6.御庭番、奪取す
翌日。
翔は瑠璃を見守りながら登校しつつ、多田の姿が瑠璃の周辺に居ないか探した。
多田の姿が見えない事に安堵しながら、瑠璃の様子を伺う。
「!」
視線を瑠璃に移した途端に、瑠璃の手に封筒が握られているのが見えて嫌に心臓が跳ねた。
瑠璃の顔色は青くなっている。
そんな瑠璃を見ていられず、翔はいつもはしない行動を取った。
瑠璃に気が付かれずに直ぐ側まで近づき、翔は瑠璃の手から封筒を取り上げた!
「え!?」
一瞬で手から消えた封筒の行方を捜して、瑠璃は周囲を見回る。
「もーらい」
背後から翔の声が聞こえ、瑠璃は直ぐ様に怒りを沸き上がらせた。
「翔!何するの!?」
「まーた、ラブレター?いい加減、見るのも飽きたっしょ?だから、これは俺にちょーだい」
そう言って翔は封筒を振りながら、校舎内を歩いていく。
翔の後ろ姿を見て呆然とする瑠璃だったが、はたと我に帰り慌てて下駄箱に靴を入れて、翔を追いかける。
「なっ…何を言ってるのよ!ちょっと、翔!待ちなさい!」
だが、瑠璃は直ぐに翔を見失ってしまった。
瑠璃が翔を捜している間に、翔は一階の階段の下に隠れて封筒の封を切った。
中身を取り出し、手紙の文面を確かめる。
【ぼくの ルリルリへ
おはよう ルリルリ
今日も 変わらず きみは可愛い
きみが可愛いのは きっと ぼくに 恋しているからだね
あぁ なんて いじらしいんだ
そんな きみが ぼくは 好きで 好きで 仕方がないよ
待っていて 近い内に きみと】
そこまで読んで、翔の目の前から手紙が消えた。
瑠璃が翔の居所を見つけ出し、手紙を取り上げた様だ。
「人宛ての手紙を読むなんて最低よ、翔!」
至極尤もな事を言う瑠璃ではあるが、手紙を読んだ後では、その言葉も空回り気味だ。
「…そんな手紙貰って嬉しいの?」
真面目な顔をして問うてくる翔を見て、瑠璃は言葉を詰まらせた。
そして、手紙の文面をちらりと横目で確認する。
明らかに嬉しそうでは無い。
「…っ。そ、それとこれとは別よ」
そう言いながら瑠璃は封筒を翔の手から奪い返して、手紙を封筒に戻した。
更にカバンに仕舞い込む。目に触れない様にするためだろう。
「見るのも嫌なら、俺にくれれば良いのに」
「馬鹿言わないで。大体、この手紙の差出人、男の人なのよ?翔が貰って、どうするのよ」
「へー、男だったんだー。差出人が書かれてないから、分からなかったなー」
「…っ!揚げ足取らないの!もう何よ。普段、学校では無視する癖して、声を掛けてきたと思ったら、こんな…」
貰っても嬉しく無い手紙を律儀に守ろうとする瑠璃を見て、翔は溜息を吐く。
人の気持ちばかり汲み取って、自分の気持ちは二の次、三の次で何やってるんだか…。
瑠璃は昔からそうだ。
自分が嫌な事でも、他人が喜ぶなら率先して取り組む。
例えば、遊園地に行って瑠璃以外の全員がジェットコースターに乗りたいと言い出したら、苦手でも付き合いで一緒に乗って無理に笑う。
責任を負う事になる役職も、求められたら就いてしまい、好成績を残すために次も求められる。
そんな風に、自分よりもまず人を優先させてしまう瑠璃のお人好しっぷりが、こんな所でも発揮されてしまうのは如何ともしがたい。
「顔、真っ青にしてよく言うよ。嫌なら破いて捨てちゃえば良いのに」
「~あぁもう!良いから放っておいて!翔には関係ないでしょう!?こんな時ばっかり幼馴染面しないでよ!迷惑なの!中学生の頃から碌に会話もしてこなかったのに、翔に私の何が分かるの!?」
勢いだけで言われた言葉ではあったが、翔を傷付けるだけの効力はあった。
翔は瑠璃を見上げながら顰めた顔をした。
その顔を見た瑠璃は一瞬怯んだ様子を見せたが…。
「瑠璃?そこで何してるんだい?」
クラスメイトに声をかけられ、瑠璃はいつも通りの調子に戻った。
「あ、ううん…何でもないわ。ちょっと、猫が入り込んでる気がしただけ…」
「ふぅん…気のせいだったのかな?」
「うん…教室に行きしょう」
そう言って、瑠璃は翔を置いてクラスメイトと共に教室へ向かって行ってしまった。
階段下に残された翔は深い溜息を吐いてから立ち上がり、翔もまた自身の教室へ向かう。
廊下で同級生に声を掛けられながら、翔は教室へ入り椅子に深く座る。
瑠璃に拒絶されたものの、翔は瑠璃の護衛を止めるつもりはない。
引き続き多田を警戒しつつ、瑠璃と接触しないように細工するつもりだ。
多田はネットゲームを趣味にしている。それを口実に多田に接近し、瑠璃に近付く時間を削ぐつもりである。
一度、顔見知りになっている上、多田は翔をガラの悪い同級生だと思っている節があるため、それを逆手にとって多少脅しの様になる形ででも、多田を長く引き止めるつもりなのだ。
先ほどの手紙の内容から察するに、多田は瑠璃への恋情を拗らせつつあり、危険な行動を取りかねないものだった。
「…恋…ね」
多田の瑠璃に対する恋情を思い、翔は静かに呟く。
それが一体何なのかが分からないとでも言うかの様に…。