理解出来たが、戦況が全く読めなかった。しかしその後ケプナスのすすり泣きが聞こえたことから、ケプナスはハプを運べなかったのだと理解した。
ルーと使徒たちの戦闘音もしっかりと聞こえる。戦況はこちらが完全に不利なことは、音だけでわかるくらいに明白だった。
「ケプナス…」
『おにちゃーまー…おにちゃーまー…起き…、ふにゃ!? 』
ケプナスの涙声は唐突に途切れ、ガタ、と大きな音が聞こえた。
「ケプナス!? 」
ハプは異変に気がついて、身を乗り出した。
『や、やめるのです…。ケプナス様は、最強なのですから…』
震えるケプナスの声が、機械越しに聞こえる。恐らく、ケプナスはハプと共に、ルーの攻防を突破してきた使徒に襲われている。
問題は、その使徒なのだが____
『自身のことを最強と呼ぶのであれば、是非ともここで私がお前達を殺めようとすることを止めて見てほしいものだな』
『…ケプナス様が、相手に…なるのです…! 』
最悪だ。ハプは声と、話し方で気がついた。
相手は、ケミキルの部下である使徒を率いる代表格。銀髪のストレートな髪を持つ男、263番の主。
話に聞く限りでは、263番の更に1つ上に強い。
つまり、使徒の中で1番だ。
「151番…! 」
『ふむ。お前が私の相手をすると言うのか? ケプナス・スルーリー。…だが私に遠慮はないよ』
『だ、だだだだだ、大丈夫なのです…。だってケプナスは、ケプナス様は…。天才で最強なのです…。天才で最強の、回復術士、プーリル・スルーリーの…子孫なのですから…! 』
『その先祖を持つおかげで、その先祖の侵した過ちのおかげで、こうして私たちに追われているということに気がつけたら良かったように』
鋭利な剣を引き抜く、際立った音がした。ケプナスが震えて、1歩後ずさりするのが目に見えた。
『ケプナス様が、相手なのです! おにちゃーまーには…何もさせないのです! おにちゃーまーは、ケプナスの大切なおにちゃーまーなのです! もし、ケプナスの御先祖様が何かをしたのだとしても…、ケプナスは、おにちゃーまーは! なんにもしてないのです! 』
「ケプナス…」
『ケプナスは、楽しくいきたいだけなのです! おにちゃーまーは、平和にいきたいだけなのです! 悪いのかどうかは分からないのですが、もしご先祖さまがわるいひとだったとしても、だからって! ケプナスやおにちゃーまーは、悪いことなんてしてないのです! 』
「ケプナス、無理…しないで…」
『ちゃんといきたいいい人たちに、いきることをやめさせないであげて欲しいのです! わるいひとのせいでその子孫さんまで酷いことをされてたら、君たちが! きょーだんが! わるいひとの悪いことを、もーっと悪いことにしてるだけなのです! 』
ケプナスが言い終わった瞬間、剣が振り下ろされる音がした。
ハプは思わず反動で目をつぶったが、その後に、どう足掻いても剣では出すことの出来ない音が聞こえてきた。
「…何かが、爆発した!? 」
『…っっ、逃げるのです! 』
ケプナスの声が聞こえて、ケプナスはゆっくりと離れていった。そのスピードからして、ハプは引きずられている。151番は、ついてこられていないようだ。
『おにちゃーまー…。大丈夫なのです。ケプナスは天才回復術士の、子孫なのですから! 』
妙に掠れたその声で、ケプナスがそう言った。
その直後。
――ハプの手は、ザラザラした地面についていた。上を見上げると、自分の胸に手を当てた、ケプナスが微笑んで座っていた。




