どうしようもないことはありますか?
「きゃはははは!!!」
ホールの方から、甲高い笑い声が聞こえる。
楓が大切にしたい、お父さんから預かったこのお店の雰囲気は正直台無しだ。
「あそこに座ってる人さーー、·····やばくね?」
「あーー、女の人? 」
なんて、さっき外を覗いた時に、他のお客様のことをコソコソ話したりもしていた。
もともと朝からあった頭痛が酷くなる。
ずきずきと。
「楓ちゃんおつかれ。」
「お疲れ様です。」
下げ物を持って太絆くんが戻ってきた。
太絆くんが1番動いているので、キッチンに来る回数も多い。
ガシャーン! パリーン!
外から食器の落ちた音がした。
「なんか、落ちましたね。」
「だねー、··········ちょっと見てくる。」
「お客さん触らなくて大丈夫ですよ〜」
「すみません、ありがとうございます。」
外は奏音さんが対応していた。
歩夢さんはモップを取りに行ってくれているらしい。
食器を落としたのは学校の人達みたいだった。
スプーンやフォークのシルバー類が散らばり、割れたパフェのグラスが散乱している。
「奏音さんこれ、袋使ってください。」
「あ、ありがとー」
「あれ、太絆くんだよね? 」
「あ、ね! 私もさっきから思ってた! 隣のクラスの人だよね!」
「あーうん。そうだよ。」
まじやばーい!などとまた騒ぎだした。
どうしよう、さっきよりうるさいかもな。
「なに? バイトしてんの?」
「そう、バイト。」
「えーー、すごーい!! てか制服やば! めっちゃイケメンじゃーん! 」
「ふつうのシャツとエプロンだけどね。·····それより、もうちょっと声ボリューム下げれるかな? 周りのお客さん、びっくりしちゃってるから。」
さっきから不満の声がちらほら聞こえていた。
もちろんカフェだし、自由に話してもらうのは構わないのだが、さすがにここまで声がでかいと·····
「あっは、ごめんうるさかった? まぁ、でもそんな私たちの会話なんて気にしないっしょ! てか、ほんとごめーん! グラス割っちゃって。」
全然声のボリュームが下がらない。
「大丈夫だよ。けど、その分声おさえめね。」
「えーー? うちら普通に話してるだけなんだけど。ねぇ、それより、学校の人にはバイトのこと言ってないの?」
「普通に何人かには話してるよ。けどそんなにみんなには、」
「へぇー! じゃあレアか! 」
「あ、でも」
「太絆、いったん中行こう〜?」
奏音さんが長くなりそうな話を遮ってくれた。
大まかなガラス破片はもう回収されていて、手伝いに来たつもりだったのに申し訳ない。
「店員さんもめっちゃかっこいいですよね! 」
「ありがとう〜、太絆くんの友達?ちょっと中戻らせてもらうね〜」
「そうなんです! 同じ学校で!隣のクラスで! お兄さん大学生ですかー? 」
「うん、まぁそんなところだよ〜」
大変だ。
声は相変わらずだし、奏音さんの接客でもこんななんて、
···············。
ちらりと、ホールを覗いてみると、奏音さんと太絆くんが接客対応していて、
オーダーやお会計を待っているようなお客様がちらほら見られた。
歩夢さんは用具庫かな·····。
楓は店員の様子を見ているお客さんの元へ行った。
「すみません、お待たせ致しました。」
「あ、はい。·····なんか大変そうですね。お会計お願いします。」
「いえ、あの·····申し訳ありません。では、こちら伝票頂いていきますね。」
伝票をもってレジに行こうとする。
「あれ!! 甘味さんじゃん! 」
声の方を見ると、先程から声が聞こえていた同じ学校の人たちがいる。
大きな声で呼ばれてしまった。
会釈してとりあえずレジに行き、お会計をした。
「すみません、ありがとうございました。」
「楓ちゃん出てきたのひさしぶりね〜、頑張ってね〜」
「ありがとうございます! 」
常連さんがとても優しくて良かった。
「甘味さーん!」
遠くから呼ばれたので、楓は向かった。
「甘味さんもここでバイトしてたんだー! 」
「ここ親のお店なの。」
「へぇ! そうなんだ! 」
太絆くんがすごく心配してくれているのが分かる。
奏音さんはガラス破片を持って行ってくれたみたいだ。
「ええ〜いいなぁ〜! こんなかっこいい人達に囲まれて! もう1人の背が高い人もかっこよかったもんね!」
「ん、ん? うん。」
普段そんなことを意識して働いている訳では無いので、いいなと言われると全然ピンと来ない。
「ねぇ! 私たちもここでバイトできない!? 」
「··········え、」
他のお客さんの対応に回った太絆は楓の方を見る。
楓は去年のことを思い出した。
··········大丈夫。
私もこの1年色んなことを知った。
「お願い! まじでこんな環境で働けるの羨ましすぎる!」
仕方ない。
働いている以上、言わなきゃ行けないことは、正直に。はじめから。
「無理! かな。」
「え! なんで!!」
「·····ごめんね、正直に言うけど、さっきから西脇さんたちの声大きくて、他のお客さん困っちゃってて·····。本当にごめんね、このカフェ、割と静かだから、大きな声だと目立っちゃうみたい。」
「えーーー! そんなにでかくないよーー。」
「ねぇ、あれだよ。この子うちらの事働かせたくないだけだよ。イケメンと一緒に。」
··········きた。
またこういう誤解からの恨み言。
それにしても声が大きくて、周りへの配慮がない。
··········女子高生は無敵。
大丈夫。
私だって女子高生だ。
ちゃんと言おう。
「そんなのどうでもいいんです。 イケメンなんて。」
「·····うわ、聞こえてた。」
「もし、店員さんの事気に入ったなら、お店以外でアピールでも何でもして。私応援するし。」
遠くで太絆がショックを受けたのに奏音が気が付き、笑いながら慰めている。
「な、なに? じゃあちょっとくらいバイト考えてくれていいじゃん!」
「ん··········、邪魔したいんじゃないんだ、バイトもこのお店のことを思ってくれるなら考える。今は声が大きくてお店として困ってるだけなの。」
「そ、そう? でも、」
楓は西脇さん達に近づいて小さな声で話した。
「もうちょっと声抑えてくれないと、騒ぎすぎて夕木駅の映画館、出入り禁止になった話とか、太絆くんに話しちゃいますよ。」
「ええっ!!!!」
西脇さんが一際大きい声で驚き、ハッとして口を押さえる。
周りの子もなんで知ってるの?という顔だ。
「な、なんで知って·····」
「他にもいろいろ知ってるよ。あなたも、あなたも。」
ほぼハッタリだが、周りの子も何かしら思い当たる節があるらしく、急に焦り出す。
「ごめん、お会計するわ。」
「うん、そうだね·····。」
「かしこまりました。ごめんね、一応バイトは考えておくね。」
「い、いいよ別に!」
「··········お会計。·····します。」
いつの間にかモップをかけてくれていた歩夢さんが、彼女達を会計に連れていく。
「君たち、·····ちょっと、·····うるさかったね。」などと容赦なく歩夢さんが話しかけていて、西脇さん達は戸惑っていた。
「西脇さん達になんて言ったの?」
太絆くんが接客を離れてやってきた。
「なんでもないよ。」
「··········そっか。」
友達の碧ちゃんは情報通で、ゴシップ好きなのか、どこで聞いたのか分からないようなことを、お昼ご飯の時に教えてくれる。
楓はあまり周りに興味がなく、今まで何となく聞いていたが、まさかこんな所で役に立つとは。
碧ちゃんありがとう··········!
「でも、やっぱり、大丈夫? 前も色々あったし。」
「·····うん。もう大丈夫だよ。女子高生は無敵だからね。」
「·····うん? よくわかんないけど、そっか。」
去年色々あったこと、きっと気にしていてくれていたのだろう。
正直楓自身も、あの事件の時太絆くんが来てくれて、何を話したか覚えてないので、もしかしたら太絆くんの前で泣いたりしたのかもしれない。
「これからは前みたいにホールも出たりしようかな。太絆くん大変そうですし。」
「え? ほんとう? それは助かる。」
少しでもみんなの頼りになる人に、·····なれるといいなぁ。
仕事が終わって、みんなが帰った。
楓も戸締りをして自分の家に戻る。
お店のドアを閉めようとすると、太絆くんが走って戻ってきた。
「どうしたの? 忘れ物?」
「や、そうじゃないんだけど。」
「··········?」
制服にリュックの太絆くんは少し汗ばんでいた。
早く帰らなくていいのかな?
「さっき、俺のことじゃないかもしれないけど、西脇さんを、応援するって言ってたの。·····困るから、その」
「え?··········あ、アピールするみたいなの? あ、西脇さん··········苦手だった? 」
「や、なんて言うか。楓ちゃんに応援されると困るというか、」
「どういう事? 」
「あー、まぁいいや! また今度ね! 」
「え、うん。ばいばい。」
それだけ言って、太絆くんは帰っていってしまった。