第十話 とある風の日 下
初の魔物討伐へと向かうことになったサスケ。
冒険者ギルドでゴブリン討伐の依頼を受け、ソーレルと王都北門へと向かう。セラやウィル達とはそこで合流の予定である。
「移動している間にゴブリンについて説明をしようかの。まず、改めて魔物とはなんじゃ。」
「魔物というのは体が負の魔力で構成されている生物のことですよね。」
「その通りじゃ。それでは負の魔力とはなにかは知っておるかのう。」
「意思の力と言われている魔力には負の感情から産み出された魔力が存在して、それが負の魔力となるはずです。」
「その通りじゃ。魔物というのは負の魔力が溜まり世界に異常が出ることを防ぐための防衛機構の一つじゃ。また、魔物が人を襲うのは人の負の魔力から産み出されたからと言われておる。」
魔物は負の魔力が結晶化してできたコアを核として魔力が物質化しており、コアを破壊されると魔物の体は纏まりをなくし魔力へと還って行く。
魔物を倒すにはコアを破壊するか、主要部位を破壊する必要がある。例えば、亜人型の魔物であれば首を落とす、頭を潰すなどがそれに当たる。
「それでゴブリンについてじゃが、最弱の魔物、醜悪の代名詞などと言われておる。最弱の魔物と呼ばれるのは数体のゴブリンならば素人である村人などでも討伐する事ができるからじゃの。しかし、これは間違いじゃ。Bランク以上の冒険者のほとんどはゴブリンを最弱とは言わない。なぜか分かるかのう。」
「えーっと…、低ランクの時に集団で襲われて殺されかけたとかですか?」
「うむ、半分正解じゃ。ゴブリンは集団戦、特に洞窟等の巣での戦いに長けておる。巣の破壊等の依頼で死にかけ舐めぬように成った者もおるじゃろう。もう半分はゴブリンの進化種の強さじゃ。」
進化種、それは元となる魔物の上位種である。基本的な身体能力が上がり、魔術を使う等の特殊な性質を持つようになる。主に人や魔物等の多くの生き物を殺した魔物程、進化をする。これは魔物が倒した生物の魔力を取り込む為だと言われている。
「ゴブリンの進化先は多様じゃ。魔術を使う個体や体格がでかくなる個体もおる。その進化はSレートにたどり着く個体もおり、進化先は多様じゃ。しかもゴブリンは個体数が多いため進化種もそれ相応に出る。一つの巣に強さの差はあれど進化種が一体はいると言われる程の量じゃ。ゴブリンの巣を潰す依頼を受けて、巣に入ったら進化種がいて死にかけたという冒険者は多い。だからこそ、上位の冒険者はゴブリン討伐の依頼を受けるという者は少ない。ただのゴブリン討伐のはずがSレートの魔物討伐になる等、ほとんどの場合は勝てず、勝てても割に合わないじゃろ。」
上位の冒険者にとってはある程度の数であれば問題ないが、進化種が出れば負ける。進化とは数を質が勝る代表的な例である。
「散々脅しをかけた訳じゃが、もし進化種が出ても儂やセラが相手をする。勝てぬような相手であってもウィル坊とサスケの二人ぐらいならば逃すことぐらいできるじゃろうから、不安になることはないがのう。」
その後、少し話をしたところで北門が見えたので王都の外へと出たところでセラとエマ、ウィルの三人とウィルの護衛と思われる騎士が二人立っていた。
「それでサスケどんな依頼を受けたの。」
セラが依頼内容を聞く。これはサスケがしっかりと依頼内容を把握しているかどうかを確認するためでもある。
「ゴブリン討伐なら確かに妥当ね。ウィル、どうやってゴブリンの巣を見つけるかアイデアはある?」
「…この北の街道沿いに現れているというなら街道より少し離れた所に巣があるのではないか?それならば付近にある洞窟等を見て回るというのはどうだろうか。」
「だいたい正解ね。ゴブリンは森に巣を作ることが多いからそこを考えられれば完璧ね。方針としては街道付近の森に行き、ソーレルに探知魔術を使ってもらうという事でいいかしら。」
セラは方針の確認をする。異論はなく、同意に至る。
「方針は決まりましたし、とりあえず街道を進んで近くに森があるところまで行きましょう。」
被害が起きたレンジ街道を進み、森が右側に見えたところで止まる。
「あそこの森から調査を始めましょうか。」
「うむ、儂とセラで少し森に入って探知の魔術を発動してくるので待っておれ。反応の有無に関係なく戻って来るつもりじゃが、高位の魔物等に見つかった場合は[火球]を空へと上げるので撤退をするのじゃ。」
ソーレルとセラは森の中へと入って行く。
「サスケ、待っている間に前に話してくれたお前の世界について教えてくれないか。」
「えーっと…。いいよ、話す。」
サスケはエマの方を向いて、話をしても構わないか聞こうとしたところ頷かれたのでウィルと話をすることにした。
「前の続きって言ってもどこまで話したか覚えてないんだが。」
「あー、あれだ。魔術がない代わりの学問…科学といったかについての話が終わったところだ。」
「そうか、じゃあ何か聞きたいことあるか?専門的な話は無理だけど概要ぐらいなら話せると思うぞ。」
地球では公立中の中学二年生だったサスケだが、成績に関しては上の上から上の中というところで普通に勉強はできる。そのため、概要ぐらいなら話せるだろうと考えたのだ。
「順当に行けば王となる身である以上、やはり統治機構などは気になるな。」
「統治機構ねぇ…。間違いがあるかも知れないというレベルなら話せると思うが、それでいいか?」
「うむ、構わん。ぜひ話してくれ。」
「俺が居た世界だと、王政や帝政っていうのはほとんどなくて民主主義っていう国民の代表による政治が多かったな。」
「ふむ、国民の意思が政治に反映されやすいということか。しかし、その方法では方針等の決定に時間がかかるのではないか?」
「ああ、その通りだ。首相っていう投票数が多かった組織の代表が国の元首になるんだが、予算案を決める議会で対立組織が批判をして議会が伸びるってことがよくあったな。」
「それならば、王の権力を議会が抑える形にすれば……。」
ウィルはサスケの話を聞いているうちに自分の世界へと入り始めた。サスケはまたかと思い自分の武具の点検をする。前に地球の話をした時もウィルがこうやって自分の世界へと入り、終わりとなったのだ。
「二人とも、ソーレルとセラが戻って来ましたから準備を。」
エマに声をかけられ、森の方を見ると確かに二人が戻って来ていた。
「少し森に入ったところに反応があったのじゃが、セラが確認に行ったところ洞窟だったようじゃ。そこで洞窟からゴブリン共をこちらに誘い込んでサスケとウィルに一体ずつ戦ってもらおうと思っておる。サスケの補佐に儂、ウィルの補佐にお主ら二人のどちらかという形でどうじゃ。」
「私達はそれで構いません。その場合ウィルの補佐はこちらのローレンスが行います。」
二人の騎士のうち、体格が大きい方の騎士が前にでる。
「改めまして、近衛騎士団第二部隊所属ローレンス=カルレイドと申します。」
もう一人の騎士もそれに続いて、前にでる。
「近衛騎士団第二部隊副隊長セルレイ= ハードナーです。私はゴブリンの殲滅に当たらせていただきます。」
「うむ、セルレイ殿はセラとエマの二人と連携等を詰めてくれ。ローレンス殿は儂と少し確認じゃ。」
ソーレルはウィルとサスケの二人を手招き、どういった状況でゴブリンと一対一に持ち込むかを話す。
「初の魔物討伐である以上、一体との戦いに集中してもらおうと思っておる。基本的には儂が二匹のゴブリンをあの三人から離して引き付ける。ローレンス殿は他のゴブリンがこちらの邪魔をしないように警戒をしてほしいのじゃ。儂はこの二人の補佐をする。二人とも普段通りにやれば良いが魔術は禁止じゃ。生き物を殺すということの意味をきちんと知る必要があるからの。」
「「はい。」」
ソーレルは二人への説明を終えるととセラの方へと声をかける。
「うむ、それではセラそちらの準備はどうじゃ。」
「こっちは大丈夫。」
「それでは誘導に行くぞい。」
セラとソーレルは再び森へと入って行く。
すると、直ぐに爆発音が森の方からする。サスケとウィルは咄嗟に反応し、森へと向かおうとするがエマに止められる。
「あれはソーレルの魔術か、セラの武技ですね。大方、洞窟に攻撃を叩き込んだのでしょう。二人とも派手好きですからね。」
それは正しかったようでセラとソーレルが森の中から軽く走って現れる。
「後方ゴブリン数推定三十、上位種うち二匹推定ホブ。」
「「GOAAAAAAAAAA」」
ゴブリンは巣を襲撃され気が立っているようで声をあげながら2人を追いかける。
ソーレルが軽い魔術をゴブリンの二匹に放ち注意を向けさせる。気が立っているゴブリンは直ぐに反応し、ソーレルを追いかける。セラも他のゴブリンがサスケ達のほうへ行かないよう範囲系の武技を放ち引き付ける。
サスケとウィルは剣を抜いて構える。
「それでは行くのじゃ。」
ソーレルの号令を受けて二人の初戦闘が始まる。
まずはウィル。構えた片手剣を軽く振りかぶりゴブリンの首目掛けて振り下ろす。それを狙われたゴブリンは手に持っている錆びた剣で防ぐ。ウィルは弾かれたことで体勢を崩すもののそれは受けたゴブリンも同じである。ゴブリンとて殺されたくない以上必死の抵抗をする。剣を振り回し、ウィルへと近づく。
「喰らえ!」
ウィルは剣の基本武技である[気突]を放つ。
[気突]は魔力による刃で剣を一瞬長くする突きである。ゴブリンは剣の間合いの外側から突きを受け、振り回していた剣は空振る。ウィルの突きは首もとへと刺さった。
「GUGYAAA」
致命傷ではあるもののまだ死んではいないゴブリンが動く前にウィルはゴブリンの首をはねる。
ウィルに対してサスケは剣を構えてはいたものの咄嗟の反応はできなかった。これは当然である。ウィルは王族として騎士団の演習などに出席することがあり魔物の討伐等を見たことがあった。それに対してサスケは日本という戦争などの血生臭いこととは離れた国で暮らしていたのである。そんなサスケにとって醜悪なゴブリンが迫ってくるというのは圧倒的な恐怖である。
「GUGYAGYAGYAGYA」
ゴブリンはサスケが攻撃をして来ないことに気づき、口を吊り上げ笑いながらサスケへと剣を振るう。
それでも、サスケはセラとの訓練によりゴブリンが振ってくる剣を避けることはできていた。そのうち少し慣れたのであろうサスケは固さはあるものの自ら攻撃を繰り出し始めていた。
右上からの切り裂き、左からの水平斬り…どれも生き物を殺すことへのためらいと恐怖で体が強ばり決定打にはならない。
「サスケ、一度距離をとって落ち着くのじゃ」
膠着状態だったサスケはソーレルの声を聞き、距離をとる。落ち着いてゴブリンを見れば、剣を構えてこそいるものの素人目にでも分かる不恰好な構えであった。それを見てサスケは決心がついた。
サスケは瞬間的にゴブリンに近づき袈裟斬りを繰り出す。剣技[走烈断]である。魔力で剣の硬度を上げる[硬断]の派生形の一つ。一定以上の距離がある際、[硬断]に加えて魔力による身体強化での移動によって繰り出される剣の威力を増幅するというものだ。
「GUUGYAAA……」
ゴブリンの肩から腰にかけてが斬り落とされ、その途中で核も斬られたのであろうゴブリンの体は霧散する。
サスケはその場でうずくまり吐き始める。生き物を殺すことの気持ち悪さに耐えれなかったのである。ウィルも吐くまではいかないものの顔は青ざめ、その場にへたり込んでいる。
セラとエマ、セルレイはサスケとウィルがゴブリンを倒したのを確認し適度にあしらっていたゴブリンの殲滅を開始する。
ソーレルとローレンスはサスケとウィルを気にかけ、他の魔物が来ないかを見張っているが声をかけようとはしない。
この世界ではほとんどの人間が生き物を殺すという経験がある。村で暮らしていれば、群れからはぐれたゴブリンがやって来てそれを殺す。街で生活していても街から街への移動中には魔物が襲って来るようなのは当たり前である。この世界で戦闘を生業とした生活を送る以上生き物を殺すことへの嫌悪感は慣れる必要があった。
そこへセラ達がゴブリンの殲滅を終え、戻ってくる。ソーレルはサスケとウィルを見て、ある程度ショックから立ち直っていることを感じる。
「そろそろ帰るとするかの。サスケ、ウィル立つのじゃ。」
サスケとウィルは嫌悪感から生まれた疲労もあったが、立ち上がる。
「今後は一週間に一度魔物討伐に行くことにするつもりじゃ。魔物を殺すことに慣れろとは言いはせんが、そこまでのショックを受けないようにすることは必要じゃ。」
そうして一行は帰路に着く。帰宅後はサスケもウィルも直ぐに泥のように眠ったのであった。
・ゴブリン
単体では最弱と言って良い魔物。特殊な能力を持たず、魔術や武技も使えない。
外見:全身緑色。人族の子供ぐらいの体格。黄色の目を持つ醜悪な顔。
生態:基本的に洞窟などに20前後の集団で棲息。稀に平地に村のようなものを作り暮らす集団もいる。村落や街道を通る商隊などを襲う。繁殖能力が非常に高く、異種族との交配が可能。妊娠後、最低二週間で生まれ約一週間で成体になる。
補足:ゴブリンの巣の破壊依頼はDランク冒険者であっても失敗し、全滅する可能性のある依頼である。冒険者ギルドでは巣の破壊依頼をC〜Eランクとしているが、実際は全て一段階上のランクとなる。
上位種:進化先は非常に多く確認されている。
*例:ホブゴブリン、ゴブリンシャーマン、ゴブリンロード
亜種:適応能力が高く環境ごとに確認されている。
*例:ブルーゴブリン、レッドゴブリン、イエローゴブリン




