【第一節】その魔女、世界を渡る
もしも神様に望まれて、世界に受け入れられなかったら? これはそんなお話です。
鼻歌混じりニ、薄暗い室内へ術式陣を白いチョークで描ク。ナァニ、たかが別の世界へお出かけするだけだとモ。ウチの世界の神様は【他所の世界】から人を呼び寄せ手駒にする遊び心はないシ、【魔女】が【禁忌の魔術】を扱うなんて日常茶飯事サ。ア、観てる【監視者】諸君? これからチョ~ットだけ【他所の世界】へ干渉しちゃうケド、紅茶や焼き菓子を片手にくつろいで観ていてくれ給えヨ。君らにはきっと関係のないお話ダ。……恐らくネ。
白い線と線が繋がリ、円状の術式陣が完成しタ。用済みになったチョークを部屋の隅に置かれた壺へ放り込ミ、石灰粉の付いた両手を払って陣の上へ立ツ。座標確認ヨシ。滞在期間はこっちの時間で約一ヶ月、食料や水なんかハ……マァ、向こうで調達すればいいカ。忘れ物ハ――――
「――オットットッ!! 流石に君は持って行かないとネッ!?」
パチリと右手指を鳴らシ、玄関扉の横へ立てかけておいた【箒】を手元へ引き寄せル。別に無くても移動には困らないガ、折角観てくれてるのに【魔女】が箒に乗らないなんて様にならないダロォ? サテサテ、今回はどんな世界を救ってやろうカナ。
「自分達の順風満帆だった運命へ干渉さレ、神の手駒として弄ばれるなんテ、あんまりにも哀れじゃないカ。この世界のようにならない為にモ、全知全能の【魔女・ベファーナちゃん】が助けてあげないとネッ!! イーヒッヒッヒッ!!」
魔力を足元へ流ス。足先から徐々ニ、術式陣の描かれた床へ飲み込まれていク。感覚ハ……底なし沼へ沈む感覚が近いカナ?
暫しの別れダ。こっちの世界は君達の手で守っておくれヨ、親友。
***
――瞼を開けル。目の前には灰色の石壁。背後にモ……建物の硬い石か煉瓦の壁があるみたいダ。イヤハヤ、凄い場所に出たネ。ウチのサイズじゃないと押し潰されてたカ、座標が少しでもズレてれば壁の中へ入っていたカモ? 右側の隙間から声と沢山の【思考】が聴こえル。一旦ここを出テ、どんな世界か観察してみよウ。
「イヤァ……ホント、こういうの困るよネェ。つくづくウチハ、神様に愛されてないって感じるヨ……ッ!!」
額を石の壁へ擦り付けて三角帽子の鍔や先端を折り曲げながラ、狭い隙間を箒と共に抜け出ス。出た先の光景は一本の大通リ。色とりどりの角や巨大な牙・尻尾・翼を生やシ、大小様々な体格の老若男女の魔物達が行き交っていタ。【魚人族】のような細かな鱗を持つ魚顔、【獣人族】と同じく毛深い獣顔、【悪魔】っぽい角を生やした人型にスライム・ゴブリン・歩く植物――随分とマァ栄えてるじゃないカ。結構結構。
黒い煉瓦を綺麗に敷き詰めて舗装された地面ニ、赤茶色の煉瓦で組まれた低い建物が軒を連ねル。街灯ハ……【夜光虫】か何かを入れているようだネ。小さな青白く光る羽虫が数匹、パタパタと街灯硝子内を飛んでるのが見て取れタ。
「小洒落た街じゃないカ。文化の質も高いシ、如何にもあいつらが毛嫌いしそうな【知性】を感じるヨ」
「――おんやまぁ、小さなけぇらしいお嬢さんだごど。どっがら来なすって?」
折れ曲がった帽子の鍔を直しながら街並みや文化を観察しているト、ずんぐりとした体格で緑の葉を纏ったもさもさの植物魔物に話しかけられタ。看板に書かれている文字はまだ読み取れないケド、ウチほどにもなれば異なる言語も自動翻訳できるのだヨ。羨ましいダロォ?
「ヤァッ!! ウチは【魔女・ベファーナちゃん】だヨッ!! 単刀直入に説明しよウッ!! 実ハ……この世界に関わる一大事を知らせる為に来たんだケド、ここで一番偉い人の場所を知らないかイ?」
「ほっほっほっ!! んだがんだが、それは大変だべっ!! 王様に会いでぇんだば、通りをま~すぐ歩いで行げばお城が見える。白っぽい壁と赤い薔薇が目印だぁ。あんだみでぇな小さなお客さんだば、王様もお嬢様も喜ぶ。なぁに、こえぇ顔した門番もいるだろうが、会いでって話せばすぐ通してぐれっべ」
「フゥム。割と真面目な話なんだケド、信じてくれないようだネェ。……マァ、【だから滅ぼされる】んだろうサ」
「ほぉん?」
もさもさ魔物は体全体をやや左へ傾ケ、小首をかしげるような動作をすル。平和ボケはいいことダ。かつてあの国もそうだったシ、この国自体が世界へ悪影響を与えるわけではなク、既に一つの【国家】として成り立っていル。……ハテ、毎度のことながら神様とこの魔物達、どっちが悪人なのカナ?
「イーヒッヒッヒッ!! ナンデモナイヨ、ご親切にドーモッ!! 親切ついでにもう一ツ。王様とお嬢様の名前も教えてもらってもイイ?」
「あんれぇまぁ、なぁんにも知らねぇんだなぁお嬢さん。王様は――【ヴォルガード・アーヴェイン】様。お嬢様は【スピカ・アーヴェイン】様さぁ。名前ぐらい聞いだごどねぇ?」
「……アンレェマァ……ますますこの国を守らなくちゃいけなくなったじゃないカ」
「知っでだがぁ。まぁ、人間とオラ達魔物の友好関係を築いだ有名も有名なお方だぁ。いぐら世間知らずのお嬢さんでも当たり前だべぇ」
ウチの世界と同じ名前に同じ地位、同じ家族構成。全く別の世界であるにも関わらズ、変に繋がってたりすることもあるもんダ。運命を辿る道もネ。どうやらどの世界の神様にも嫌われているのハ、君らも同じらしいヨ、親友。
「んで、オラからも聞きでごどあるんだども、お嬢さんはどごの国から――」
――もさもさ魔物がのんびりと質問している最中に箒へ跨リ、地面を軽く蹴ってその場でふわりと浮かび上がル。ヨシヨシ、こっちの世界でも【魔術】はちゃんと使えるネ。
「ほほぉ? 翼も詠唱もねぇのに【飛行スキル】とぁ珍しい。……人間達の【魔法】も進歩してんだなぁ」
「……ア゛? なんでウチの【魔術】がクソったれな神の【魔法】と同列視されなきゃいけないのサ?」
「【魔術】? 【魔術】は人間じゃなぐで魔物の領分だべ。お嬢さんは【ステータス】が読めねぇし、種族もわがんねぇ。いったいどっがら来なすって?」
「………………」
【スキル】・【魔法】・【ステータス】。……この世界の【理】を創造した神様達ハ、遊び心が豊か過ぎてウチの世界には無い常識が盛りに盛り込まれてると見タ。もさもさ魔物とこれ以上話しても有益なことも知識も引き出せそうにないシ、やっぱ城へ行くしかないネェ。ずれたツギハギ三角帽子を直しテ、ベリーのように赤い目をくるくるさせるもさもさ魔物へ右目でウィンクすル。
「遠い遠イ、星の向こうからサッ!! イーヒッヒッヒッ!!」
「ほぉん?」
「お? ……人間が箒に跨って浮かんでる?」
――目立ち過ぎて人集リ……イヤ、魔物集りができ始めちゃったヨ。んじゃマァ、教えられた通りにスイスイ街中を飛び回りながラ、ヴォルガード王へ会いに行こうじゃないカ。平和大好き男は国の危機に対しテ、どう動いてくれるか見物だネ。
短くトントンと書いて行く予定ですので、よろしくお願いいたします。