空白の記憶 壱
僕には空白の記憶がある。
【空白の記憶】
一見すると、その表現には矛盾がある様に思う。でもそう表現するしかないのだ。記憶に空白期間があると考えるのが妥当なのだろう。解離性健忘の症状に近しいのではないのだろうか…。
解離性健忘…。
心的外傷やストレスにより引き起こされる健忘(記憶障害)を指し、自分にとっての重要な情報が思い出せなくなる事。
つまり僕にとって重要な情報、重要な記憶が喪失している。と云う事になる。
何故、僕がこんな事を言っているのか…。
ある日を境に…。
トロトロとした液体が怖くなったからだ。
自分でも馬鹿馬鹿しい事を言っているとは思っている。
だけれども真実なのだからどうしようもない。
しかも日常生活に支障も出ているのだから笑えもしない。
2週間程前の事、帰宅途中で予想してなかった突然の雷雨に打たれ、ずぶ濡れになった僕はシャワーを浴びていた。普段と同じ様に髪を洗う為にシャンプーを使おうとした時だ。シャンプーのヌルリとした感触に僕はヒッと声を発し、身体を勢いよく反らした。手の平に残るトロリとした液体に恐怖を覚え、身体は無意識に小刻みに震えていた。
そう馬鹿げた話だと思う。何にも面白くもない話だ。
でも考えてみて欲しい。トロトロとした液体、つまりは粘液状のモノは身の回りに溢れている。
そして今日、僕は会社を休んだ。
頭痛が酷く吐き気がするからだ。倦怠感もあり、全身が痛む。微熱があるからきっと風邪を引いたのであろう。
時間があったから考えた。考えた末に行き着いたのが…。
あの日の違和感だった。その日、会社は定時で終わった。だから家に着くのは18時頃の筈だ。だがどうだ…。実際帰宅したのは23時を回っていたのである。その間の僅かな時間の記憶が無い。その空白の時間に何かあったに違いない。
だから冒頭で述べた様な事になるのだ。
僕には空白の記憶がある。
けれどソレが何なのかは思い出せない。




