ページ2―19『笹野穂羽の毎日』
近くに居るのに、近づけなかった。目の前に居るのに、会いたかった人が。
___ああ、謝りたい。ごめんなさいと一言、それだけでいいから。
だって、ほわがいなかったら、今も2人は___。
でも、そんなこと考えても仕方がない。いまは、貴重な2人を眺められる時間だ。こうして同じ空間にいて、その顔を見ることだって、今となっては叶わない。
思っていたのと違った形で、話すこともできない形でだが、会うことはできたのだから。
この時間を大切にして、ナルに感謝をしなくてはならない。
そこで、場面は切り替わる。穂羽の家のリビング。この異世界に来る前に、穂羽が1人で料理をしていた、見覚えのある部屋だ。
その食卓で、紡と律紀、そして子供用のテーブル付き椅子に座った穂羽が居た。時計の針は7時過ぎを指していて、窓からは月が見える。
「はいはいムスメちゃんちゃん!今日はハンバーグです!お母さん特製だぜ〜?喜んで召し上がれ!」
紡はフォークでハンバーグを刺し、そのフォークを掲げて口に入れる。それを見た律紀は呆れ果てた顔で注意をする。
「おい、行儀悪いだろ?穂羽が真似したらどうするんだって話。仮にも教師なんだから、その辺ちゃんとやれよ。学校でもこうだと思うと...あー...。」
律紀は、学校の給食時間、子供達に囲まれながら、箸を掲げて食事をする妻を想像して言葉に詰まる。それを見た紡は焦って机に両手を置き、身を乗り出して言う。
「ちっ、違う違う!流石に学校ではやらないから!それと、仮にもって酷いと思う。
ねぇ〜ムスメちゃんパパが意地悪してくるの〜助けて〜?」
紡は夢中でハンバーグを頬張る穂羽に助けを求めるが、穂羽はハンバーグに集中して無視する。
それを見た紡が穂羽の頬をつつくと、ハンバーグを食べることを邪魔されたことで怒って嘘泣きを始めようとする。
紡は無駄に大きなリアクションで驚いて、慰めようとした。
それから食事が終わり、お風呂が終わり、寝る前。穂羽は眠たくなくて、寝返りを打っている。
「ムスメちゃん。早くおねんねしなきゃダメでしょうが!」
「だってぇー。」
「明日は初めての幼稚園でしょ?早く寝ないと、起きれなくなっちゃう。」
◆◇◆◇◆
『そっか、これは、ほわがとっても小さい時のお話なんだ。そっか。』
そして場面は切り替わり、入園式の終わった後になる。
「大丈夫、私のきゅーとなムスメちゃんじゃん、お友達くらいすぐできるから!」
「...でもほわ、お母さんとさよならすーの、いやぁ...。 」
穂羽は甘えて、隣にいる母親に抱きつく。
「大丈夫っ。ずっと離れるわけじゃないんだぜ?帰ったら、お母さんに会えますから。
んー、ほらほら。あそこにも穂羽とおんなじみたいに、お母様にくっついてるちびっこがいますよー?あんなのでいーの?」
「いいもん!」
「ありゃ、困っちゃうなぁ。」
予想外の答えに戸惑う紡。穂羽は離れることなく、紡に引っ付いている。
しばらく困っていると、同じように母親にくっついて離れない女の子が、離れたくなさのあまり泣き出した。
「ふぇぇぇぇぇん!いやだぁ!ままと一緒にいたいもん!」
それを見た穂羽は紡を見上げ、疑問に思う。
「なんで、泣いちゃうの?」
「ムスメちゃんと同じ。お母さんと離れたくないんだって。...泣いてるお友達がいたら、泣き止ませてあげないと。」
紡は何とか穂羽を離そうと、話しかける。しかし穂羽はそっぽを向き、動こうとしない。
「ほわ、いや。あの子お友達じゃないもん。」
「うーーん。なら、お友達になったら?」
「いや!あの子泣いてるもん。」
そんなやり取りをしている間にも、その子は泣き止まない。
「ちょっと、美愛!泣かないでよ、お母さんお仕事もあるのよ!?」
「ふぇぇん!」
その様子を見ていると、だんだん穂羽は『可哀想』と思う。
しかし、これは子供の意地だ。
一回離れないって言ったんだから、絶対に離れてなんかやらない。
「ほわ、知らないもん。」
「ほわちゃん...。」
「......知らないもん!」
「わかったってばぁ。」
でも、やっぱり可哀想。泣き止まないと、ほかの子達も見てる。
そう思って、動こうとする。でも、勇気が足りない。行きたくても行けなかった。
それを見た紡は、優しく背中を押して、一緒にその子の所へ歩いていく。
穂羽はしぶしぶついて行き、もじもじしながら話しかける。
「......しー。」
もっと何か、別の言葉でも良かったのかもしれない。思い返せば、そう思う。でもこの時は、これしか出てこなかったのだ。
それを見て美愛と呼ばれた女の子は1度泣き止むが、やはりまだ落ち着かないようだ。
穂羽はそれを見て焦るが、泣かないようにガマンする。
「...みんな、見てうよ。」
上手く呂律の回らない子供の口で、少ない口数だが必死に伝えようとする。
そして、穂羽は右手をあげて、幼稚園の教室を指さし。一言だけ呟いた。
「あっち。」
◇◆◇◆◇
またもや場面は切り替わる。次も、教室だ。しかし、先程のようにおもちゃに囲まれた教室では無い。ここは小学校。
穂羽が小学生になった頃。
「ほーわちゃん。」
「あっ。みあちゃん。」
「今日一緒に帰ろー。柚希ちゃんもいるけどー。」
机に座っている穂羽の前から、幼稚園でできた初めての友人、藍華 美愛が声をかける。
穂羽は下を向いて次の授業の準備をしながら、曖昧な返事をする。
「いいよー。」
「やった!柚希ちゃーん!穂羽ちゃんおっけーだってー!」
返事を聞くと美愛は早速友達を呼ぶ。柚希___姫那柚希。小学校で出会った、美愛の友人だ。穂羽とはさん付け程度の関係だが、美愛繋がりでよく話すことがあった。
その呼び掛けを聞き、柚希も穂羽の机の周りに集まる。
「えっと、ありがとう笹野さん。じゃあ、今日は一緒に...。」
「うん。全然いーよ。別にほわ家に帰れるなら誰とでも帰っていいし。姫那さんも一緒に帰ろ。」
穂羽は教科書とノートを机に置き、授業で使った鉛筆を削りながら言う。
「それより、もう後1分で次の授業だよ。2人とも準備出来てないから、早くしないと。次は学活だよ。話し合いって先生が言ってたよ。」
穂羽は時計と時間割を見比べながら2人に言う。2人はそれを聞いて急いで席に戻った。
チャイムがなり、先生が前に立つ。号令がかけられると、先生は呼びかけた。
「じゃあ、話し合いを始めます。今回は、クラスの二学期の目標について。司会、学級委員。笹野さん!」
「はい!」
穂羽はこのクラスで学級委員長を務めている。投票により、穂羽は多くの票を獲得したからだ。
穂羽は前に進み出て、話し合いを進行する。
「では、話し合いを始めます。今回の議題は、『二学期のクラス目標』です。まずは、皆さんの意見を発表してもらいます。意見がある方は手を挙げてください。」
テキパキと話し合いを進めていき、次々と意見を纏める。
「この案はこの案と似ているので、消してもいいですか?
これとこれは合わせるといいと思います。意見はありますか。」
穂羽は次々に意見を絞り、みんなに聞きながら纏めて行く。黒板に字を書き、意見を纏める。
「以上で、話し合いを終了します、ありがとうございました。」




