ページ2―13『だーいすき』
「『時間の観望者―過去―』...?!」
目を細める。上目遣いで相手を見る。相手は後ろ向きで止まり、ゆっくりと振り返る。
その振り向きざまの顔が、リナと重なる。
口元に一瞬浮かべた薄笑い。次の瞬間には、もう笑顔は戻っている。
「自己紹介を忘れていたのはこちらの失態なの。
お客様に対して、大変なご無礼をお掛けしましたの。」
笑顔どころか、その笑顔の中でも。ただひとつの、一種類の笑顔だけで。その表情を全く変えずに。明るい声の、その中でも。ただひとつの明るい声から、全くトーンを変えずに。
女性は旗を振り、お辞儀をする。
「___この度はわざわざツアーにお越しいただき、誠にありがとうございます!
ツアーガイドを務めさせて頂きます、魔術神秘教団___。」
ハプは目を見開き、唾を飲み込む。
「第7の導き手。『時間の観望者」
目を瞑る。予想はピッタリそのまま当たっていた。
「―過去―』」
もう一度目を開けて、上目遣いをやめて。緊張で働きを抑えられない心臓の音で声がかき消されないよう、必死に考えて制御して。
ハプは頷いて、準備を整える。
「ナル・キャリソン。」
「___。」
それは予想外だった。またしても、キャリソン家。セレインの言う『従兄弟』とは、1人ではなかったのか。
それから、セレインは言っていた。この時代にキャリソンの性を持つ家は、2つしかないと。ひとつはセレインとシアル・キャリソン。そしてもうひとつはリナの家。つまり___。
「リナとは...。」
「双子なの。」
ハプは頷く。ナルは表情一つ変えずにその様子を見ている。
「リナが姉で、ナルが妹なの。でも双子だからほぼ関係なーいの。本当はもうツアーに出発しなきゃだけど、ちょっとサービスしちゃうの。色々と気になることがあると思うの。ナルの質問コーナー。を、開こうと思うの。」
ナルが手を叩く。するとその空間に『質問コーナー!』と書いたホワイトボードが現れる。もうどんな時も、口調もトーンも声の高さも。ブレないブレないブレない。まるで機械のようだった。
「では、どうぞなの。お答えできる範囲内でお答えしますなの。」
ハプはケプナスのことを聞くいい機会だと思い、身を乗り出す。
「うん、わかった。ほわ、ナルちゃんのこと信じてみる。信じてみて、聞いてみる。
ケプナスの場所、知ってる?」
「もちろん知ってるの。ケプナスはリナが『ショーに使うわあ。』って言ってた黄色いけどピンクの目が大きい子なの。その子ならこの廊下の奥にいるの。」
「でもでもっ。この廊下、ずっと続いてて奥には行けないよ!」
「馬鹿なの。それはその時からずっとツアーの空間に巻き込まれてたからに過ぎないの。ツアーが終わったらこの空間からは抜け出すの。それだけのことなの。」
「そっか...そうなんだね。ありがとう!なら、早くツアー、終わらせよ!」
「そうなの。だから、早くしないとなの。」
そう言うと、ナルは何も引き留めようとせず、ツアーの準備を始める。ハプは、この時には何も違和感に気がついていなかった。
しかし、普通に考えるとおかしい。敵であり、ケプナスを奪った陣営であり。ケプナスを助けるための足止め役であるはずのナルが、あっさりとハプにケプナスを助け出させようとしている。
そこで、ハプはもうひとつ、新たな質問に気がつく。
「ナルちゃんやリナちゃんは...。どうして、こんなことをするの?」
ハプには理解が出来なかった。
「こんなこと、なの?」
「うん、ケプナスを誘拐したり、国際魔術協力連盟の名を語ったり。それ、やったら行けないし、悲しむ人もいるんだよ?」
「リナが考えてることなんてわかるはずもないけど、少なくともナルはリナにやってと言われたからやってるの。」
「どういう、こと?」
「だから、リナがこれをして、あれをしてってナルにお頼み事をするの。だからナルはそれをするの。」
「それって......まるで、ナルちゃんは、リナちゃんの言いなり...。リナちゃんに、いいように動かされてるだけみたいじゃない...。 」
ハプは椅子から立ち上がり、急に青ざめて言う。
「言いなり、なんて人聞きが悪いこと言わないで欲しいの。ナルだって、自分の意思くらいあるの。無感情のやつなんて、本当に気持ちが悪いの。ナルなんて比にならないくらいに気持ちが悪いの。会ってみるとわかるの。」
「今はそんなこと関係ない...それじゃあ、ナルちゃんの人生はリナちゃんのやりたい放題に付き合わされるだけだよ...。」
「何言ってるのか分からないの。馬鹿なの。ナルはリナがだーいすきなの。リナがだーいすきだから、リナの言うことを聞くの。今回だって、ナルはリナに言われてこうやってるの。別にナルがやりたくてやってるんじゃ...いいや、違うの。ナルはリナがナルにやって欲しいことがやりたいの。そしてこれはリナに言われてやってることなの。つまりそれは、これは。ナルのやりたいことだということなの。ナルはリナがだーいすきだから、リナのやりたい事がやりたいの。リナが楽しいと思うことをやりたいし、リナの嬉しいことをやりたいの。」
ハプはこの時初めて今、自分が話している相手の異常さを理解した。洗脳されているようにも見える。でも、そんなもの次元が違う。洗脳なんて、甘いものじゃない。
洗脳されてこの状態に陥っているのだとすれば、異常であっても尋常だ。
しかしナルは。自分の意思でこういっている。真顔で、声のトーンを変えずに。機械のように、一定に。
「...ナルちゃんは、何が嫌い?」
知らない間に飛び出していた、その言葉。ハプは、ナルに問う。
『ナルちゃん』と、そう呼んで。
「ナルは、リナを悲しませることと、リナを苦しませることと、リナを落ち込ませることと、リナを傷つかせることと、リナを歪ませることと、それの原因になった人間が嫌いなの。そんなものは、嫌いなの。だーいきらいなの。」
ハプはありえないものを見た。そんな顔で、そこに立っていた。
ハプはもう一度、ナルに問う。『ナル』と、そう呼んで。
「___ナル、リナを、どう思う?」
震える声だ。か細い声だ。
ナルはまたまた機械のように、一定に。一定に。
「愚問なの。なんてこと聞くの。馬鹿なの。まあいいの、答えるの。リナはだーいすきなの。ナルがリナをだーいすきなの。とってもとってもだーいすきなの。別にリナがナルをどう思ってるかなんて知らないけど、ナルはリナがだーいすきなの。大切なの。すごくすごくだーいすきなの。ナルはリナがだーいすきだから、ナルはリナのことを聞くの。ナルはリナがだーいすきだから、何でも言う事を聞くの。リナはちょっと変だけど、ナルはリナがだーいすきなの。リナが考えてることなんて知らないけど、ずっとずっとだーいすきなの。ずーっとだーいすきなの。他のやつがなんと言おうと、何があろうと、ナルはリナがだーいすきなの。だーいすきなの。すっごくすっごくだーいすきなの。だーいすきなの。」
『だーいすき』
その言葉を重ねる度に、ナルの声に色が着く。纏わりつくような、黒い色。情熱的な、赤い色。
「何があろうと、なんと言われようと、ナルはリナがだーいすきなの。違うの。だーいすきじゃないの。愛してるの。これは愛なの。これが愛なの。兄弟愛なの。リナとナルの切れることの無い兄弟愛なの。縁なの。素晴らしいの。どんなリナもだーいすきなの。愛してるの。リナがナルを見捨ててもナルはリナを愛してるの。ナルはリナに言われない限り、絶対にリナから離れないの。それから例え離れても、絶対絶対だーいすきなの。
___リナ、だーいすきなの。」




