5.御庭番、調査開始
数日後。
多田の動向と瑠璃の護衛を同時にこなしながら、翔は依頼の電話が掛かって来るのを待った。
瑠璃が帰宅したのを見送った後、翔も帰宅すると母親から呼び止められる。
「多田さんから、堀部さんご指名でご依頼があったわよ。明日向かわせるって言っておいたからね」
母親から依頼の件を聞き、翔はほくそ笑んだ。
掛かった…!
「ありがとう、母上。精一杯、仕事してくるよ」
「えぇ。しっかりお努めなさいね」
そう言って、母親は台所へ戻っていった。
服部家に嫁いできた母親は、当然服部家の使命を理解している。
翔と翔の姉が護衛対象を守るための行動をする時、母親はそっとサポートに回ってくれている。
何を言わずとも、翔たちのすべき事を理解しているため、察して話を合わせてくれるのだ。
ともかく、これで多田家に入り込む大義名分を得た。
あとは、多田や、多田の母親に気が付かれない様に身辺を探る。
最も多田自身の事が知れるのは、本人の部屋を探るのが一番である。
多田の母親の目を盗んで家の中に侵入し、多田の部屋を探るつもりだ。
そして、翌日。
授業が終わると同時に翔は多田の家へ向かった。
多田はネットゲームを趣味としており、学校にもその手の友人を持っている。
その友人と共にゲームの話をした後、家へ帰りパソコンを起動してネットゲームの世界に浸るのが、多田の日々のルーチンだ。
故に、翔は多田が帰宅する前に多田家での”仕事”と済ませる必要がある。
仕事道具と作業着は朝から持ち込んできているため、翔は学校から真っ直ぐ多田家へ向かった。
物陰で作業着にさっと早着替えした翔は、インターホンの呼び鈴を鳴らし多田の母親を呼び出す。
「はい」
「庭奉行の堀部ですー。この度はご依頼ありがとうございます!」
「あぁ。今、出ます」
翔の名乗りを聞き、多田の母親は短く返事をしてインターホンを切った。
そして、玄関から出てきて、翔を家の庭へと招き入れる。
翔が撒いておいた肥料団子の影響をバッチリ受けた雑草まみれの庭と対面し、翔は見えない角度でにやりと笑う。
「電話でもお話ししましたけど、あの辺りの草むしりと、こっちの木の手入れをお願いします」
「はい!お任せください!では、終わりましたらお声掛けさせて頂きますので、家の中でお待ち頂くか…外出されたりしても大丈夫ですよ」
「あら、そうですか?…それじゃあ、夕飯の買い出しに出ても良いかしら?」
多田の母親の言葉を聞き翔は内心で、してやったりと笑う。
「はい、大丈夫です!どれくらいでお戻りになられますか?」
「うーん…小一時間くらいで戻れると思いますけど…」
多田が帰って来るまでの、タイムリミットと思っている時間だ。
「承知いたしました。それまでには終わらせておきますので」
「え、そんなに早く終わらせられるの?」
「えぇ!わたくし共、庭奉行は早い、安い、綺麗をモットーにやらせて頂いておりますので!」
「そうですか。それじゃあ、よろしくお願いします」
そう言って、多田の母親は嬉しそうにしながら、外出していった。
しっかり家の鍵を閉めて。
翔は多田の母親を見送った後、急いで仕事を終わらせた。
時間にして20分。
目にも止まらぬ速さで雑草を全て抜き取り、庭木の剪定をこなし、表向きの仕事は完璧に終わらせた。
そして、勝手口からの侵入を試みる。
当然、鍵は掛かっている。しかし、翔にはこの程度の鍵を開けることは容易い。
無事に多田家に侵入した翔は、多田の部屋を探した。
二階へ上がり、直ぐの部屋の扉を開けて中を見る。
「ビンゴ」
明らかに男子高校生が使用している部屋を見つけ、翔は早速部屋の中へ入った。
本棚にはあらゆるゲームソフトと、漫画本が並べられており、その合間合間に何かの漫画キャラクターのフィギュアが飾ってある。
そして、大きい画面のパソコンが机に置かれている。
勉強机と言うよりは、パソコンの作業机と言った雰囲気だ。
流石にパソコンを起動して、中身を見ている時間はない。
のんびりしていたら、多田の母親より先に多田が帰宅する可能性がある。
ひとまず翔は机の引き出しの中を探るべく、一番上の引き出しに手を掛けた。
引こうとした瞬間、ガチッと音がなり引き出しは開かなかった。
鍵がかかっている。
鍵をかけるほどに大事な物が保存されていると言うことだろう。
翔は迷いなく鍵を開け、引き出しを開いた。
「…うわぁ」
引き出しを開けた瞬間、目に入ってきたのは瑠璃の顔が貼られたグラビアアイドルの水着写真だった。
それも、引き出し一杯に似た様な写真が貼り付けられている。
所謂、雑コラージュされた写真の数々を見て、翔はどん引く。
まだグラビアアイドルの身体と、瑠璃の顔が合体してるだけマシだと思うべきか…。
ともかく、これを見る限り多田が瑠璃に邪な思いを持っていることは分かった。
念の為、引き出しの写真をスマホで撮影し、翔は引き出しの鍵を器用にも施錠した。
他に、瑠璃のストーカーである確たる証拠が無いかと、翔は部屋の中を探る。
だが、目新しいものは見つからなかった。
一番怪しそうなパソコンは、起動して中身を見るまでに時間が掛かりすぎるため断念する。
机の鍵付き引き出しを使い、秘密を隠しているくらいだ。
パソコンにはパスワードが設定されているだろう。
それを解除するのに手間取っている間に、多田が帰宅する可能性が高い。
そうこうしてる内に、多田の母親が帰ってくる時間が迫ってきている。
翔は早々に切り上げる事にし、勝手口から外に出て、また器用に鍵を掛けた。
その後、買い物から帰ってきた多田の母親に請求書を渡し、料金を受け取って翔は帰宅した。
イマイチ成果が挙げられなかった事を悔やみながら、翔は今後の対策を考えた。
だが、確たる証拠もない状態では多田を問い詰め、瑠璃に近づかない様に警告することも出来ない。
現状では注意深く多田を監視しながら、瑠璃を護衛するしか方法はないだろう。
下手な手を打てば却って瑠璃を危険に巻き込みかねないので、翔は現状維持を選択せざる負えないようだ。
翔は歯がゆさから拳を握りしめ、顔を顰めるのだった。