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勇者リスキル  作者: ラグーン黒波
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【第六節】救い

 午後二十二時八分。部下の皆が帰宅した後、教会地下室で本日分の業務報告を纏め終え、私服へ着替え裏口から出て鍵を掛ける。そして帰宅する前に教会裏の墓地で路頭に迷い、敷地内にある丁度良い高さの木で首を吊ろうとしている人が居ないか、茂みの中や墓石裏まで念入りに確認。

 前任者のニーズヘルグだった頃は週に一度、鳥に突かれぼろぼろになった惨たらしい姿の首吊り死体を見かけていたが、今ではそれも無くなった。本当に生きる希望を失い、辛い思いを背負った人も中にはいたかもしれないが……今思えば、ニーズヘルグが死体の処理に困った際あえてここへ吊り下げ、自殺者として偽装工作していたのではないかと想像し、身震いする。……この木には悪いが、伐り倒すことも視野へ入れた方がいいだろうか。


「――――――」


「?」


 すすり泣く声が耳に入り、目の前の木の裏へ回る。両足を抱えて地面へ座り込み、震える小柄な影が二つ。子供か?


「こんばんわ。どうされたんですか?」


「…………っ!?」


 こちらの掛けた声に反応して顔を上げ、怯え引き攣った表情をする二人の子供。服装はどちらも小綺麗な麻のローブ姿だが、その下の衣服は所々破けてほつれ、靴も履いておらず、腕や足・首周りには縫い合わせたようにも見える大きな傷跡があった。恐怖で動けずにいるのか、肩にかかる長さの金髪の子はこちらを凝視したまま歯を鳴らして震え、その様子を見た黒髪の子は庇うようにしてこちらとその子の間へ割り込み、睨みつける。


「な、なな……【ななり】、て、て……だす、なっ!!」


「………………」


 怯えているせいもあるかもしれないが、あまり人語を話し慣れていない【獣人族】と似た癖のある発音。二人からは【思考】が聴こえない。人間……ではないのか? だが、人間であれ他種族であれ【魔物混じり】であれ、見過ごすわけにはいかない。屈んで膝を付き、目線の高さを合わせる。


「……僕は【ポラリス】と言います。すぐそこに見える、教会で働いている者です」


「? ぽ……ら……り、す? きよぉ……う、かい?」


「はい」


 身振り手振りを交え、ゆっくりと話す。職業柄、人語の分からない【鳥人族】や【獣人族】と接することも多いことから、言葉は通じずともある程度の意思疎通の取り方は知っている。不安を与えないよう、敵ではないと理解してもらえるよう、お互いの事を時間掛けて確認していく。


「……ぽら、りす」


「はい、そうです。あなた達の名前は?」


「な、まえ? ……【けんと】。【ななり】」


「はい、あなたが【ケント】さん。後ろの方が【ナナリ】さんですね」


 自分を指差し【ケント】と名乗った黒髪の子供は、続いてこちらのやり取りを見守る背後の金髪の子を指差し、【ナナリ】と呼んだ。まだ混乱してはいるが、ケントも状況と言葉を理解しようと必死なのが身振り手振りで伝わる。もっと会話に時間を掛けたいところだが、まだ夜は冷え込むうえ彼らは薄着で裸足。今夜は教会で寝泊まりさせ、明日の朝に街の【孤児院】とボルドー町長の元へ尋ねるとしよう。それでも身元が分からなければ、教会と孤児院で相談しながら二人の面倒をみる。

 どんな理由が背景にあるにしろ――人々を導く【天使】として、君達を見捨てはしない。


「……ない?」


「ない? ……ああ、お腹が減ってるんですね。それなら、ナナリさんも連れて、教会の中へ入りましょう。大丈夫です、今夜は僕も一緒にいます」


「………………」


 ケントの腹部を擦る手振りから察し、ゆっくり説明しながらこちらも腹を擦り、教会を指して自分の胸へ手を当てる。言葉を全て理解はできなかったようだが意思は伝わったらしく、彼は頷いて振り返り、背後のナナリへ手を差し伸べた。しかし、ナナリは首を横へ振り再び蹲ってしまった。


「ななり、きょぉうかい」


「………………」


「ななり」


「……気安く呼ばないで。私はもう、誰でもない」


「?」


 ナナリは滑らかに人語を発して顔を上げると、ケントの背後で待っていたこちらを涙で潤んだ青い瞳で睨む。


「どうせあなたも私が――と言っても伝わらない。全部――の仕業。――――――て――――――のに、まだ苦しみ足りないと――を――――した」


「………………」


「分かる? ――――――よ? いいえ、いいえ、何も分かっていない。だって、どんなに耳を澄ましても聴こえないでしょう? やっぱり私は――にも完全に見捨てられてしまったのね」


 彼女の発音は滑らかだが……所々、音として聴き取れない。ナナリの口は動いている。だが、特定の言葉を発しようとすると、ぶっつりと何も聴こえなくなってしまう。口の動きで言葉を読み取ろうと努めるが……どの発音でもありどの発音でもないような、見えているのに【形を正しく認識できない】。ケントも彼女へ困惑した様子で、こちらをちらりと見る。


「……もう私の声は誰にも届かない。だからもうほっといて。勝手に野垂れ死んでやる」


「ななり」


「何度も言わせないでっ!! ほっといってって――――」



 ――ナナリは再び手を差し出したケントの右目へ、足元にあった小枝を突き刺そうとを腕を伸ばす――が、彼の手を引いて引き寄せ【信仰の翼】で遮ることで、小枝の先端が軽い音をたてて折れるだけで済んだ。反射的に出してしまったが……こうしなければ間に合わなかった。


「!? あなた……それは――!? それとも――!? 違う、どちらでもないわっ!! まさか――――なのっ!?」


「………………」


 両手で握り締めた小枝を落とし、驚いた様子でナナリは後退る。彼女はそのまま木の根に躓いて尻もちを突き、うつろな目で茫然とこちらを見ていた。腕の中のケントも半透明の翼と向こうに見えるナナリ、そして僕へと視線が泳いで行く。


「大丈夫です。僕は君達を見捨てたりしません」


 そう告げ、【信仰の翼】を消してケントを離す。彼はそのままナナリの元へ向かい、屈んで再び右手を差し出した。……強い子だ。どんなに拒絶されても、彼女を守ろうと果敢に行動している。彼に続いて歩み寄り、屈んで右手を差し出す。


「……惨めだわ。醜いでしょう? この傷も、声も。死にたくても、その選択すらできない――なんて」


「いいえ。生きたいと思い、足掻くのは自然なことです。僕達は生まれた時から歪で、どんなに取り繕うともどこかしら歪んでいる。完璧な存在など、この世に存在しないのですから」


「ななり。……ま、もる、から」


「…………っ」


 唇を軽く噛み締め、堪えていた涙が溢れ出し、彼女の頬を伝う。混じりけの無い涙が土と砂ぼこりで汚れた肌を洗い流すと、その下には綺麗な白い肌が見えた。悔しくも、嬉しい。複雑に入り混じった表情。ナナリは目元を袖で拭うと、右手でケントの手を取り――恐る恐る左手で、こちらの手も取ってくれた。二人でしっかりと握りしめ、彼女を立ち上がらせる。


「……可笑しな人の子に、可笑しな――。でも私、自分の事もこの子の事すら話せないから」


「事情があるのでしょう。なら深く詮索はしませんし、もし解決したいのであれば力になります。ただし、先程見た物についてはご内密にお願いします。……なるべくなら、ケントさんも」


「………………」


 口元へ人差し指を当てる仕草をケントへ見せると、無言でこくりと頷いてくれた。どうやら彼にも信用してもらえたようだ。一先ず……これ以上、二人が危険と恐怖へ晒されることはない。状況が落ち着き、ほっと胸を撫でおろす。


「いいわ、演技は得意よ。その方が都合がいいし、あなたが身の安全を守ってくれてるうちは約束を守ってあげる」


「ありがとうございます。お二人ともお腹が空いているようですし、この時期の夜はまだ冷え込みます。教会で食事と暖を取って、ゆっくり休んでください。簡素ですが寝床も有りますよ」


「……変な気分。あっさり受け入れられるなんて。あなたも――みたいに――――で――するつもり?」


「? 聴き取れないですが……僕やこの街の人達はそんなことしませんよ」


「じゃあ、あなたは【本物の――】なのね。――――が怖くないの?」


「困ってる人々へ手を差し伸べ、力になるのが僕達の役目です。ソレが怖くとも大切な人へ導くと誓ったので、脅されようと力を振りかざされようと絶対に諦めません」


「聴こえなくても、大体は何を言ってるか分かってるんでしょ? こっちも雰囲気で分かってるんだから」


 毒っぽく質問するナナリの言葉へ、こちらは苦笑いを返すしかない。ケントは小刻みで早い会話の流れに理解が追い付いていないのか、言葉を発する度にそれぞれの顔を見比べる。


「さて、どうなんでしょう」


「演技の下手な人。――にも、――にも、――にすら向いてない。――が知ったら、あなたも――にされるわ。相手を疑わない馬鹿は嫌い。でも……自覚は無かったんだけど、本気になれる馬鹿は好きみたい」


「?」


 ナナリはこちらの手を離し、ケントの手を両手で握り締め向かい合う。まだ僅かに沈んでいない夕日が二人の瞳へ反射し、生気が戻ってくるのを表しているように見えた。


「……嬉しかったのよ? ほんの少しだけど。だからその……ごめんなさい。でも、ありがとう。今度は嘘じゃないから……よろしくね、――様」


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