空白の記憶 伍
「記憶に無い空白の時間ですか?2週間程前ですよね?広東住血線虫症は、感染から発症まで12日から28日程度と云われています。そう考えると、その時に何かあったと考えられなくもないですが…。」
女医は目を細め、何やら考えている様に見える。
頭が痛い。目の奥がズキズキと痛む。
脳裏に過ぎる空白の記憶。
眼だ。眼だけがソコにあった。
僕を見ている様で見ていない…そんな眼だった。
蟲の複眼の様な眼だ。
艶のない真っ黒な瞳孔で僕を見ている。
頭が痛い。目の奥がズキズキと痛む。
空白の記憶から断片的な言葉が聞こえてくる。
『ごめんね…。君は無関係なんだけどさ…。』
『君の上司。宮舘樹だよね?』
『彼に嫌がらせをしたいだけなんだ…。』
『【寄生するモノ】の恐ろしさを理解して欲しいんだ…。』
『大丈夫。怖がらないで…。』
『ほら…。ちゃんと噛まなくちゃ…。』
『もっと口を開けてくれないと…。』
『まだ、こんなにいるよ…。』
『さぁ…。残さず召し上がれ…。』
我に返る。
言葉の意味は考えたくもない…。
想像する事もしたくはない…。
あっ…。
口腔にグチャリとした感覚が広がった。
くちゅくちゅ。
くちゅくちゅ。
ぐちゃぐちゃ。
ぐちゃぐちゃ。
あぁ。
記憶の扉が開いていく。
徐々に呼吸は荒くなり、意識は途絶えた。
僕には空白の記憶があった。
思い出しちゃったから…。
もういいや…。




