寡黙な金曜日はいかがですか?
しとしとと雨が降って、静かな金曜日。
雑音がかき消されて、自分に近い、周りの音だけが耳に入ってくる。
・・・・・雨、今日は止まないなぁ。
雨の日は晴れている時より客足が少ない。
けれど、金曜日に関しては極端に少なくなることはないのだった。
この安定した客入りと静けさの要因は、雨のせいではない。
楓は今日もいつも通り、川崎さんと交代して、厨房で働いていた。
注文に入っていたケーキセットの準備をする。
丁寧に時間をかけて盛り付けをし、出来栄えに満足することを繰り返していた。
「よし。できた。・・・長月さんこちらお願いします。」
「承知しました。」
すらりと細い手がお皿を受け取り、そのまま何も言わずホールへ出て行った。
足音もほとんどさせず。
・・・・静かだなぁ。
今日は金曜日。バイトに入ってくれるのは、長月界さんだ。
手先は見惚れてしまうくらいいつも綺麗な所作をしていて、洗練された立ち姿の人だ。
どこかの大学の研究者さんだとか、お母さんに聞いたことがあるが、どうしてここでバイトをしてくれているのかは謎である。
やはり、長月さんを目当てにして来る女性客の方々がいるのだが・・・
「お待たせいたしました。こちら本日のケーキセットでございます。」
「ありがとうございます。」
「お茶のおかわりはいかがでしょうか?」
「あ、ちょうど注文しようと思っていました!お茶美味しくて、ケーキまで待てずにすぐ飲み干してしまって・・。どれにしようかな。」
長月さんは伏し目で、声の調子を変えないまま続ける。
「先ほどのお茶がお好みでしたら、こちらのものもお好きかと思います。」
「わぁ、これも美味しそうですね。じゃあこれください。」
「承知しました。」
金曜日にやって来るお客様は、女性客も例外でなく皆静かな方が多い。
そして、お父さんがいた頃のお店の雰囲気に一番近い日でもあり、多くの常連さんも集まる。
その理由もあって、金曜日は雨が降っても適度に席が埋まっている。
楓はこの幸せを噛み締めていた。
このお店本来の姿を味わえるのはこの日くらい・・・
「楓さん。ベリーローズティーを一つ。それと本日の紅茶を2つお願いします。」
提供に行っていた長月さんが戻ってきた。
「あ、はい。作ります。それとこれ、持って行ってもらえますか?」
「承知しました。」
長月さんがトレンチにお茶をのせて、すぐにホールへ出ていく。
この淡々とした作業の繰り返しだ。
これがカフェ特有の悠々とした時間の流れだと、楓はたまに悦に入るのだった。
・・・・あ、そういえば。長月さんに伝えるの忘れてた。
まぁ、後で言えばいいか。
ガチャ。店の扉が開く音がした。
提供を終えてから、界は入り口の方へ向かう。
「いらっしゃいませ。2名様でよろしいでしょうか。」
お客さんはは2人の女子高生だった。
「はい。席空いてますか?」
「もちろんです。ご案内いたします。」
界はいつも通りに早足で席へ案内する。
頭の中には次にするべき仕事がいくつも思い浮かんでいた。
「あの。」
案内の途中にお客さんが呼び止めた。
「長月さんですか?」
「はい?」
界は少し焦る。
名前を知られているが、見ず知らずの女子高生だ。記憶を辿っても、常連さんというわけではなさそうである。
快活な少女は続けた。
「私たち、楓の友達で、私は由季でこっちは碧って言います!初めまして。」
「あ、あぁ。こちらへどうぞ。」
界は少し後退りしつつ、2人を案内した。
次に何をするべきか、先の先まで頭の中にあったものが、吹き飛んでしまっていた。
席にかけた由季は碧に話しかけた。
「ねぇ、楓からさ、長月さんはとても手寧な人って聞いてたけど、少し素っ気なかったね。」
「そうだね。どんな人なんだろう。」
碧は初めてきた、店内を物珍しそうに見て、相槌を打った。
由季はとてもリラックスした様子で座り、いつもの調子で話し出す。
「まぁ。楓がいい人ってゆうなら、いい人だよね!」
「うん。楓ちゃん、頑張ってるから、周りもいい人だといいなぁ。」
「じゃあとりあえず、長月さんを観察しつつ、メニュー決めますか!」
「うん!」
2人は楽しそうに、メニューを開いて話し始めた。
碧はメニューの中にあるケーキセットの存在に気づき、目を輝かせている。
早い足音が近づいて来る。
ガタン。
「・・・はぁ。」
楓は振り返った。
そこには少し取り乱した長月さんが立っていた。
「え・・・、どうされました、か?」
長月さんは少しイラついているようにも見えた。
・・・え、どうしたんだろう。いつも静かな人だから。こんなところ初めて見る。
何かトラブルかな・・・・。
「あの、楓さんのお友達が2人いらっしゃったのですが、」
楓はそれを聞いて思い出した。
「あ、そうなんです。もう来てましたか。長月さんには来る前に伝えておこうと思っていたのですが、すみません。」
「はい。本当に、」
「え?」
「あぁいや!なんでもないです。」
「・・・え、はい。」
なんだろう、長月さんが異常状態だ。急に友達を呼んだのが、そんなにダメだったのだろうか・・・。
楓は作業しながら、少し体が強張った。
「あ、えっと、背の高い方は由季って言って、もう1人の髪がフワフワした子は碧ちゃんっていうんです。」
「はい、先ほど本人から聞きました。」
「そうでしたか。2人とも大事な友達なんです。今日は久しぶりに来てくれて。碧ちゃんは初めて来てくれたんですけど、」
楓は2人が来てくれて本当に嬉しかった。
碧ちゃんに関しては、ついこの前このカフェの事情などを話して、ようやくお誘いできたのだった。
自分の話をすることはあまりないので、勇気がいったが、碧ちゃんは”カフェで働いている”というだけで、とても興奮気味に聞いてくれた。
2人が来てくれているということで、少し浮き足立っていたところがあったかもしれない。
外のことを長月さんに任せすぎていた。
「外で何かトラブルありましたか?私、出ましょうか?」
「あ、いえ。大丈夫です!・・・楓さんのお友達ということなら、はい。」
「・・・? 何かありましたら、遠慮なく言ってくださいね。長月さんの処理能力のおかげで、私と2人で回せてますが、・・・普通はもう1人か2人必要な仕事量ですし。というかやっぱり、夕間さんが辞めてから新しいバイト入れるべきでしたよね! ちゃんと考えます、すみません。」
数ヶ月前まで、金曜日は森野夕間さんという方含めて3人で働いていたのだが、この前夕間さんは事情によってバイトを辞めてしまったのだ。
新しいバイトを探していることを長月さんに伝えたところ、忙しいかもしれないが、バイト入れなくても大丈夫。と、長月さんに言われてしまった。
そして、実際に1人でホールをほとんど回してしまっている・・・。
「バイトは別に入れなくて大丈夫ですよ。」
困惑している楓に、改めて長月さんが断りを入れた。
「え、でも。」
「はい。大丈夫ですので。・・・こちら運んできます。」
そう言って話を切り上げ、提供するためのものを持って行ってしまった。
ほんと、あんな動揺してる長月さん、珍しい。
あとなんか、長月さんちょっと汗かいてた?・・・もしかして、今日体調悪いのかな?
今日は私もホール出れるように、てきぱきがんばろう!
楓は気合を入れて作業をし始めた。
つーーっと、汗が首筋をなぞった。
そんなことにも気づかず、界は仕事を続けている。
いつも通りの業務をすることで。少しずつ落ち着きを取り戻しているところだった。
・・・・見られている。
楓さんの友たちの由季とかいう人がしばしばこちらを見ているのを、界は背中で感じていた。
明らかに取り乱して楓さんに気を使わせてしまった・・・。
今度こそは冷静を保って接客を。
そう考えているときに呼びベルがなった。
音の方向にはあまり行きたくなかったが、界はそちらに向かった。
「メニューがお決まりでしょうか?」
ベルを鳴らしたのは楓さんのお友達だった。
「はい!本日の紅茶と、ケーキセットを1つください。」
「かしこまりました。少々お待ちください。」
そう言って何事もなく厨房の方へと下がった。
楓さんに注文内容を伝える。
「あ、それならもう1つくらいは出ると思って、あらかじめ作っておいたものがこれです。紅茶も用意できてるので、すぐ持って行ってもらえますか?」
・・・・・え!もう?
心の中でそう呟き、界は一瞬動きが固まった。
「長月さん?」
「あ、いえ、すみません。運びます。」
「はい・・・。」
不思議そうに見つめる楓を後に、界はまた注文の品を運びに行った。
ガシャン!!!
・・・・!?
外から食器が落ちる音がした。
!?、何事??
金曜日に大きな物音がすることはそうないので、楓は心底驚いていた。
雨で静まり返った空間にとても響いてしまう。
楓は作業を中断し、急いでホールの方へ様子を見に行った。
「どうされました??」
そこには手を前に出したままフリーズした長月さんと、こぼれた紅茶に割れたティーカップ。
そして慌てて紅茶を拭いている由季と碧ちゃんがいた。
他のお客さんも驚いて、気にかけている様子だった。
「わわ!大丈夫ですか? 由季、碧ちゃんごめんね!すぐ拭けるものとって来る。服は濡れてない?」
「全然大丈夫! 拭くもの助かる〜、お願いします!」
「長月さん?大丈夫ですか?」
楓が話しかけると、長月さんはハッとして辺りを見渡し、すごく青い顔になった。
「た、大変申し訳ございませんでした!すぐ拭くものを取って参ります。失礼いたします。」
深々と頭を下げた長月さんは、言い切ると同時にすごい勢いで厨房に戻って行ってしまった。
長月さん・・大丈夫だろうか。
こんなこと初めてだし・・・・
楓はエプロンのポケットにダスターを入れていたことを思い出し、とりあえずそれを取り出して片付けをし始めた。
・・・・一体どうしたのだろう。




