王子キャラは実在するのでしょうか?
「あ··········。」
大熱唱のアニソンが音漏れしている部屋には
学年の王子と呼ばれる由佐くんがいた。
由佐くんはアニメが大好きなオタクだ。でも、学校ではそのことを完璧に隠している。
アニメキャラのイラストが本当に上手くて、何かしら販売して、収益も得ていると聞いたくらいだ。
えっとーーー··········。
アニメ好きで、今日もアニマートに行くということは、さっき会った時に何となくわかったのだけど。
何で私たちがいるカラオケにいるんだろう。
鉢合わせしたら、バレてしまうのに。
というか、ものすごくダサい服装だな。
·····な、なんなんだろう。ダサっ。あ、もしかして変装とかそう言う·····?
服装よりも、顔隠さなきゃダメでしょ··········。
楓はとりあえず1曲終わるのを待って、部屋をノックした。
くもりガラスのない所まで楓が背伸びすると、由佐くんがこちらに気がつき、爽やかな笑顔で手を振った。
楓もヒラヒラ手を振る。
··········って、そうじゃなくて。
ここ、入っていい? と、ジェスチャーをし、由佐くんが頷いたので、お邪魔させてもらった。
「甘味さん。ここのカラオケだったんだ、偶然だね。」
「··········、同じカラオケに居たらバレちゃいますよ。私の同じクラスの人いますし、」
「うん、知ってるよ。カラオケ行くって聞いて、僕も行きたくなっちゃって。」
「え··········」
趣味を隠している割には、堂々としているんだな。別にバレたらその時はその時みたいな、感じなのかな?
「だってほら、変装ちゃんとしてるし。」
そう言ってプリントTシャツを引っ張って見せた。
··········えぇ、やっぱりこれは変装なのか。
「その変装、あんまり意味ないと思うよ。」
「え、そう?·····そっか。」
襟元を人差し指で引っ掛けて、少し残念そうにする。少し伏せ目になって、しゅんとしたのがありありと分かった。
······由佐くんって本当に綺麗な顔してるんだなぁ。
今まであんまり顔とか見てなかったけど、これは学校の人が騒ぐわけだ。
「··········ん?なに?」
「あ、その服逆に目立ってますよ。隠すなら顔を隠さなきゃ。」
「マスクはさっきまでつけてたんだけどね、歌えないから。」
「マスク········、帽子とメガネにしてみたらどうですか?」
「それもそうだね、ありがとう。今度からそうするよ。」
驚くほど素直だ。
「また、敬語になってるよ。」
そう言って由佐くんが笑う。
「あ、そっかごめん。じゃあ、この部屋の前お手洗い行く人が通ると思うから。見えないように気をつけてね。」
「ありがとう。ねぇ、甘味さん。」
「·····?」
「カラオケ楽しい?」
「?、うん、楽しいよ。」
「そっか、じゃあ今度、日にち決めようね。バイバイ。」
バイバイ。楓も手を振った。
楓はカラオケルームを出る。
···············あ、っ!!!
しまった、楽しい? って、そういう事か··········!
「うわぁ··········、」
今日楓がカラオケ楽しかったら、今度由佐くんのカラオケに付き合うことになってたのだった。
由佐くんと一緒のところを人に見られたら、どんな噂がたつか··········。
「私も、変装完璧で行かなきゃ、」
楓は少し場所を迷いつつも、みんなのいる部屋に戻った。
「お!やっと来た!」
「ごめん、すこし、迷っちゃって。」
「甘味さん、これお願い!ずっと歌わされてたんだよ!」
そう言って、池田くんにマイクを渡された。
「わ、うん、ごめん。」
確か私の代わりにアイドル歌わされてたんだっけ、
「池田もうギブかー?」
「さすがにそろそろスベるから」
「あはは!池田そこ意識してたの?」
山田くんがテーブルにあるもう一本のマイクを取った。
「·····ねぇ、甘味さん一緒に歌わない?」
「いいよ。なににする?」
楓は淡々と選曲をしている。
ピッピッピッピッと音がした。
由季の隣に高橋が座ってきた。
「なーなー、沢城! 山田と甘味さんいー感じじゃね?」
「いやいや、あれは全然脈ナシだから。楓、恋愛の事全然考えてないし、意識すらしてないと思うよ。」
「なんだよーー、冷めてるなぁー。」
「いやいや! 私は恋愛に冷めてないわ!山田が楓に気ーあるとか、ちょー嬉しいんだから。」
「ふーん。じゃあさ、俺らで協力してやんね?」
「嫌。」
「はぁーー?なんでだよーー。」
「私はあくまで楓の恋の味方なの!協力するかどうかは楓の気持ち次第〜、今のところは協力しないかなぁ。」
「でも山田良い奴だぞ〜」
「へー」
「興味なしかよ、」
「·····そんなこと知ってんの。」
「あ?」
山田くんと歌っていると、由季が高橋くんとこそこそ話している。
仲がいいのは知ってるけど、なんか、いつも大声で笑ってるとことかしか見てなかったからな。
もしかしてとかあったりする··········、いや、私なんかがそんなこと推測しても、あんまり信憑性ない。
それより、私が見るよりもっと、碧ちゃんと池田くんがちらちら2人をみてるけど。
2人も私と同じただの興味··········?
いやいやいや、だから、私にそんなこと察知できない。
歌いながらみんなの事見てると、なんかいつもと違って見えるな。
もしかして、私いつも周り見えてなかったりするのかも。
·····気をつけよう。
そんなことを考えていると、1曲終わってしまった。
「ありがとう。」
そう言って山田くんが手のひらを出してきたので、マイクを渡した。
ありがとう·····、選曲任せたことかな?
男子って結構ラブソング聞くんだな。最初に高橋くんも歌ってたし。
楓は空いてる場所に座った。
カラオケも終わって、楓達は建物の前で集まっていた。
「楽しかったね〜」
「うん。」
「なぁーこれから飯行かね?」
「あー、俺も腹減ったー。」
これから、か。
買い出し行かなくちゃいけないし、私はそろそろ帰らなきゃな〜··········。
「沢城達は?行かない?」
···············!!
楓は驚いた。
驚いたのは、ご飯に行くか聞かれたことではなく、質問してきた高橋くんの後ろだ。
·····由佐くんがカラオケから出てきた。
こんなタイミングで·····!
まずい、マスクはしてるけど、あれはギリギリバレるんじゃないのか·····!?
「私は楓が行くならいく!」
「んじゃ、甘味さんは??」
「··········え?·····あ、ご飯!えーっと、私は」
「なぁ、後ろ、あいつ由佐に似てね?由佐じゃない?」
·····うわぁ、ばれた。山田くん絶妙な距離でよく気づいたな。
「あ、ほんとだ。」
由季も気づいちゃった·····。
由佐くん思い切りカラオケの前で1人で、アニマートの袋持ってるし·····。
なんとか誤魔化した方がいいよね·····。
「えーっと·····」
なんて言えばいいんだろう、うーん。
楓が少し考え始めると碧ちゃんが口を開いた。
「違うよ!!」
「·····え?おぉう、どうした小鳥遊!急に元気だぞ!」
急にキリッとした顔で話し出した碧ちゃんに高橋くんのテンションが上がっている。
「だって、由佐くんがあんなダサい格好するわけないもん!」
··········。
「あー、確かにあれはだせぇな!小鳥遊!」
「まぁそうだね、由佐くんがアニマート行くわけないし。俺の見間違いだわ。」
「そうだよ!」
「おぉ!そうだ!」
珍しく威勢のいい碧ちゃんに、高橋くんが便乗する。
みんなの興味も由佐くんからは離れた。
碧ちゃんナイス! ········あんな服装で騙せるのか。
全然隠せてない変装は意外にも効果的だったようだ。
でも、由佐くんが趣味を言いたくない理由がわかった気がした。
するわけないと思われている趣味を自分が行っていたら、なんて思われるか·····ということだろう。
誰だって、自分の持っているイメージに変化が生じると、その変化に抗うように、反発心を持つものだ。
「ごめん、私少し用事あるから、ご飯はまた今度誘ってもらえると嬉しい。」
「まじかー、じゃー俺らだけ行くか、」
由季はさっき、私が買い出しがあると言っていたのを気にして、合わせてくれたのだろう。
「私、一人で帰るし、由季は碧ちゃんと行って。」
「え、でも。」
楓が碧ちゃんの方に目配せすると、由季も碧ちゃんの方を見た。
碧ちゃんもあまりこういう遊びに、頻繁に来ないタイプなので、とても行きたい! と、顔に書いてある。
「お!わかった、楓、1人で悪いね。」
「ううん。今日、楽しかったよ。由季、誘ってくれてありがとう。」
「本当に? 楽しかった? やったぁ〜!!」
そう言って由季が楓に抱きついた。
「楓だいすきだよ〜!またこよーね!!」
「お、重。わかった、わかった。」
「重いとかひどーー!」
由季たちと別れて、駅に向かった。
由佐くんはもうカラオケ前にはいなくて、帰ったみたいだ。
そんな時、駅の隣のお店が目に付いて、楓は買い出し前に少し立寄った。
「お疲れ様です。」
「ありがとう。」
土曜日は由佐くんの出勤の日だ。
土曜は次の日に学校があるという訳では無いので、楓はバイトの人に仕事終わりのお茶を入れる。
もちろん、飲みたい人だけ。
由佐くんは毎回紅茶を飲んでから帰るのだ。
「それとこれ。あげる。」
「んっ··········あ、メガネ?」
楓はこの前、カラオケの帰りに見つけて買ったメガネを、取り出して由佐くんに掛けてあげた。
「··········っ、うん、うん。それだと由佐くんって分からないよ。··········っに、似合ってる似合ってる。」
楓は笑いを堪えられずに、上手く喋れなかった。
実は、買ってきたのはメガネじゃなくて、サングラスだ。
サングラスは良くも悪くも似合っていて、全くいつもの由佐くんとは別人。
ただのチャラい由佐くんの出来上がりである。
「そんなに笑われて、俺似合ってるとは思えないんだけど·····」
由佐くんはたまにかしこまらない感じで、一人称が俺になる。
サングラスをずらしてこちらを見る由佐くんに、楓は手鏡を向けた。
「あ、··········なんて言うか·····似合ってなくはない? うわぁ、別人だ。·····これからは僕これ付けてアニマート行くよ。」
「本当に!?··········ふっ、気に入ってくれてよかったよ。」
「じゃあこれ付けて、一緒にカラオケ行こうか。」
「えっ··········」
「忘れてないよね。」
由佐くんがにっこり笑う。アニメとか、アニソンとか、そういう話になってくると、大人しさを失うというか、なんというか圧が··········。
それに、こんなに嬉しそうなのに断ることは出来ない。
·····サングラスあげたの、墓穴ほったかな。
「わ、忘れてないよ。」
「よかった。」
にっこり笑って由佐くんは紅茶を飲んだ。
「でも、そのうち私以外にも趣味を話せる人、つくってね。」
「うん。でも今は、甘味さんで十分かな。」
「··········はぁ。」
楓の思考は、何とか一緒に出かけない方法を考えることを諦め、万が一学校の人に見つかった時どう誤解を解くかにシフトされたのだった。