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異世界魔術物語  作者: 青空 御春
第2章︰『登場人物の1章』
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ページ2―26『本当は___』

「はぁ…アンタさぁ、動けないの?重いんだけど。」


「太っちょみたいに言わないで欲しいのですね!ケプナスそんなに重くないのですよ!」


「アンタが太ってるって言ってるわけじゃないの。アタシまだ13才よ?アンタ8歳。キツイっしょってことよ。Are you OK?理解した?」



 ゆぴはケプナスを抱き抱え、建物の中を迷いながら小走りしている。



「その言い方ウザイのです!ムキー!ふん、そんなに重いなら浮遊術でケプナスをぶっ飛ばせばいいと思うのですよ!」



 ケプナスはゆぴに抱えられて叫びながら、珍しく正論を切り出す。

 それを聞いたゆぴはしばらく呆然とし、顔を赤らめた。自分の間違いとケプナスの正論に気がついたからだ。



「っ、っ、っ、わかったわよっ!ぶっ飛ばせばいいのね!ぶっとばせば!」



 ゆぴは恥ずかしくなったのか、ケプナスをまず浮遊術で天井スレスレまで浮かせる。



「え、た、高いのです!こわこわなのです!」



 ケプナスは浮遊術が使えない。一切。そのため宙に浮かぶという行為に全く体が慣れていない。ケプナスは顔を青くして汗ばんで、手足をバタバタさせていた。



「ぶっ飛ばせって言ったのは、アンタでしょーっがっ!」



 ゆぴは手を後ろから前に突き出す。するとケプナスはジェットコースターと同じくらいのスピードで真っ直ぐに前に飛んでいき、突き当たりの壁スレスレで急停止する。

 ケプナスから見ると目の前に壁が見えて、今にもぶつかって自分が潰れるかと思う状態で急停止したということ。



「なーーのーーでーーすーー!」



 ケプナスは恐怖1色に染まった叫び声をあげて、止まった時にはこの星にぶつかりそうだった隕石の軌道が急にそれた時のようなため息をついた。



「はんっ。あたしにあんなこと言うからこうなるの。あたし、浮遊術だけは滅茶苦茶得意なんだから。」


「ひどひど!ひどひどなのです!全く、怪我人になんてことするのですか。常識がなってないと思うのです。ケプナスは、早く左手をはんぶんこした犯人の左手をはんぶんこしないといけないのです!」


「ハイハイ。でもあたしに言われても、場所とかわかんないし。どーすればいいのか聞いても自分で考えろとしか言わないし。わかるはずないじゃない。馬鹿ね。」


「ふん。なら仕方なーく教えてやってもいいのですよ。このケプナス様が仕方なぁーくなのです。感謝するべきことなのです。ケプナスは実は、ケプナスの左手はんぶんこ実行犯の弱点を、全部知ってるのです。」



 ケプナスはいかにも誇らしそうに、まるで栄誉ある表彰式の表彰台に立った時のような表情でゆぴを見下す。それを聞いたゆぴは明日この世が終わることを今日初めて聞いた表情で言う。



「はぁ!?早く言いなさいよ!なんで今言うの!それ、すんごく大事なことだと思うんだけどさ!バカバカ!ふん、ならとっとと言いなさいよ。聞いてやらんこともないわ。」



 ゆぴは腕を組んでそっぽを向く。ケプナスは同じ表情で、ゆぴに計画を語り出す。



「まず、ケプナスの左手はんぶんこ実行犯を倒すために、絶対にやらないといけないことがあるのです。それは、1体1になってはいけないのです。1体1で戦うことで、同じ『時間の観望者』以外は行動が読まれるのです。そしたら、負けるか、永遠の体力勝負になってしまうのです。

 今回大事なのは、できるだけ多くの人数で挑むことなのです。」



 ケプナスは『未来』の固有特権の弱点を、本人から4つ聞いている。

 ひとつは、自分の未来、自分の身に何が起こるのかどうかを観望することはできないこと。

 ひとつは、誰かの未来を観望している最中は、直立した状態で動けなくなるということ。

 ひとつは、ある特定の人物の未来を観望することは出来ないこと。その特定の人物は、『神』か、同じ『時間の観望者』である。


 そして、もうひとつ。これこそが、この戦いにおいて勝利の鍵となるであろうとケプナスが判断したもの。

 リナが見ることが出来る未来は、それを見ている間、1人分のみ。1人の未来しか見ることが出来ない。そして、見ることが出来るのはその対象の『見ている景色』ではなく『行動』だけである。

 つまり、その人がどこでどのように動き、どのような攻撃をするのかは見れるが、その人以外の人や、誰に攻撃するかなどは、別の人の未来をわ、観望し、照らし合わさなければならない。

 つまり、リナに敵対する人間が多ければ多いほど、リナが『不利になる』のではなく、リナの『有利さが失われてゆく』のだった。

 1対1の場合、リナはその人物と対峙することを知っているだろう。つまり、その1人の行動はあらかじめ予測されている。しかし、大勢の人がそこに集まれば、そのことを理解していても全員の行動を見るのには相当な時間がかかる上、リナは細かい行動一つ一つを全て記憶するなどといった人間離れした特技を持っている訳でもない。

 そのため、ケプナスが用意した計画が、これだ。



「もう1人の観望者も居るのですよね。そいつの能力はよく分からないし、強さも分からない。でも、間違いなく厄介なのはリナだと思うのです。だから、もう1人には数人で戦ってもらって、残りは全員、リナと戦ってもらうのです。」



 ケプナスはそれを言い終わると、ありもしない眼鏡をカチャ、とする動作でキメ顔をした。

 ゆぴは唖然とする。



「ぽかーん。アンタにそんなこと考えれる頭あったなんてビックら仰天。突然変異ってこのこと?あ、違うか。誰の脳みそ捕食したのよ。」


「ほ、捕食なんてしてないのです!これは正真正銘、ケプナスが考えた計画なのですよ。」



 そう、この計画を考えたのは、ケプナスその人。弱点を聞いた時に、自分で考えた、自分一人で考えた、ケプナスの計画。自分の能力にも頼らず、本当に、ケプナスだけで考えた、みんなの為の、計画だ。

 ゆぴはそれを聞いてしばらく黙り、「ふふ」と笑った。



「ププ、くーすくすくす。あー、おかしいんだ。」


「ゆ、ゆぴ?変な笑い方して、どうかしたのです?」


「なんでもないわよ。アンタだってできるんだって、すごいなーって、そう思っただけよ。」



 ゆぴは目を細めて明るい笑顔を作る。



「やれば出来んのね。さっすが、自分であれだけ自分のことを褒めたたえてるだけあるわー、て感じ。」



 ケプナスは驚く。

 認めてくれた。ケプナスを、褒めてくれた。



「なんか、わかった気がするわー。アンタがチームに、必要とされる理由。」



 ___頑張ったから、認めてくれた。

 笑って、褒めてくれた。

 頑張った分だけ、認めてくれた。


 ___無力なはずの、ケプナスを。



「あたしはチームに入ったばっかでさぁ。誰にでも優しいからとか、親しみやすいから、みたいな理由だと思ってたのよね。あの時、アンタがいなくなった時、みんながあんなにアンタを必死に探して、求めてたのさ。」


「みんなが、ケプナスを…?」


「そうよ?みんな必死に、アンタを助けようとしてた。もち、あたしも。あっ、これはさ、アンタが星五貴族だとか、スルーリー家だからとか、変なの抜き、よ。」


「どうして…?」


「どうしてって!馬鹿なの?馬鹿よね、知ってたわ。アンタは馬鹿で天然で自意識過剰で、明るいチビッ子だってことくらい。

 アンタを必要としてるからに決まってんでしょ。アンタが好きだから、よ。あたしはまぁ、そんなことこれっぽっちも思ってないわけだけど。

 いつも笑顔で、どんなことがあっても自信を持って笑ってるアンタはさぁ、チームの自信そのものだったんじゃない?あのチームには、アンタが必要ってことっしょ。」



 ___本当は、わかっていた。自分が弱いことくらい。


 ___本当は、わかっていた。自分が無力なことくらい。


 心の内ではわかっていたのに、それを認めたくなかったから。


 淡い色をした本当の思いを、後から作った濃い想いで塗りつぶした。


 弱くないんだ、馬鹿じゃないんだ、役に立つんだ、なんでも出来るんだ。



 ___本当に、そうだったら良かったのに。



 ___本当を、知らなかった。自分が必要なことなんて。


 ___本当を、知らなかった。自分は無力じゃないなんて。


 無力でも、弱くても、馬鹿でも、なんでも。

 周りを見れば、必要としてくれる人がいるんだって。


 役に立てるんだ、誇っていいんだ、できることもあるんだ、認められるんだ。



 ___本当に、そうだったのかもしれない。



 涙は頬をつたって、静かな音を立てて床に落ちてゆく。小さく跳ね返るその水滴を見つめて下を見ていたら、その目線を、差し出された手とハンカチが遮る。

 静かにそのハンカチを握ると、なんでかな、なんでかな。

 もっと涙は零れ出してゆく。



「アンタらしくないわね。威張らないとか。」



 明るい声でそう笑いかけてくる『友人』を見上げて、そっと笑う。



「ふふ、当然なのです。

 ___だって、ケプナス様なのですから。」



 涙は笑顔に反射して、キラキラと、輝いていた。


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