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異世界魔術物語  作者: 青空 御春
第3章:『罪と友情の1章』
89/100

ページ3―20『苦戦 苦難 苦痛』

 「聞こえるかな? 263番」



 そう、そこにはいないはずの使徒に呼びかけをしたケミキルは、耳に当てていた掌をケッパスとラビヌの方に向ける。

 だが、その間も、使徒は2人を攻撃することをやめない。



 「君達も、よく知ってる人だよ? 」



 ラビヌ、ケッパスは使徒からの攻撃に注意を払って跳ね返しながら、ケミキルの話を聞いていた。

 だが、ケミキルは何も話さず、掌を2人に向けたままだった。

 しかししばらくすると、どこからともなく声が聞こえてきた。

 2人にとっては、聞き覚えのある声。



『はい、ケミキルさん。呼びましたか? 』


 「うんうん、呼んだよ? 聞こえたよね? ちょっとごめんね? そっちはそっちで忙しいと思うんだけど、時間欲しいかなーなんて? 」



 聞こえてくるその声は、電話越しの声のように曇っていた。そしてその声は、ケミキルの広げた掌の少し上に、宿された光から響いてくる。



 「き、みは…」



 ケッパスはまだ起き上がれず、地面に這いつくばって途切れ途切れに言葉を話す。使徒はケッパスは動けないと判断し、ラビヌの足止めに徹していた。



『…あれ、聞き覚えのある声。ケミキルさん、今263番は誰と話しているんですか? 』


 「…君も、知ってるんじゃないかな? キャリフラワーズ工作学会、ケッパスって言ったかな? 」


『…あぁ。お久しぶりですね、ケッパス・ローエル。263番のこと、覚えてくれていますか? 263番は貴方の事を覚えていますよ、覚えてくれているのなら、嬉しく思います』



 響いて、直接耳に入ってくるその声は、納得したように、親しみを込めて、ケッパスに訪ねかけた。その一連のやり取りを聞き、ラビヌも頭を抱えて叫んだ。



 「…あぁ、クソっ! ケッパスがどうかは知らねぇがよ、俺はきっちり覚えてんぞ! お前の事よ! 」


『その声は、ラビヌでしょうか。それは、嬉しく思います。嬉しいと、心の底から叫びをあげたい気分です』


 「残念だったな! 生憎俺はお前にいい印象は抱いてねぇ。だから、悪い印象で覚えられてんぞ! 」



 ノコギリを振り回すが、いい加減に体力が底をつきそうになり、動きが遅くなりながらラビヌは声を枯らして叫んだ。

 ラビヌのその言葉を聞き、光の中から悲しそうな声が聞こえてきた。



『そうですか、それは非常に残念です。でもケッパスさんは覚えてくれてないみたい。少し悲しい気分になりますね。嫌、いやいやいや。嫌です。どうして忘れてしまうの? 263番は貴方の事をこんなにもしっかり覚えていて、こんなにも好きでいるというのに』



 ケッパスは苦しそうに身体を腕の力で動かして、ケミキルの方へと近づいて行く。



『忘れないで、思い出して。それを貴方にお願いしたい。だから、263番は貴方に私のことを話しましょう』


 「話さねぇでも俺から話す! てめぇのクソみたいな悪行諸共、ケッパスに悪印象叩き込んでやるよ! そうだろなぁ、のこのことチームに入ってきたかと思えば情報だけ抜き出して都合よく別のとこに裏切り、情報の全てを渡して行った元チームリーダーさんよ! 」



 どこから取り出したのか、カッターナイフを263番の声が聞こえる光に突きつけた。

 それを聞くと、嬉しそうで、トーンの高い、無邪気なのに落ち着いた声が、2人の耳に響いた。



『やった、やったぁ。覚えてくれてた、覚えてくださっていました。こんなにもしっかりと、こんなにも鮮明に。

 でも、でもね、少し悲しいです。263番は確かにキャリフラワーズの人間じゃありません。言ってしまえば、ツム国の人間でもないような部外者なの。けどね、悲しいです。そんなふうに、悪口ばかり言わないで』


 「何を言うんだよ…ここの人間じゃないって!? なら、あの時俺らに教えたプロフィールは、全部嘘だってそう言ってんのか! 名前も偽名…あぁ? 名前、お前の…名前…」



 ラビヌはなかなか思い出せない裏切り者の名前を考え、頭を捻る。ケッパスも263番のことは思い出した。だが…



 「…僕も、名前…忘れた、かも」


 「はぁ? お前が? おい、しっかりしろよ、ケッパス。いい加減に休みやがれ」



 その2人のやり取りを聞いて、光の中からは小さな笑い声が聞こえてくる。



『くすくす、くすくす。とっても、楽しそう。とっても、元気そう。嬉しい、嬉しいです。

 でも、そうなんですよ? 気が付かなかったみたい。263番は、本当のことはなーんにも言ってません。それと、お名前は、どれだけ考えても、思い出せませんよ。

 だってだって、聞いてよ聞いて。使徒になってしまったら、もう名前はなくなってしまう。その名前はみーんなから忘れられて、自分すらも忘れてしまうんだから』



 くすくす、と笑い声が聞こえた。

 2人には、桃色の髪に触れながら、口元を抑えて無邪気に笑う彼女の姿が、容易に想像できた。



 「…もう、訳わかんねぇ…」


『…あ、そうそう。聞いてよ聞いて。とってもとっても驚きますよ。あのねあのね。152番様だけは例外です。自分のお名前覚えてる。教えてはくれませんけど。ごめんね? 余談ですっ』



 その言葉を最後に、掌に灯された光は消えた。

 それと同時に、263番の笑い声も。



 「…562番、563番。こいつら、行動不能にしといてね? 気絶させるだけでいいから? 殺すのは後で僕がやる。…あ、その前に、教えてあげようか? 電話も通信機もないのに、使徒とこんな風に連携が取れるわけ」



 ケミキルが去り際にそう言って、2人の方に向かって小首を傾げた。

 2人は下から見上げるような鋭い目付きで、ケミキルの方を睨んだ。



 「僕のもうひとつの固有特権だよ? 固有特権『伝達』ってやつ? なんにもなくても、仲間と意思疎通出来る。両方が承諾した上でだから、思考を無理矢理読み取ったりはできないけどね? いわゆる、テレパシーだね? 」



 ケミキルが片手を使徒の方に向けたのを見て、使徒は2人への攻撃を一時的に中断する。



 「まぁ、元々は魔術神との意思疎通の為の能力だよ? だって、診察するのってさ? 身体の調子を見るのは勿論だけど、口で話さないと分からないこともあるじゃん? 精神状態とかさ? 」



 これも、『診察』と同じ類のものだ。神体の管理者としての、魔術神の調子を確かめる為の能力を、ケミキルが応用し、別のことに使った。

 原理も全く同じだ。



 「魔術神はまだ完全体じゃないからね? 世界に散らばってる自分の欠片と教団の導き手、そして分身辺りが揃わないと、完全体にはなれないらしくて? その欠片集めとかも、僕達教団の仕事って感じ? 伝達を使わなくても会話出来たら面倒じゃないしね? 」



 魔術神のような最高級魔術師と心で考えただけで意思疎通ができるから、ほかの魔術師に対しても出来るだろう、と。

 これは主に、仲間との連携に使う。ケミキルは導き手の中でも2番目くらいには使徒を使うタイプな為、多くの使徒の位置や行動を把握しなければならない。

 その位置の把握に便利だし、離れているところでも意思疎通が出来ると纏まって連携が取れる。



 「…もういいよ? 563番に562番? じゃ、僕は行ってくるから。スルーリーのやつらは逃げてると思うから、行ってくるね? 君達も、終わったらあいつら探して? 」



 ケミキルは片手をヒラヒラと振り、ゆっくりと迷路を歩いて行く。



 「…さぁ、室内に居てくれてるかな? そうじゃなかったら、無理矢理連れ込むしかないけど」



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