ページ3―30『ひとりぼっちの王さま』
吸血鬼と人間の長い長い戦争。
まだ終わってもない戦争は、そこにありながらも意味をなさなかった。
だが、その日、戦況を大きく変える出来事が起こる。
◇◆◇◆◇
「んじゃ、みんな。ちょっと僕出かけてくるから、家で待ってて」
持ち物を入れる袋を肩にかけて、ケミキルは家の玄関に立った。
「気ぃつけとけよ? いくら成長したとはいえ、まだ産まれてから数十年しかたってないんだ。ほんとは1人で長い時間のお使いなんて…」
ぐたぐたと過保護な様子を見せながら、兄カイネスは弟の持ち物を確認した。ケミキルは鬱陶しそうな様子でその手を振り払い、荷物を持ち直す。
「はぁ…大丈夫だって兄さん。僕だっていつまでも子供とか思われたら困るよ? 心配は嬉しいけど、さ。ちょっとは弟の自立に手を貸せよな? 」
ケミキルが呆れながらそう言い放つと、カイネスはしょんぼりと俯いて言った。
「…お前はもう十分自立してるぜ、こんのやろ…。それで、約束だぜ。朝方、日が昇るまでには帰ってこい。俺ら全員、お前のことを待ってるぜ」
「りょーかい、兄さん」
そう言って、ケミキルは家を出る。険しく長い山道を1人で降りて、村を過ぎて、皆が寝静まった町を過ぎて。
一定の歳を過ぎると、子供が独り立ちできるよう、1人で1晩の旅をさせる。その日は丁度、ケミキルの独り立ち旅の日だったのだ。
街をぬけた奥、大きな森林。そこで、ケミキルは被っていたフードを取り、背中に背負った大きな荷物を下ろす。
そして、その長い夜を森の奥で過ごした。
「…意外と寂しいんだ、1人って」
夜の風に当たりながら、ふとそう思う。いつものように、友達がいて、家族がいる。それをあたりまえに感じていた。でも、いざこう1人で生きようとしてみると、そばで頭を撫でてくれる兄の手がないことを、少し寂しく感じてしまう。たまにめんどくさいと感じたり、避けてしまったり、喧嘩することもある。それでもやっぱり、大切な家族なことに変わりはなかった。
「あー…僕もまだまだ子供だなー。こんなこと考えるとかさ」
そう言ってケミキルは両手で自分の頬を叩く。それからすぐ隣りにあった、足のつかない大きさの岩に飛び乗り、座る。
両足をぶらぶらと揺らしながら、地面につかずに勝手に揺れる両足を見て、満天の星空を見上げる。
「兄さんなら、この岩に座っても足がつくのかな。兄さん、滅茶苦茶身長高いもんな。僕ももっと成長したら、あれくらいでっかくなれるかな」
気がつけば、兄のことを考えてしまっていた。忙しい両親に変わり、ずっと自分の世話をしてくれていた兄のことを。
「あの星、他よりすごい光ってんな。眩しいくらいだよ。なんて言う星なんだろ、帰ったら兄さんに聞くか」
無知だった自分に、色々なことを教えてくれた兄のことを。
「あーあ…早く帰りてぇ」
義理の兄弟だったふたりは、いつの間にか、本当の兄弟になっていた。
ケミキルは自分の羽織っているマントで身を包み、その日を後にした。明日、日が昇らないうちに家に帰って、それでこの旅は終わりを迎える。
夢は見なかった。それくらいに疲れきって、ぐっすりと眠ってしまっていた。
◇◆◇◆◇
「…おはよ、兄さん」
思わずいつもの癖でそう言ってしまい、周りを見渡して初めて、自分の周りには誰もいないことに気がつく。
「もう朝か。やべぇじゃん、日が昇る」
ケミキルは急いで跳ねるように起きて、荷物をまとめる。それからフードを被って、荷物を背負う。森をすぎて、街をぬけて、村を通りこそうとした時に、ケミキルは違和感に気がつく。
「…この時間に、村の奴らが外に出てる…? 」
自分がいることを気づかれないよう木陰に隠れて、ケミキルは村人たちの姿を見つける。まだ日も昇っていない朝。言い換えれば、深夜とも言える時間。そんな時間に外に出てること自体もおかしいと言うのに、更におかしいことがある。ここ…生贄村の住民たちは、殆ど外に出ることがないのだ。
近くに吸血鬼と食屍鬼の村があることを知っていて、襲われることを恐れ、滅多に外に出てこない。
それなのに…
「…なんなんだよ」
意気揚々と村の外で話す村人達を見て、ケミキルは急いで山道をかけ上る。こんなに必死に走ったのは久しぶりだ。山道を駆け上がる途中、ケミキルは足元に落ちている何かに気がつく。
「これ…あの童話? 」
そこに落ちていたのは、兄カイネスが毎日のように読み聞かせをしてくれていた、人間と吸血鬼の歴史の童話。
「なんでこんなとこに…」
土に汚れた童話を拾い上げ、少しだけ中身を覗いてみる。そのページの中身を見た瞬間、ケミキルは困惑と、同時に恐怖を味わった。
たくさんの文字や挿し絵は塗りつぶされて、その上には滲んだ赤色で「逃げろ」と大きく書かれていた。
「…は? なんだよこれ…! 」
ケミキルは童話の本をもったまま、更に急ぎ足で家の方へと走っていく。走って、走って、走って。もう少しで、あと少しで、あとほんの少しで、あと一歩で…!
――でも、何も無かった。
あったのは、真っ黒な残骸だけ。何も無くなった、無様な焼け野原だけだった。
ケミキルは唖然と息を飲み、黒く燃え尽きた家々の跡を漁る。探しても探しても、真っ黒な燃え跡しか見つからない。
それでもずっと、ずっと探していた。どこかに誰かいるかもしれない。どこかに家族がいるかもしれない。どこかに兄がいるかもしれない。すると、何か手に硬いものが当たる。握ったら崩れてしまう燃え跡とは違って、握っても形を留めている固いものを。
「…これ」
握って、掌の上に置いたそれは、見覚えのあるものだった。それは、金色の十字架の髪飾り。2つでひとつの髪飾り。兄、カイネスがいつもつけていた、当たり前のように見ていた髪飾りだ。
信じたくはなかった。信じないようにしていた。ずっと本当を否定し続けてきた。この世界に、絶対はないんだから。
太陽が昇ってくる様子が見えた。ケミキルはその髪飾りと童話の本を持って、日の当たらない山の奥へと進んだ。山の奥の大きな木の麓に座って、ケミキルは1人で童話を読んだ。
「…むかしむかしあるところに、ひとつの山の奥深く、小さな村がありました」
何十回、何百回と聞いたその童話。文字は塗りつぶされて読めなかったけど、そこには確かに文字があった。ケミキルは、文字のない童話を、何度も読んだ。
「めでたしめでたし。…こんなの、めでたしめでたしじゃないよね、兄さん」
そう言って、隣に置いてあった金色の髪飾りを握りしめる。ケミキルは髪飾りを手に持ち、自分の髪につけた。
「…この髪飾りは昔っから、吸血鬼の王様が付けたって、兄さんが言ってたよな。兄さんの父さんが死ぬ時に、兄さんにこれをくれたって」
ひとりぼっちの昼、ケミキルは独り言を言う。
「…今、吸血鬼の王様は僕だよ。だって、この世界に吸血鬼は僕一人しかいないんだから」
ケミキルは俯いて、もう一度童話の本を見る。
泣かない。僕は強いんだ。僕は、兄さんの弟なんだ。
泣かない。僕はもう1人前なんだ。だってもう、旅だって終わった。
泣かない。僕は王様なんだ。1番しっかりしてないとダメなんだ。
泣かない、それでも――
◇◆◇◆◇
日が暮れて、暗くなった夜。僕は片手に旅で使ったナイフを持ち、村の前に立っていた。




